生徒支援

 生徒支援せいとしえん。学内の問題解決や生徒の悩みを解決するいわばお悩み相談。

 俺が生徒会になるためにはまず知名度が必要だ、そのためにこの生徒支援という生徒会の仕事で知名度を上げるというのが今後の方針になったわけだが。


「まあそう簡単にいくわけがないよな」

 生徒会で今後の方針の話をしてから五日間。特に生徒からの相談や学内の問題などはなく、いたって平凡な日常を過ごしていた。

「こういう平凡な日常はひさしぶりだな」

 最近は日記のことや生徒会のことで忙しかったからな。

 しかし、ここまで何もないと心配だな。

 本郷ほんごうで実績を立てるその前に生徒支援で生徒会になるための地盤を固めると言っていた。しかし、

 このまま何もしないで体育祭を迎えたら、本郷の計画はすべて台無しになるんじゃないか?

 そう頭を悩ませていると後ろから人の気配がした。

「なんだここにいたのか後輩」

 俺を後輩呼びする人は一人しかいない。

小川こがわ先輩」

「やあ、後輩。こんな中庭の端っこで一人昼食とはかなしいね」

「そのあわれむような眼をやめてください。別にかなしくないですから」

「そうか」

 そう一言いい小川先輩は俺の隣に腰掛ける。

「ここは風が気持ちいいな」

「そうですね。校内で一番気に入っています」

 いつも俺が昼食をとるこの場所は校内にある大きな中庭の隅っこ、倉庫のそばのベンチ。ここの倉庫は普段から使われていなく中庭の隅だということもあって人がこない。俺が見つけた穴場スポットってやつだな。

「そういえば、よく俺の居場所がわかりましたね」

「簡単なことだよ。神薙先生が君の居場所を教えてくれた」

「なるほど」

 そういえば神薙かんなぎ先生は俺がここで昼食をとっていることを知っていたな。

「それで。俺に何の用ですか?」

 わざわざ昼休みに俺を探しに来たんだ。

 なにか話したいことがあるんだろう。

 まあ大体予想はついているけど。

「そうだな。君の今後ことについて話しておこうと思って」

 やはりか。

 たぶん君は生徒会に向いてないから辞退するんだ!とか言われるに違いない。

 しかし、脅されている以上こっちも引くわけにはいかない。

 こい小川梓こがわあずさ!貴様の攻撃をことごとく防いで見せよう!

「まあもっとも本郷から聞いているかもしれないが。私も君が生徒会になるための協力をさせてもらう。よろしくな」

「え?ああそういう話ですか」

 予想と違った!恥ずかしい!

 やっぱり悪い人じゃない、この人は良い人だ!

「なんだその顔?私の協力では不満か?」

「いえ。うれしいです。ありがとうございます」

 俺は深く頭を下げた。

 本郷に借りがあるからとはいってもこの人が俺のために協力を約束してくれたんだ。

 心の底から感謝している。

「いいよ。君が生徒会に入ったらなんで本郷が君を推薦したかじっくり調べられるしね」

「あっと、それはですね…」

「いいさ言わなくて、自分で確かめるから」

 なんだか面倒なことになったぞ…

 まあいいか、将来の自分が何とかしてくれる。

「そうだ先輩。生徒支援の仕事ってなにかあります?」

「いや、今のところはないよ」

「先輩は本郷の計画を知ってますか?」

「知っているよ。そもそもあの計画は私と本郷で考えたものだからね」

「え、そうなんですか?」

「ああ」

 驚いたな。計画は本郷一人で考えたものだと思っていたから。

 しかし、あの本郷が計画を考えるにあたってこの人を頼っているということは、やっぱり相当優秀なんだな。

「それでその…」

「そんな顔をしなくてもわかっているよ。大丈夫。まだ焦るときじゃない」

 どうやら生徒支援の仕事がないことの焦りが顔に出ていたらしい。

 まあこの人が焦らなくていいというなら大丈夫なのだろう。

「そういえば君の妹は元気かな?」

「妹ですか?」

「ああ、そうだ」

 なんなんだ本郷といい小川先輩といい。

 なぜそこまでかなでについて聞いてくるんだ?

