生徒会

 本郷ほんごうあかり。

 品行方正。成績優秀。ふんわりとした短めの髪におとぎ話にでも出できそうな絶世の美女。去年、高校一年生というまだ皆が慣れない時期に既に生徒会に誘われていて今年、生徒会長にまで上り詰めた天才。

 クールで誰にでも平等に接するその姿はまるで誰もが想像する完璧美少女。

 そんな彼女に告白する人間は後を絶たない。

 しかし、本人は一度も告白を受けたことがなく今では純潔の花なんて裏で呼ばれている。

 そんな完璧超人が、

「まさか。こんな痛い日記を書いているとは」

 俺は日記を太陽にかざしながらそう言った。

 この日記、昨日空き教室で見つけた内容が少し、いや、かなり痛いことが書かれている。先生に届けてもらおうとしたが結局断られ、仕方なく自分で返そうと名前を探したらそこに書かれていた名前が。

 本郷あかりだった。

 正直ショックだ。

 驚きよりもショックが先に来ている。

 勝手な想像だってわかっているが彼女は純情で完璧で気高く美しい。

 俺は彼女をそんな風に思っていた。

 …………

 いや、きもいな。

 勝手に彼女に理想を押し付けて裏切られたような気持になるのは。

 しかし、最悪の状況だ。

 ただでさえこの日記を直接渡すのには抵抗があったのに相手があの純潔の花だとなれば余計渡しづらい。

「どうすっかな」

 俺が頭を悩ませていると校舎から予鈴が聞こえてくる。

 この件は放課後にまた考えよう。






                             



 チャイムが鳴り響く。

 学生にとって長い終わりを告げる鐘の音。

 担任である神薙かんなぎ先生のあいさつで皆は席を立つ

 帰りの準備をする人。

 友達と話をするもの。

 そして、日記を見つめるもの。

「りょーくん帰らないの?いつもは私に雑用を押し付けられまいと急いで帰るのに」

 帰りの支度をしない俺に対して担任の神薙先生はそう聞いてくる。

「帰りたくても帰れないんですよ。この日記のせいで」

「ああ。まだ持ってたんだ」

「拾った以上返さなければならないですから。まあ先生が渡してくれれば話は早いんですが」

 俺は嫌味を込めて先生に対してそういった。

「あ!そうだ、この後用事があるんだった!」

 こいつまた逃げやがったな。

「じゃあね!りょーくん。帰りは気をつけてね!」

 そういって教室を出て行った。

 仕方ない早く渡して解放されよう。

 俺はそう思って生徒会室へと足を運んだ。





 生徒会。

 学年でも優秀な人材がそろったその組織は主に旧校舎の二階に存在している。

 仕事内容はいくつかあるが主に、学校行事の準備や企画、学内の問題解決、学校の校則を変更したりなどさまざまなことをしている。

 これはうちの学校の生徒の個性や自主性を大切にし、社会に出ても埋もれないような人材に育つようにというのが学校の教育論だからだ。

 だから生徒会は学内においてかなりの力を持っていて場合によっては教師よりを持つようなこともあったりする。

 そんな生徒会に平凡に生きてきた俺が関りがあるはずもなく。

 今まさに生徒会室の扉の前でうろうろしているただのやばいやつになっていた。

「どうやって入ろうか」

 どうって普通にノックして入ればいいんだがどうにも緊張する。

 なぜならこの扉の向こうには平凡な俺なんか比べ物にならないくらい

 優秀でかつ何でもできるような天才たちがいるのだろう。

 場違いすぎる。

 どうする。

 菓子折りでも必要だったか。

 もしかしたら会議の途中かもしれない。

 くそ!どうすればいいんだ!

