(タイトルはまだ決まってません)

Mr.シルクハット三世

夜の静かな街中を、日山士郎はコンビニ袋を片手に歩いて帰っていた。空には大きな満月が浮かんでいたが、時折雲が流れ、月が雲に隠れては輝きを繰り返していた。


「うぅ....、寒いなぁ...」


寒さに身体が震えるのを感じながら、士郎はお菓子とジュースを詰めたコンビニ袋を握りしめて歩を進めた。深夜のテレビ映画鑑賞の準備を整えるべく、士郎はコンビニまでわざわざ足を運んでいたのだ。


士郎は心の中で、深夜に放送されるウエスタン映画の内容を思い浮かべていた。

報酬は少ないながらも、村人を守るため果敢に戦う彼らの勇姿に、胸が躍るのを感じていた。そうした心躍る展開を、この深夜の映画で堪能しようと期待に胸を膨らませていた。

そうした想いを巡らせていると、さっきまで輝いていた月明かりが、厚い雲に隠れて周りが真っ暗になってしまった。


その時、後ろから声が聞こえた。


「こんばんは」


士郎は、不意に声をかけられて少し驚きながら振り向いた。

そこには、小柄な体型に肩まで伸びる長い黒髪の少女が立っていた。

周りが暗く顔がよく見えなかったが、声の感じからして、おそらく自分と同じくらいの年齢であろうと思う。


「あ、どうも、はい...こんばんは」


士郎は戸惑いながら返事をした。


「今夜の月は綺麗ですね」


少女は柔らかな口調で言葉を続ける。


「そ....そうですね?」


暗闇の中、少しだけ見えるその少女に、士郎は不審な気持ちを抑えきれなかった。この時間帯に見知らぬ女性に話しかけられるのは、どう考えてもおかしい。百歩譲って、大都会ならまだしもここは、都心から離れた普通の住宅街である。


そんな士郎の不審感をつゆ知らず少女は続ける。


その時、



「今宵はこの月明かりの下で」



雲が徐々に晴れていき、



「あなたと二人きりになれるなんて」



少女の全貌が明らかになった。









「私にとっては、最高の機会です」











この一言を聞いた時、士郎は持っていたコンビニの袋を床に落とし、尻もちを着いて倒れた。


「ひっ....」


恐怖のあまり声が出なかった。

士郎は、視線の先の月明かりに照らされた少女の姿を見る。

四肢があり、とりあえずは人の形をしているが、顔には8つの目に、口元には鋭い牙が2つあり、その姿は紛れもなく蜘蛛の顔そのものであった。


士郎は、気が付くとその場から逃げ出していた。士郎は普段考えるより先に身体が動くタイプでは無いのだが、今回だけは別だった。

士郎自身の生存本能が「ここは危険だ!逃げろ!!」と警告を鳴らしたのだ。


全速力で走りつつ、後ろを見ると蜘蛛の怪物が追ってきていた。

これは、悪い夢でも見ているのでは無いかと思いたかったが、これは現実なのだ。

その証拠に先程尻もちを着いた際に手を擦りむき、今もヒリヒリする。

士郎は、混乱して上手く考えがまとまらず成り行きのまま目に付いた道をあっちこっちに入って行く。

もう自分でもどこを走っているのか分からなくなっていた。

そして、しばらく走っていると突然終わりを迎えた。


行き止まりだ。

左右には、よじ登れない程の高い壁となっており、まさに袋小路である。

こんな作りをした建築士をこの時ばかりは恨みたくなった。完全に逆恨み....


ゼェゼェ....

身体が酸素を求めて、激しく唸る。

士郎は、壁に背中を付けて座り込んだ。


徐々に、足音が近くなって来た。


カタ....カタ....


その足音一つ一つが士郎にさらなる恐怖を与える。


そして、蜘蛛の怪物は目の前に現れた。

8つの目が士郎の事を見つめている。

そして、蜘蛛の口元が開き、士郎は死の覚悟をした。


「さらば、父さん、母さん....」


心の中で家族や友人たちに別れを告げる。







しかし











その時、蜘蛛の怪物から意外な言葉が発せられた。











「士郎さん....あなたが好きです」










は....はい?










驚いて目を開けると、目の前に迫りくる奇怪な姿に、士郎は思わず悲鳴を上げた。


「うわぁぁッ!!!」


「な、なぜ逃げるんですか? 私はあなたのことが心から好きなのですよ」


困惑に満ちた表情の蜘蛛の怪物は、むしろ士郎の反応に戸惑っているようだった。


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