20 着せ替え人形

 陽菜乃が叶歩に介抱されたあの日から、数日が経った。

 あれからというもの、ふたりの関係に進展はない。というのも、叶歩がかけてくれたロマンチックなセリフは、ぜんぶその場のノリに流されて言ってしまった言葉らしい。

 だからあの後、ほとぼりが冷めてからは、ふたりの間に少し気まずい空気が流れたのだ。


 『察して。』叶歩が放ったその言葉の意味……解釈のしようによっては、陽菜乃なりに思うこともあるのだが……とりあえず、しばらくは今まで通り友達でありたい。この関係も、なんだかんだ気に入っているのだ。


 とはいえ、叶歩がありったけの誠意を見せてくれた手前、彼女のことを完全に信用してしまったので、向こうからアプローチをかけられたら簡単に陥落してしまいそうな自信があるが。


 まぁひとまず、陽菜乃の体調は完全に回復して、今日は休日。叶歩とショッピングモールでお出かけの約束をしていた。


「おまたせ」


 駅前の待ち合わせ場所に、叶歩が控えめに右手を振って、やってきた。デニムショートパンツに朱色のベルトを巻き、ふわりとした春色のブラウスを纏っている。


「……おはよ」

「おはよ!ひなのちゃんとのデート、たのしみ!」

「デっ……そ、そうだな。」


 『デート』というのは、本来は恋愛的展開を期待して使う言葉だが……最近の若い人たちの間では、その限りでもないみたいだ。たぶん。

 同性の間で、かけがえのない友達──いわゆるズッ友と二人で出かけるときのくだけた表現として、『デート』という言葉はしばしば使われる。だから必ずしも、叶歩が陽菜乃に恋愛的展開を期待しているわけではない……はずだ。


「……で、まずはどこ行く?」

「女の子のお洋服買いにいこ?気になってるって言ってたし」


 そう言って、叶歩は陽菜乃の手を掴み、ショッピングモールの中の婦人服売り場に連れていく。

 キュートな洋服からカジュアルな小物まで、ずらりと並んでいる。そのすべてが女の子のために存在していると思わせるようだった。

 男の俺がここに入っていいのか、と陽菜乃が懸念してしまうほどに、『女の子』に溢れた空間。


「今日は、陽菜乃ちゃんにかわいいお洋服いっぱい着せちゃうからね」


 陽菜乃がいま着ているのは、パーカーにデニムパンツといった、ボーイッシュで無難なコーデ……悪く言えばテキトーに選んだ服だ。

 自分からは、女の子っぽい服をなるべく選ばないように控えているのだが(だって恥ずかしいじゃん)……内心レディースファッションも気になっていたので、思い切って叶歩にお願いしてみたのだ。


 叶歩はきょろきょろと店内を見回しながら、獲物を見つけた猫のような顔でにやけている。

「なんだその顔」

「むっふふーん♪楽しみだなぁ、って。今ね、頭の中でひなのちゃんを着替えさせてるんだ。どれもすっごく似合いそうだよ」

「……なんか寒気が」

「よし!一通り決まったよ!試着室に移動しよ」

「お、おう……」

「とりあえず、いくつかコーデ考えたから、今から渡す服を順々に着てってね」

 そう言って叶歩がカーテンをシャッとしめた瞬間、陽菜乃の着せ替えショーが始まった。


「まずはジャンスカ!紺と白がメインの、クラシカルなコーデだよ!ベレー帽についた黄色いリボンがキーアイテム!」

 陽菜乃はスカートを恥ずかしそうにつまみ、上目遣いで帽子をととのえる。

「……ど、どうだ?」

「すっごいかわいいよ!うさぎみたい!」

「うさぎ」


 叶歩は陽菜乃の姿をパシャパシャと、スマホのカメラで撮影する。気が向くまでシャッター音が鳴ると、「次はこれ着てね」と言って、試着室のカーテンを閉めた。

 そしてまた、お披露目。


「ばーん!アクティブ系だよ!スポーティなキャップに、ゆったりしたデニムサロッペット!こういう系もかわいいね。一緒にピクニックに行きたくなっちゃう」

「……撮影はまだ終わらないのか」

「もうちょっとだけー。ほら、にっこり虫歯ポーズ」

「……こう?」


 叶歩が30枚ほどの撮影を終えると、次の服が渡され、陽菜乃は休む間もなく、次の服に着替えさせられる。


「おい、この服……」

「うん!『肩出しへそ出し膝出し超無防備コーデ』だよ!ミニスカートにベルトを巻くのがクールポイント!肌の露出した所をつんつんするだけで倒れちゃいそうな無防備さ!でも、ボクが守ってあげるからねぇ」

