10 変わってしまったふたり
翔太は、少年サッカークラブのエースだった。その体力とセンスを活かして、大会ではいつも大活躍。
だが彼には一人、どうしても勝てない存在がいた。それが翔太のチームメイト、
この武田という男は、最初翔太と全くそりが合わなかった。彼はどこかひねくれた、天邪鬼な男。意見が常に食い違い、学校でもつねに喧嘩を勃発させていた。
だから、翔太は武田のことが気に食わなかった。
しかし、ある日の練習中、ふたりは妙に息が合うことに気付いた。この二人の蹴るボールの先には、いつもお互いの姿があるのだ。
(……こいつ、プレーは上手だな)
武田の蹴るボールはひねくれたものではなく、むしろ純粋で、清々しい軌跡を描く。そんな彼のプレースタイルに、翔太はどこか惹かれていた。
そう、彼らはサッカープレイヤーとしての相性がよかったのだ。その日から、翔太は武田との関係を見直し始める。
ふたりはやがて打ち解け、少しずつ交友を深めていった。たまに喧嘩はするが、お互いの事が嫌い、というわけではなかった。
むしろ、週末はふたりで虫取りやカードゲームなどをして遊ぶほどの仲になっていた。
「俺、将来サッカー選手になりたいんだ」
中学への進学を迎えたころ、翔太はそんなことを言った。
「ふん、もしお前ごときがなれるんなら、サッカー選手ほど楽な職業はないな」
「なんだと?見てろ、すぐにお前の実力なんて追い越してやるからな」
「……じゃあ、もし将来サッカー選手になれなかったら、罰として命令をなんでも一つ聞く、ってことで」
「ふん、いいぞ。お前もなれなかったら命令を聞いてもらうからな。忘れるなよ」
傍からみればギスギスしているように見えるかもしれないが、天邪鬼な武田にとって、『サッカー選手になれなかったら命令を一つ聞く』というこの賭けは、『一緒にサッカー選手をめざしたい』という内なる願望を、ひねくれた形に曲げたものだった。
翔太もその意図を直接聞かずとも理解していたので、中学生になってもサッカー部に入り、武田とライバルとして競い合いたい、と考えていたのだ。
しかし、そんな日も長くは続かなかった。
そう。中学に入って数週間経ったある日、ふたりは女の子になってしまったのだ。
完全に変わってしまった体。翔太は、女の子の夏葉になってしまった。
その体には、もはやサッカー少年の面影はなかった。
泥んこになるまで練習した体は、擦り傷の一つもない、柔らかくて敏感な肌に変わってしまったのだ。
それでもまだ、夏葉はサッカーをやることを諦めていなかった。
だからふたりは女の子になった次の日も、いつも通り、一緒にサッカーの練習をした。
武田は、女になってもなお、運動神経はバツグンだった。すぐに適応し、そのしなやかで柔軟な体つきを活かしたプレーを披露してみせる。
武田は変化してもなお、女子サッカーならかなりの活躍が見込めるレベルだった。
……しかし、夏葉は違った。
彼女は性別が変化してしまった副作用で、筋肉がほとんどなくなり、運動能力が完全に低下してしまったのだ。彼女は武田の蹴るボールを追いかけても、決して追いつくことはできなかった。
それでも負けまいと、必死にボールに喰らいつくが、結局、夏葉は武田に追いつくことはできなかった。
(待って……武田……)
ついに、夏葉は息を切らしてグラウンドで倒れてしまう。ぐしゃぐしゃのグラウンドに身を預け、泣きたくなる気持ちでいっぱいになる。
武田の、こちらを哀れむような視線が耐えられなかったのだ。
そんな武田は、倒れている夏葉のもとへ近づくと、心配して水を飲ませてくれた。
「……大丈夫か?少し休んでろ」
「あ、うん……」
(なんでだよ……武田、今まで俺の心配なんてしたことなかっただろ……)
夏葉は、ぬるくなったスポーツドリンクを
その後、独りでサッカーの練習をする武田を、夏葉はベンチに座りながら見ていた。ベンチは前日の雨で湿っていたが、そんなことを気にする余裕もなかった。
(……俺が弱いからだ。そうだ、もう俺は武田と同じフィールドに立つことはできないんだ)
その日、夏葉は決断をした。もうサッカーボールに触るのはやめよう、と。
そして、ふたりをつなぐサッカーがなくなってしまった今、武田との交流は途端になくなってしまった。
『サッカー選手になる』という武田との約束が守れなくなってしまって、顔を合わせるのもつらくなってしまった。
夏葉は、武田と話す自信を失ってしまったのだ。
***
「……そんなことがあったのか」
陽菜乃は、息を飲みながら夏葉の話に聞き入っていた。正直、二人がそんなに深い関係だったとは思わなかったのだ。
「だからさ……どうやったら武田と復縁できるか、何か案はないかな」
夏葉は、いじらしい目をしてそう聞いてくる。しかし難しい質問だ。なにしろ、武田が天邪鬼な性格、というのが状況を難しくしている。そのうえ、二人の関係は複雑だ。
下手なことをしても、むしろ関係を悪化させてしまわないだろうか。陽菜乃は良案が思いつかず、叶歩の意見を聞くことにした。
「叶歩、どう思う?」
「……勇気出して、話しかけてみたほうがいいと思う。嫌われてるわけじゃないみたいだし。
それに、これ以上放っておいてももっと疎遠になるだけだよ」
「……そうだよな。でも俺、勇気が出なくて」
そう、それが一番の問題だ。夏葉は武田に憐れむような目で見られてから、自信をなくしてしまったのだ。今の自分は武田に認めてもらえるような存在ではないんじゃないのか、と。
「それじゃあ、ボクたちが勇気を持てるように手助けしてあげようよ!」
「……叶歩、そう簡単に言うけど、なんかアイデアはあるのか?」
陽菜乃が疑問を投げかけると、叶歩は高らかに「うん」と言ってみせた。
「夏葉ちゃん、女の子らしさを磨けばいいんだよ!」
「……は。」
叶歩の突拍子もない発言が、その場に反響した。
『女の子らしさを磨く。』そんな妙案が、果たして夏葉の復縁の手助けに成りえるのだろうか。
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