「特になにもありませんよ。いつもどおり元気です」

「そうかそれならいい」

「妹がどうかしたんですか?」

「いや、なにも」

 話す気はないってことかな。しかし、こうも妹について気にかけられているとなにか不安になるな。

 今日、家に帰ったら奏に聞いてみるか。

「もうすぐ昼休みも終わりだな」

「そうですね」

「じゃあまたな」

「ええ、また」

 そういって小川先輩は教室へと帰っていった。

「俺も戻らないとな」

 生徒支援のことは小川先輩に聞けたし、もうすこし平凡な日常ってやつを楽しんでおこうか。






「生徒会室に来て」

「はい…」

 授業が終わった後の突然の本郷からの電話。

 俺が平凡な日常を謳歌しようとした瞬間これだ。

 神はいないのか…

「しかも、生徒会室に来てと一言だけいって電話を切るとは」

 なんなんだよあいつ。

 それだけならメールでもよかっただろうに。

「まったく」

 まあ文句ばかり言っていても始まらない。生徒会に行こうか。

 しかし、本郷から生徒会室に呼ばれたということはやはり例の生徒支援の仕事ができたということだろか。

 俺にできるかな。他人の悩みを解決することが。

 俺は今まで人と関わることをしてこなかった。別に人と関わるのが苦手とかじゃない。話しかけられれば答えもするし、空気を読むことだってできる。だけど

 深くかかわることはしなかった。深く関わればめんどうなことになると思っていたからだ。そんな俺が他人の悩みを解決するなんてできるとは思えない。

 だけど、もうそんなことは言ってられない。

 脅されてとはいえ生徒会に入ると言ったんだ。

 ここで逃げたら妹に、かなでに顔向けできない…

 ……

 …

 先に言っておくとシスコンってわけじゃないからな。

 本当に違うからな。

「おっと」

 考え事をしていたらいつの間にか生徒会室の前についていたようだ。

 俺はいつものように扉を開けようとしてふと違和感に気づいた。

 中から複数人の声が聞こえるのだ。

「まさか…」

 本郷以外の生徒会メンバーが来ているのか…

 これはどうするべきなんだ。俺が生徒会に推薦されていることを知っているのは生徒会メンバーだと本郷と小川先輩だけでほかのメンバーは教えられていない。

 たぶん、本郷の計画では俺の存在を生徒会メンバーに知られてはいけない。

 そんな俺がメンバーがそろった生徒会に勝手に入って行っていいものか。

「どうしようか」

 どうするべきか頭を悩ませながら、生徒会室の前の扉をうろうろしていると一人の少女が俺の近くにいた。いや、少女と言っても先輩なんだが。

「小川先輩。近くにいるなら声をかけてくださいよ」

「いやなに、不測の事態に焦っている君の姿が面白くてね」

「性格が悪いですよ先輩」

「良いと言った覚えはないよ後輩」

 そう言い小川先輩はニヤッと笑った。

「それで?小川先輩はどうしてここに?」

 生徒会室に複数人の声が聞こえたということは生徒会のメンバーが集まっているということだ。なのに小川先輩だけここにいるのはおかしい。

「それはね、君を探しに来たんだよ」

「俺を、ですか?」

 本郷の推薦のことはもう十分昼休みに話したと思うんだが。

 まだ言いたいことがあったのか?

