04 女の子どうしのお泊り会
「ただいま~」
門には高級そうな装飾が施されていて、
「もう、なに緊張してるのー」
「き、緊張なんてしてないし」
叶歩は、キッチンに着くと買い出しした荷物を冷蔵庫にしまう。陽菜乃は、その背中をぼんやり眺めていた。
「……なにか手伝う事、あるか?」
「ううん、大丈夫。ゆっくりくつろいでて」
叶歩はそう言って陽菜乃をリビングに案内する。広々としていて、スタイリッシュな部屋だ。内装は木目で覆われていて、高い天井にはファンが回転している。
陽菜乃がソファに座ってスマホをいじっていると、誰かが階段を降りてくる音が聞こえた。
「よーす。ひなのちゃん久しぶり~元気してる?」
そう言って、黒いルームウェアを着た女性が階段を降りてきた。
彼女は叶歩の姉、大学生の
様子を見るに、美咲も例に漏れず陽菜乃が元男であったことを忘れてしまっているようだ。
「美咲さん、おじゃましてます。ひさしぶりですね」
「叶歩から聞いたよ。お泊り会するんだって?」
「えっ俺は夜ご飯食べるだけで……」
お泊り会なんて、聞いていない。陽菜乃は叶歩に向かって美咲さんに何を伝えたんだ、という視線を向ける。
「いいじゃん、泊まっていってよー。久しぶりにひなのちゃんが来て、ボクは嬉しいんだよー」
「……まったく、叶歩は大胆なんだから。美咲さん、いいんですか?」
「全然大丈夫だよ。イマドキJCの事情とか、お姉さんも知りたいですし。……ってか気になってたけど、ひなのちゃんオレっ子になったの?キャラ変?」
陽菜乃は苦笑いをして「あー……キャラ変です」とごまかした。彼女の一人称は昔から『俺』なのだが、謎の性転換現象による現実改変を知覚できていない美咲は、男の自我をもった陽菜乃の振る舞いに違和感を抱いているのだろう。
そもそも、『イマドキJC』が自分のことを差しているのが慣れない。陽菜乃はずいぶんと不便な現象に巻き込まれてしまったな、と小さなため息をつく。
「それじゃ、ボクはお料理始めるから。待っててね」
そう言って、叶歩は腕まくりをした。彼女がキッチンで仕事をしている間、陽菜乃は両親に、叶歩の家に泊まる旨を伝えた。母親はそれを聞くと嬉しそうにして『楽しんできてね』と答えた。図々しい母親だが、こういった柔軟さがあるのは評価できる。
料理が完成するまでしばらくかかりそうなので、陽菜乃は自宅まで必要な物を取りに行った。下着を替えられないのはなんだか落ち着かないし、他人の家でパジャマを借りたりするのも少し口惜しいのだ。
自宅と叶歩の家の往復が終わったころ、日は暮れかかっていた。美咲さんにドアを開けてもらい、再度、彼女の玄関におじぎをした。
「叶歩の料理、まだかかりそうだよ。よっぽど張り切ってるみたい。わたしも手伝おうかって言ったんだけどさ、ボクがつくらないと意味ないの~って言って聞かないんだよ。ひなのちゃんのこと、ほんとに気に入ってるみたいだね」
「……あいつが俺を。それなら、光栄です。あいつはなんだかんだいい奴だし」
「うん。これからも、叶歩と仲良くしてあげてね。叶歩さぁ、よく家で陽菜乃ちゃんのこと話すんだよ。なんかずいぶん優しくしてくれてるみたいじゃん?いつもお世話になってるみたいで、私としても感謝してるんだよ」
「叶歩が、俺の話を」
その話を聞くと、どこかむず痒い感情が湧き上がってくる。陽菜乃は、叶歩が自分のことをどう思っているか、考えたことなんてなかったのだ。陽菜乃は天真爛漫だがどこか危なげな叶歩を見ると、つい面倒を見てしまうだけなのだが……叶歩はそんな陽菜乃のことを大事に思ってくれているみたいで、なんだか恥ずかしくなる。
「……別に、俺は親切な性格とか、そういうんじゃないんです。ただ、あいつのことが放っておけないだけで……」
「ふぅん。自己評価が低いんだね。でも叶歩が放っておけないっていうのは肯定。叶歩ってさ、子犬みたいなんだよね。好奇心旺盛で、すぐはしゃいで、おまけに人懐っこいし……」
「子犬……確かにそうかも……ふふっ」
陽菜乃は堪えられず、あははと二人で声を出して笑っていると、キッチンから叶歩の声が聞こえた。
「二人とも、何の話してるの?ずいぶん楽しんでるみたいだけど」
その子犬は腰に手を当てながら、二人の間に分け入ってきて、ボク抜きで盛り上がってるのずるいよー、と駄々をこねている。
「別に。世間話だよ」
「おねーちゃん。ひなのちゃんはボクと遊ぶんだから、あんまりカロリー消費させないでよね!」
陽菜乃はどんな不平だよ、と突っ込みつつ、「料理はいい感じか?」と聞いてみた。すると子犬は口角をキュっとあげて微笑んだ。
「あとは、お米が炊けるのを待ったら完成!」
言われてみれば、なんだか香ばしくていい匂いが漂っている。叶歩の料理は食べたことがないので、料理の腕は完全に未知数だったが、これは期待してよさそうだ。陽菜乃は叶歩の顔を見て「おつかれ」と声をかけた。そんな二人を見て、美咲はなにやら首を傾げていた。
「そういやあんたたち、前よりも距離感遠くなったよね?」
美咲の突拍子もない発言が室内に響き渡り、陽菜乃と叶歩は思わず「え」と言葉を失ってしまった。
「いや。この前うちに来た時さ、あんたたちもっとスキンシップ激しかったじゃん。一緒のベッドで寝てたし。でも今は一定の距離を保ってるようだけど。なんかあったん?」
「えっ、それは」
ふたりは、顔を赤くしていた。それは今まで口には出していなかったが、お互い意識していたことだった。確かに、陽菜乃たちが謎の性転換現象に巻き込まれるまでは、ふたりは距離感をゼロにしてくっついても問題なかった。なぜなら、男同士だったからだ。
美咲の脳内では、その時も二人は女同士だったという認識だが、その時と今とでは、陽菜乃と叶歩はお互いの性別に対して、全く違う認識を持っている。
今の陽菜乃と叶歩は、ともに男の自我を女の体に閉じ込めているのだ。
だから、お互いの体をどうしても異性として認識してしまう。いくら『こいつは男だ』と心の中で念じても、彼らの内面に囚われた男性の精神は、お互いの美貌を意識せずにはいられないのだ。
「……まぁ、多感な時期みたいだし、お姉さんはあんまり踏みこまないほうがいっか。忘れていいよ」
美咲は、陽菜乃と叶歩の間に何か言い難い障壁があるのを察すると、手を頭の後ろで組みながら、その場を後にした。ふたりはすっかりと恥じらってしまい、しばらく黙ったまま、きまずそうに立ちすくんでいた。
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