15 記録②

 3年生の春。


 クラス替えの表を見て、ボクの視界から地平線が消えた。


「クラス、わかれちゃったね」

「ひとりで大丈夫か」

「うん、だいじょぶだよ」


──大丈夫なわけがない。


 ボクは、悠馬なしの世界を忘れてしまっていた。

 そう。本来ボクは影の中で生きる存在だった。悠馬という隠れ蓑がなくなって、このクラスに存在する場所なんて持てない。



 男子が、ボクの筆箱でキャッチボールをしている。


 このくらいのかわいいイタズラなんて、慣れっこだったはずだ。そのはずなのに。


 一度幸せを知ってしまったら、もうそれが無かった頃に戻れない。


 今までは我慢できたのに。


 どうして。


 涙を流してしまっていた。




 その日から、ボクはひとりの世界に浸った。


 学校へ行くのをやめた。


 お勉強はお手伝いさんが教えてくれる。


 外に出て、ひとりで冒険をした。まだまだ知らない街の姿は、まるで異国のようだった。

 

 そこでいろいろなことを知ったけど、それはまた別の話。


 夏が過ぎて秋が過ぎて冬を越えて、また次の春がやってくる。




 実に1年ぶりの学校だった。


 夜が明ける前から、ボクはすでに、鍵のかかった校舎の前で座っていた。

 

 日の出の瞬間、1年ぶりに会う悠馬がボクを見て抱き着いてきた。

 一年会わないうちに、悠馬は何か変わってしまったみたいだった。その間に何があったのかは、今でもボクに教えてくれない。


 一度も泣いた姿を見せたことのない悠馬が、涙をぽろぽろと流している。


 ボクらは抱き合いながら、何も言わずに朝日に照らされていた。


 そして、校舎の施錠が解除されるのと同時に、クラス替えの表が貼りだされる。


 それをずと覗き見て、ボクらはより一層、抱擁を強くした。


 ボクの世界に、色が戻ってきた日だった。


 先生はそんなボクたちを見て苦笑いをしていた。


 それ以来、悠馬の涙を見たことはない。





 一度離れてしまう辛さを知って、ボクたちは今まで以上にくっつくようになった。


 春は、ずっとくっついていた。

 

 夏も、ずっとくっついていた。


 秋も、冬も、次の春も次の夏も次の秋もつぎの冬もそのまた次の春も。

 


 いつからかボクの性格は変わって、明るくなった。

 

 友達がたくさんできるようになった。

 

 悠馬のおかげだね。




──ボクは、『記録レコード』のページをパラパラとめくっていく。


6年生 

12月25日

 悠馬の家でクリスマスパーティー。イルカのぬいぐるみをプレゼントした。


1月15日

 持久走をした。悠馬には勝てっこないや。


1月22日

 いい夢を見た。


1月25日

 なぜか苦しかった。しあわせなのに。


2月■日

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3月14日

 卒業式だった。悠馬の家族と一緒にご飯を食べに行った。悠馬が食いしん坊だった。帰り道でソフトクリームをなめながら、「中学でも仲良くしてね」と約束した。


3月17日

 また、あの夢を見た。


3月■日

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3月28日

 小学校のみんなと遊園地に行った。もちろん悠馬も。たのしかった。


4月8日

 入学式だった。また悠馬と同じクラス。ボクってば幸運だ。


4月■日

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4月■日

 これでよかった。


5月1日

 みんなで女の子になった。今の悠馬は陽菜乃ちゃんって言うらしい。かわいかった。


5月2日 ひる

 陽菜乃ちゃんとお泊りの約束しちゃった。楽しみだなぁ。


5月2日 よる

 陽菜乃ちゃんのロリータ、かわいすぎ。あとで写真も貼っておこう。 


5月3日 あさ

 陽菜乃ちゃんの寝顔にキスしちゃった。ずるくてごめんね。


5月4日 ひる

 陽菜乃ちゃんが運動音痴になってた。


5月4日 よる

 夏葉ちゃんの相談に乗ってあげた。今は応援!


5月5日 ひる

 夏葉ちゃんが恋する乙女の顔をしていた。なんか憧れちゃうな。


5月5日 ほうかご

 クラスに誰もいなくなったから、黒板に陽菜乃ちゃんとボクの相合傘を書いちゃった。自作自演のいたずら。 


5月5日 よる

 明日は一年に一度の雨雲がくるらしい。休みになったりしないかな。


5月6日 あさ

 すごい雨。でも学校は休みじゃないらしい。そういえば相合傘書いてた。陽菜乃ちゃんのおもしろい反応、見れるかな。


5月6日 午前

 悠馬が消えた。 

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