「ああ。本郷からの指示でね。君を迎えに来たんだ」

「迎えにですか」

「君も感じている通り今生徒会室は会議をしている。本郷が無関係の君には入りにくいだろうと私に迎えに行くように言ったんだよ」

「なるほど、しかしいいんですか?俺の存在がバレてしまうと思うんですけど」

「そこらへんは大丈夫。ちゃんと考えてある」

「そうですか」

 この人が大丈夫っていうんだ。本当に大丈夫なんだろう。

 しかし、本郷の奴。小川先輩が迎えに来るなら先に言っておけよ。

 今後の目標を俺に伝えていなかったり、小川先輩が迎えに来ることを俺に伝えていなかったりとどうにも本郷は抜けているところがあるようだ。

「じゃあ行くぞ」

「はい」

 俺にとっては生徒会メンバーと会うのは初めてだからな少し緊張する。

 なんとも情けない話だ。

 俺が生徒会に入ったあかつきには同じ生徒会メンバーになるんだここでビビっていたらいけないよな。

 俺は自分の頬をたたき気合を入れなおした。

 それを見ていた小川先輩はこちらをみて頷き、扉を開けた。





「失礼します」

「遅かったわね、もうみんな集まっているわよ。すぐに席について」

「失礼しました会長」

 こいつ自分で頼んでおいてこの態度かよ。ほんと嫌な奴だな。しかし

 小川先輩を先頭に生徒会室へと足を踏み入れたのだが、やはり目立っているな。

 それも仕方ないんだがな。

 俺はこの生徒会にとっては異物、まだ会議にいていい存在じゃない。

 そう考えていると、本郷がなにやら奇妙なことを言い始めた。

「小川先輩、そちらの生徒はどなたですか?」

「この生徒のことは後程、説明するので今は話を進めよう」

「小川先輩の言うことならわかりました」

 本堂の奴、俺とは面識がない設定で行くつもりらしい。

 たぶん俺の推薦のこと隠すためだろう。

 しかし、もうちょっとこっちに情報を流しておいてくれよ。急に対応しなければいけないこっちの身にもなってほしいもんだ。

「では会議を始めます。まずは書記の松永まつながさんから順に報告をお願いします」

「はい」

 生徒会の組織図は俺が知っている限り、会長。副会長。書記。会計。雑務。この五つの役割に代表が1人ずつ、その代表の下に部下が何人もいる。しかし、今日いるのはどうやらその代表の五人だけらしい。

「というわけです」

「わかりました。次…」

 なんだかおれには難しい話をしているな。

 とりあえず聞いているふりだけでもしておくか…

 ………

 …

「それではすべての報告が終わったということで、小川会計。その人のことをきかせてもらって構わないですか?」

 ついに来たか。

 さてどうするんだ小川先輩。

「ああ、まずは後輩、みんなに自己紹介してくれ」

「はい、わかりました。お初にお目にかかります。2年の安藤良太あんどうりょうたです」

だと?まさか…」

「気づいたかい副会長」

 なんだよ一体。別に俺の苗字はそこまで珍しくないだろ。

 てか、こいつが副会長かよ。

 体格はまるでゴリラじゃないか。てか顔が怖すぎだろ。

「そういうことですか。小川先輩が彼を連れてきた理由は」

「ああ、そうだ」

「なら彼には生徒会を知ってもらう必要がありそうですね」

「ああ」

 なんだかわからないままどんどん話が進んでいくな。

 いつものことながら俺には説明なしと。

「そうか、なら雑務の生徒支援が一番いいな」

「そうね、じゃあお願いしていいかしら間戸部まとべ君」

「了解っす」

 この人が間戸部和人まとべかずと

 金髪の髪に、いかにもチャラそうな見た目。しかし、その見た目に反して成績優秀で入試のテストでは学年2位という実力者。入学して1か月半という短い期間で雑務の代表に選ばれる優等生。

