(2)

 アーチボルドに有無を言わさず連れて行かれた先は、学園内にある貸し切りのサロンであった。部屋の奥一面がガラス張りになっており、温室内にある珍しい植物の数々を望みながらお茶会などができる、という場所だ。同様、メイヴィスもかぐわしい紅茶と、お茶請けをアーチボルドのお付きのひとに供されたわけだが、喉を通るはずもない。


 そんなメイヴィスの心境がわからないわけがないだろうに、アーチボルドが気にかける様子はない。しかしメイヴィスは、そのことに関して心中で文句を言うほどの余裕もないのだった。


 メイヴィスの実家は裕福だが、貴族としての歴史は浅く、比例して家格は低い。王室との縁も薄く、当然王子であるアーチボルドとも特別親しくしてきた覚えはない。


 それでも、なぜアーチボルドが自分をサロンに連れ込んだのか、特別賢くもないメイヴィスだって察せる。……いっそ知らんふりを決め込みたかったが、すでに察してしまった上に、動揺から態度に出てしまっていたから、どうしようもなかった。


「単刀直入に聞く。お前はセラフィーナとオーウェン・ユニアックについてなにか知らないか?」


 メイヴィスは、言葉に詰まった。この両者について、メイヴィスはなにも知らないといえば知らないし、知っているといえば知っていると言えなくもなかった。どう答えればよいのか、悩ましい問題だった。


 なにも言わないメイヴィスに、アーチボルドの眼光が鋭くなったように――少なくともメイヴィスには――見えた。


「まさかっ、お前セラフィーナのことを好いているのか……?!」


 しかし、アーチボルドが次いで放った、上ずった声から出てきたセリフを受けて、メイヴィスは目を白黒させた。だがすぐにアーチボルドがとんでもない勘違いをしていると悟り、あわててかぶりを振る。


 それでも、アーチボルドの誤解は解けなかったらしい。メイヴィスにとっては、残念なことに。


「嘘をつくなっ」

「う――嘘など――」

「では先ほどからずっと隠し持っているその“ぬい”はなんだっ」


 アーチボルドは強い語尾と共に、眼光鋭く、射抜くような視線をメイヴィスに向けた。同時に、勢いよく立ち上がって、びしっと人差し指でメイヴィスの膝元を指す。メイヴィスの膝元には――隠し場所がなく困った末に、アーチボルドから見えない位置であったそこに置かれた、セラフィーナにしか見えない“ぬい”があった。


「こ、これは――」


 置き去りにすることも、ましてやポケットなどに隠すこともできず――学園指定の制服にはちょうどいいポケットがついていなかった――タイミングを逸して、ここまで持ち込んでしまったセラフィーナにしか見えない“ぬい”。アーチボルドはそれを見て、その端正な顔をかすかに紅潮させ、震えていた。


 メイヴィスはまた言葉に詰まった。なにをどう言い訳すればいいのやら、皆目見当がつかなかったからだ。


「ま、まさかオーウェン・ユニアックと共に仕組んでセラフィーナを籠絡して――」

「ち、違います! 誤解です!」


 アーチボルドの邪推が明後日の方向に進み始めたために、メイヴィスは緊張と動揺で破裂しそうな心臓を抑えながらも、懸命に反論する。しかしメイヴィスの言葉はアーチボルドの耳に入れど、脳にはきちんと届かなかったらしい。


「くっ……なんということだ! まさか婚約者との共犯だったとは――」

「だから、違います! この“ぬい”は……ひ、拾ったものなのです!」

「……拾った?」


 メイヴィスはさすがに「盗んだ」とは口走れなかった。


 それでもようやく暴走するアーチボルドの脳に、メイヴィスの弁明がきちんと届いたところを見て、少しだけ安堵する。


「まさか……! オーウェン・ユニアックの他にもセラフィーナを狙う不逞の輩が?!」

「そ、それは知りませんけど……」

「……そうであろうな。セラフィーナほどの魅力的な婚約者を持つ者の苦悩は、そうそうわかるまい……」


 メイヴィスはムッとした。


 ただでさえ、婚約者であるオーウェンの気持ちが他にあるかもしれないとやきもきしていたところへ、アーチボルドのたわごとにも似た疑惑をかけられ、さらにはオーウェンをセラフィーナに横恋慕する輩扱いされたことで、さすがのメイヴィスもムッとした。


「わ、わたしにだってわかりますよ……! オーウェンはだれにでも平等に優しくて、穏やかで勉強ができて、それでいて“ぬい”作りがすごく上手くて女の子たちに大人気ですから!」

「お前は……セラフィーナに気がないのか?!」


 アーチボルドが驚愕の表情で叫んだので、メイヴィスも叫び返すようにして「ないです!」と答えた。


 いつの間にか両者ともに、白いクロスがかけられた丸テーブルを前に、イスから立ち上がって対峙していた。そして叫ぶような声で剛速球のやり取りをしていた。


「わたしは! オーウェンを愛しているんです!」

「ならば、なぜお前はセラフィーナの“ぬい”を持っているのだ?!」

「そ、それは――」

「くっ……セラフィーナへの気持ちならば、私のほうが絶対に上だ! その“ぬい”、渡してもらおう!」

「え?!」


 メイヴィスは一瞬だけ間を置いてから「だ、ダメです!」と叫んで、左手に握っていたセラフィーナの“ぬい”を抱き込むようにして引き寄せた。


 そこへ、アーチボルドの腕が伸びる。アーチボルドは、力づくでメイヴィスからセラフィーナの“ぬい”を奪おうとした。


 しかし、メイヴィスが今持っているこの“ぬい”は、明らかにセラフィーナを模しているものと言えど、オーウェンのもの。それをそう易々とアーチボルドには渡せない。そもそもこの“ぬい”はオーウェンの家から持ってきてしまった――もとい、盗んでしまったもの。ここでアーチボルドに渡しては、返せなくなってしまう。


 ゆえに、メイヴィスは王子が相手だろうと抵抗した。王子の不興を買うよりも、オーウェンに嫌われることのほうがメイヴィスにとっては由々しき事態だったからだ。


「ぐぬぬ……! なぜそうまでしてセラフィーナの“ぬい”を渡さないんだ?! 私に寄越せ!」

「イヤです!!! ダメです!!!」

「くっ……そんな力でセラフィーナの“ぬい”を引っ張るな!」

「殿下こそ!」

「私はセラフィーナの婚約者だからな!!!」

「意味がわからないです! ほ――欲しいなら作ればいいじゃないですか! セラフィーナ様の“ぬい”を!」


 メイヴィスは苦し紛れにそう言い放った。……それがまさか、この暴走王子アーチボルドと共に“ぬい”作りをする展開に繋がるとは、まったく予想せずに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る