「ふぇっ、ふぇえ」

 陽菜乃は叶歩の説明を聞いて、思わず防御態勢を取ってしまう。

「いや、ボクはつんつんしないよ?守ってあげる側だからー」

「……むぅ」

 本来は自分が叶歩を守る立場のはずだったのだが、と思い、陽菜乃はため息をついた。その苦い顔さえも、パシャッと叶歩の写真フォルダに収められてしまう。

 そしてまた一つ衣服が渡され、もじもじしながら着替える。


「んー……」

「待ってたよ!極めつけの、『ふわももガーリ♡コーデ』!ラベンダーピンクのチェックワンピースが映えるねぇ。リボン付きのカチューシャなんてつけちゃったら、もうお嬢様だよ!かわいすぎ!ほらほら、投げキッスしてみて?」

「へ……なげきっす?」

「ほらほら、上目遣いで両手をつぼみみたいに開いて、唇をとんがらせるの!ちゅっちゅーって!」


「ちゅっ、ちゅーーーっ……」


 叶歩は「最高だよー」と言って、パシャパシャと写真を撮っている。あまりに叶歩のテンションが高いもんだから、流されるがままにするしかない。


「……なにやらせてんだ」

「ノリノリで楽しんでたように見えたけど」


 叶歩はそうやっていじわるな視線を向けた。陽菜乃は強く否定はできず、そっぽを向く。


「どう?気に入ったコーデある?どれか買う気にはなった?」

「……叶歩が気に入ったやつを買うよ」

「なにそれ。健気だなぁ。それとも、自分で選ぶのは恥ずかしいとか?」

「いいだろ、別に」

「じゃあ、お言葉に甘えて決めちゃうよ。やっぱ、今着てる『ふわももガーリ♡コーデ』がボクのお気に入りかな。理由はかわいいから」

「むぅ……わかった。買うよ」

「せっかくだし、それ着たままデートしようよ。」

「はぁいはい」


 会計を済ませ、陽菜乃はリボンカチューシャにひらひらのワンピースをなびかせて、叶歩と歩く。

 しかし、外を歩くのはやはり刺激的だ。男なのに、こんな可愛らしい服を着て……変に思われていないだろうか。すれ違う人々からの視線が怖くて、無意識に叶歩に身体を寄せてしまう。


「……ちょっと、おトイレ行ってきていい?」

 開けた場所に出たところで、叶歩がそう言った。……無論、許可するしかないのだが、叶歩がトイレでいなくなると聞いて、内心びくびくしていた。


 叶歩がトイレに行ってる間、陽菜乃はモール内のベンチに、隠れるように身を縮こまらせて座っていた。いままで叶歩がいたから、なんとか気が紛れていたが、この服を着ながら一人でいると、恥ずかしさは数倍に膨れ上がる。

 ピンク。スカート。カチューシャ。リボン。いまの陽菜乃には、女の子らしい要素が勢ぞろいなのだ。陽菜乃はすっかり顔を赤くし、スカートを抑えるようにしながら座り込む。

 そうやって小鹿のように震えていると、うしろから声をかけられた。


「ねぇキミ、かわいいね」


 見知らぬ男性3人組だった。見た目から判断して、高校生くらいだろうか。腕は強靭な筋肉に覆われていて、中心の男性はピアスをつけている。陽菜乃はすっかり動揺して「ふぁい」とだらしない返事をしてしまう。


「キミ、俺たちと一緒に遊ばない?」

「ふぇ?」


 足がすくんだ。まさか──自分は今、ナンパに遭っているのか?

 男子3人組は「奢るよ~」とか「いい所知ってるから」と陽気な声色で扇動してくる。陽菜乃はおびえて、声が出せなかった。その間にも男たちは体を密着させるように近づいてくる。

 陽菜乃の脳に、サイレンが響き渡った。


 ……どうして。昔はこんな男に言い寄られても、どうってことなかったはずなのに。触られてもなんとも思わなかったのに。

 それなのに、今は恐怖が止まらない。なにもできない。声も出せない。


「ほら、行こうよ」

 ピアスをつけた男に、腕を掴まれた。男の手は硬く、脂がのっていた。陽菜乃はパニックになり、それを振り払おうとするが、力が入らない。

「ゃ、ゃめ……」

 抵抗の意を見せようにも、体が拒否反応を示す。男たちは陽菜乃を四方から囲み、連れて行こうとする。

 陽菜乃は「やめて」と暴れるようにして、なんとか掴まれた腕を振り払い、一歩後ろに引き、喉を震わせる。


 その時、その背後から二つの手に抱かれた。


 しかし、それは男の硬い手とは違った。やわらかくて細くて、どこか心地よい触り心地の手だった。


「うちの陽菜乃ちゃんに、手出さないでもらえます?」





◆◆◆

(あとがき)

こんにちは。今回で20話目の更新となります。最初の更新から2週間くらい(小説家になろうでは)経つでしょうか。こういう長めの連載作品を出すのは初めてですが、なんだかあっというまに進んでいきますね。

作者のやる気が潰えないのも、こうして読んでいただいている読者さんのおかげです。これからも、叶歩と陽菜乃の甘い関係を見守ってくれるとうれしいです。

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