「よろしくっす。安藤先輩」

「あ、はいよろしくお願いします」

「では彼のことは今後、間戸部君に任せるということで、以上で生徒会会議を終わりたいと思います。お疲れさまでした」

「「「はい」」」

 そう本郷が締めて今日の会議は終わりになった。

 会議が終わり皆が出ていく中、小川先輩が間戸部に向かっていった。

「間戸部雑務」

「はい?どうしました小川先輩」

「本郷は君に任せると言っていたが、少しの間、安藤くんと生徒支援のことはわたしにまかせてもらいたんだ」

「俺は全然いいっすけど。理由を聞いてもいいですか」

「理由は二つ。まず君より私の方が安藤くんとつながりがあるということ。二つ目は、私が担当している仕事はもう終わっているから暇なんだ」

「なるほど、まあいいっすよ。こっちとしても仕事が楽になるんで」

「たすかるよ」

 なるほど、俺のことを話していたのか。

 しかし、本郷はどうして俺のことを小川先輩じゃなく間戸部に任したんだろうな。

 小川先輩のこの提案もどうせ本郷の指示だろうに…

 ……

 …

 いや、ちがうな

 生徒支援はもともと雑務の仕事だ。それなのに間戸部に俺のことを任せず、小川先輩に頼む方が変だな。

「それで今、生徒支援の仕事は何かあるかな?」

「二件ほど依頼が来てるっすね。依頼内容は後でメッセージで送っておきますよ」

「ああ。ありがとう」

 やはり、依頼が来ていたか。

 それも二件も。

「それじゃあ後輩、今日のところは帰ってくれて構わないよ」

「え、このまま生徒支援の仕事はしないんですか?」

「さすがに依頼をみて即解決とはいかないよ。ちゃんと準備が大切だ」

「へえー。以外にちゃんとしているんですね」

「もちろんだ。私たちからしたら他人事でしかないけど、当人からしたら大切なことかもしれないからね。生半可なことはできないよ」

「そうですね、すいません」

 今のは失言だったな。

 小川先輩たちや依頼をしてくれた生徒に失礼すぎる。

「いいよ。それよりこれ連絡先。まだ交換していなかったよね」

「あ。はい」

「依頼のことは後で私から君に連絡しよう」

「ありがとうございます」

「じゃあ今日はこれで解散だ」

「はい」

 小川先輩に解散を命じられ、そのまま生徒会から退出する。

 しかし…

 結局、今日は本郷と話す機会がなかったな。

 まあいいか、今後、機会はいくらでもあるだろう。

 それよりも本郷に続いて、小川先輩の連絡先まで…

 別に嬉しくなんてないんだからね!

 だけど、しっかり登録しておこう。












「ただいまー」

 今日は生徒会ですこし帰るのが遅くなってしまった。

 奏はもう帰ってきているだろうか。

かなでーお兄ちゃんが帰りましたよー」

 返事が返ってこない。

 ていうか靴もない。

 まだ学校にいるということか。

「最近、やけに帰りが遅いな」

 生徒会で会議に参加していた俺より帰りが遅いとは…

 まさか!

 不良になってしまったんじゃないだろうな…

(何見てんだよ!くそ兄貴!)

 奏が不良になったらこんなことを言われるに違いない。

 いままで良い子に育ってきたから今頃反抗期が来てしまったのかもしれない。

 こういう場合、世の親たちはどうするのかな。

 優しくすべきか。それともさらに厳しくするべきか。

 悩むな、ここで対応を間違えれば非行に走ってしまうかもしれない。

 どうすればいいんだ……

 ……

 …

 まあ、冗談はこの辺にして、さすがに心配だし帰ってきたら少し注意しとかないとな。

 そんなことを考えていると、玄関の方からガチャっという音が聞こえたと同時に元気な声が聞こえてくる。

「ただいま~」

「おかえりー」

「あ。お兄ちゃん!今日はいつもどおり早かったんだね!」

「いや、奏が遅すぎんだよ。いつも遅くまでなにしてんだよ」

「いやー。学校の友達と盛り上がっちゃって」

「まだ新入生になって2か月だろ?もう友達ができたのかよ」

「あたりまえじゃん!お兄ちゃんこそ早く友達作りなよ~」

「おい!まるで友達がいないみたいなことを言うな」

「え~だって、友達がいないことは事実だし~」

「事実じゃありませんー!あなたの勘違いですー!」

「勘違いじゃありませんー!」

 そう言って奏は笑った。

 その笑顔を見て、俺も笑った。

 ああ、こんなくだらないことで笑いあって、まるでバカみたいだな。

 けど、やっぱりこういうくだらないことで笑いあえるってどんなに幸せなことか。

 奏と俺はしばらく笑いあった。


 も奏のもわすれて。

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