 俺は扉の前を行ったり来たりする。

 そんな時だった扉が勢いよく開かれた。

「だれだー!扉の前でうろうろと!うっとおしい!」

 あかれた扉から出てきたのは小さい女の子だった。

 見たところ小学生くらいだな。

「君は?」

「いきなりなんだ失礼な。そっちこそなんなんださっきから扉の前をうろうろと」

 腕を上げて威嚇してくる。怒っているな。

 ていうか生意気そうな子供だな。

 ここは大人の威厳というものを見せていかないとな。

「おっほん、目上の人に対しては敬語を使わねばならんよ。礼儀のなっていない子供だな」

「だれが子供だ!ていうか礼儀のなっていないのはそっちだろ!」

 うむ、やっぱり生意気だな。

 しかし、ここで同じ土俵に立っていけない。

 相手は子供でこちらは大人だからな。

 よし、ここは威厳を見せる作戦じゃなく優しさを見せて心を開かせよう。

 この手のガキは非行に走りやすいからな大人が導かねば。

「ごめんごめん。そうだねいきなりでびっくりしたね」

「なんだそのむかつくしゃべり方は」

「まあまあそんなことより、君の名前を教えてくれないかな」

「なぜ貴様のような失礼な男に名前を言わねばならんのだ」

 んー、難しいな。どうやら警戒しているようだな。

 ここは下手に出てみよう。

「頼むよ。少女よ」

 俺は両手を合わせて頭を下げた。

「ちぃ!まったくなんなんだ貴様は」

 お!ちょっと警戒が解けたかな。

「私の名前は小川梓こがわあずさ。生徒会で会計をしている」

「へえー。そうなんだすごいね」

「いちいちむかつくやつだな」

 小川梓こがわあずさか。

 どこかで聞いた名前だな………

 ……

 …

 

「まてまて生徒会で会計だって?本当か?」

「ああ。そうだとも」

「じゃじゃあもしかして生徒会会計で三年の小川梓こがわあずささんですか」

「そうだ。よく知っているな無礼者」

 やばい、生徒会の小川梓こがわあずさといえば生徒会屈指の頭脳を持っているといわれていて、高校一年生の時に会計を任されてから一度もミスをしたことがなく計算能力だけで言えばあの本郷あかりをといわれている学年屈指の天才じゃないか。

「ああ、これは失礼しました。まさか先輩だったとは」

「別にいいとも無礼者。それより君の名前を教えてくれないかな」

「えっと、俺の名前は安藤良太です。学年は二年です」

「へえー。安藤良太ね。覚えておこう」

 やばいなこれ。絶対怒ってるよな。

「それで君は何しに生徒会に訪れたのかな」

「えっとそうですね。実は生徒会長の本郷あかりさんに用がありまして」

「会長に?もしかしてまたか」

 小川先輩は露骨にうざそうにため息をついた。

 もしかして、告白と思われたかな。

「さきに言っといてやるが会長は誰とも付き合う気がないと思うぞ」

「いえ、ちがいますよ」

「なにがだ?」

「俺は別に告白しに本郷さんを訪れたわけではありませんよ」

「じゃあ、なんの用事できたんだ?」

「実は本郷あかりさんが落とした手帳を持ってきたんです」

「手帳?」

「はい手帳です」

 それを聞いた小川先輩はこちらを疑うような視線で見てきた。

「恋文てわけじゃないだろうな」

「違いますよ」

 すごい疑われているな。

「まあいいわかった、ならば私が預かっておこう」

「いいんですか。じゃあよろしくお願いします」

「うむ。たしかに受け取った」

 ふう~

 これで役目は終了だな。

 仮にもこの人は生徒会の人間だ中身を勝手に見たり、ましてや広めるなんてことしないだろう。

「それでは失礼します」

「うむ。じゃあな無礼者」

 まだ怒ってるのか。

 俺は逃げるように生徒会を後にした。







「これでやっと肩の荷が下りたな」

 生徒会に日記を届けた俺はとてつもない難問から解放されたことに安堵していた。

 これで平穏な生活に戻れる。

 しかし、まさかあの小さいことが生徒会会計の小川梓だったとは。

「かなり怒っていたけど大丈夫かな」

 三年の先輩とは知らなかったとはいえかなり失礼な態度をしてしまった。

 まあ。もうかかわることはあるまい。

 早く家に帰ろう。

 そんな風に思っていると前に見覚えのある背中を見つけた。

 あれはたぶん妹だな。

 安藤奏あんどうかなで。俺の一つ下の妹で同じ高校に通う生徒でもある。

 黒い髪を腰まで伸ばし、小柄な体系をしている、平凡な俺と違い容姿もそれなりに整っている。自慢の妹というやつだな。

 だが、めずらしいな奏がこんな時間までいるなんて。

 放課後に生徒会に日記を渡しに行っていたからもう時刻はすっかり夕方だ。

かなで

 俺がそう呼ぶと奏はすこし驚いたように振り返った。

「お兄ちゃん!いきなり話しかけるからびっくりしたよ」

 奏はすこし怒ったような表情をしたがすぐにうれしそうに微笑んだ。

 こういうところは我ながらかわいいと思ってしまう。

 先に言っとくとシスコンってわけじゃないからな。

 これはあくまで妹として......

 まあいい。

「奏は今帰りか」

「そうだよ」

「ずいぶん遅いんだな」

「うん。ちょっとね」

 なんだ?なにかいま……

「それよりお兄ちゃんこそ今日はずいぶん遅くまで残っていたんだね」

「ああ。実は生徒会によっていたんだ」

「生徒会に?」

「ああ」

「えー!どうしてー」

 どうやら気になっているみたいだな。

 ならば教えてあげなければならないな。

 俺がいかにして生徒会長のピンチを救ったか。


 まあただ落とし物をかえしただけだけど。



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