第12話
屋上から教室に戻る。そして、そのまま授業を受けるのだが…無論、何も意識しないはずがない。授業中、何度も同じ光景が脳裏にちらついてまともに集中することができないでいた。そして、午前中の授業が終わり昼休みになる。ここで問題は起きた。
「ねぇ、ねぇ…松本君?一緒にお昼食べていいかな」
「あ、私も!奥野さんの事も聞きたいし、一緒に食べようよ」
なんということだ。今まで冷たい視線しか送って来なかった女子から、お昼のお誘いを受けるとは思わなかった。
まぁ、狙いは奥野さんとのお近づきって感じだろうけど。
「有馬さんも可哀想だよね。平河さんにあんな酷いこと言われてたなんてさ」
「ねぇ、A組の子が言うにはだけど、戻ってきた有馬さん。滅茶苦茶いい人になったんだって。今まで冷たかった態度がガラッと変わったみたい」
なるほどな。全てをそいつに押し付けたのか。…多分、奥野さんの考えたことだろうな。こんな事、有馬では考えられなさそうだし。
「それで、教室に帰ってきた有馬さんなんだけどさ……顔が真っ赤だったんだって」
「な、なんで俺にその話をするんだ?」
「え?だって、その原因って絶対松本君でしょ」
「いや、俺は何もしてないぞ?」
うん、俺だ。絶対に俺が原因だわ。俺も顔が赤くなっていたと思うけど、誰にもバレていなかったみたいだな。さて、どうしたものか。一人で悲しくお弁当を食べる事はなくなりそうだから、C組で食べてもいいと思ったんだけどな。なんだか話が面倒になってきたな。目の前の女子達からは逃さないぞという意志を感じるし……誰か助けてくれないかなぁ。
そんな事を考えていると目が合う。
窓越しに俺の事をニコニコした笑顔で見ている奥野と不機嫌そうに俺を見てる有馬だった。
「ごめん。また今度な。待たせてるみたいだし」
「え?…あ、奥野さんと有馬さんだ」
「やっぱり、関係あるんじゃん!今度、絶対に話してもらうからね~?」
俺は急いでお弁当を片手に廊下に出る。奥野さんは笑っているが、それ以外の感情を一切隠している。有馬は見てわかるくらいには、機嫌が悪そうだ。
「随分とオモテになるんですね?」
「いや、違うぞ?あれは別に俺のことが目的じゃないし」
「それにしては、やけに鼻の下を伸ばしていたけど?」
「いやぁ……あははは。さて、お昼を食べないとな。時間が無くなっちゃうなぁ」
俺は笑って誤魔化して見るが、二人は何も言わない。ただ無言で俺の事を見る。
「累君、彼女たちにお昼を誘われて、別にA組にいかなくてもボッチ飯回避できるし、行かなくても良いかなって…思いましたね?」
この人はエスパーか何かなのか? それとも俺の頭に盗聴器でも仕込んだのか?
奥野さんの人を読む能力は長けている。それは事実だが、そこまで来ると怖いよ。
「いや、そんな事はないぞ」
「今、目を反らしましたね。やましい時にする行動ですよ?」
「……思ってないぞ」
「そんなに見つめられると困ります。隣の人が物凄く不機嫌になりますので程々にしてくださいね」
「なッ?!不機嫌なんかになってないわよ!」
いや、有馬さんよ。それは無理があるというか……さすがの俺でもわかるぞ。
というか、やっぱりこの人は、俺達で遊ぼうとしてる。
「もう私とはご飯を食べたくないのですか?」
「そうじゃない。だが、正直に言うと監視されながらの飯はな……」
「確かに、誰かに見られながら食べるのは嫌よね。ストレスが溜まるわ」
A組でお昼を食べる時にいつも思う。監視のように見られて食べづらいのだ。
一つひとつの所作まで見られているようで落ち着かないんだよな。
「では、今日はお外で食べましょう」
俺達は中庭にあるベンチで食べることにした。真ん中を俺が座り、その両隣を有馬と奥野が座るという言わば、両手に花状態であった。今日、俺は死ぬのかな?
「誰かに見られたら殺されるだろうな」
「何言ってるのよ。そんな訳ないでしょ」
「お前は、男子高校生の恨みの強さを知らないからそんな事を言えるんだ。というか、有馬」
「な、何よ」
「なんで顔をそっちに向けてるんだ?」
隣に座ってからというもの、有馬はそっぽを向くような形で俺と会話をしている。
俺は有馬の後頭部に話しかけている状態だ。
「し、仕方ないでしょ!こうでもしないと、まともに話せないんだから」
「まぁ、可愛らしいですね。有馬さんって初なんですね~。でも、そんな事ですと累君は私から奪えませんよ?」
「あんたが勝手に奪ったんでしょ!」
奪う、奪われるとか…俺は商品か?まぁ、美人が両隣にいて飯を食うなんて経験は、俺の人生でもう味わえないだろうから許すか。
「なぁ、有馬」
「な、なに?」
「今朝のことだけどさ……」
「待って!」
有馬は俺の方を向いて、掌を俺の口に当てる。そして、頭を下げながら言う。
「分かってる。奥野と付き合っているのは分かってる。でも、その関係は普通の交際関係じゃないでしょ。だから、私にもチャンスをくれない?時間が欲しいの、私が累に振り向いて貰える時間が欲しい。だから、その言葉の先はまだ決めないで」
「………」
俺は奥野さんの方を見る。奥野さんは俺に向かって、OKサインを出した。
「わかった。俺としてはこう言うしかないし、これ以上は何も言えない」
俺は恋愛がわからない、恋というものを知らないなどとほざく、人間ではない。
誰かを好きになるという経験はある。俺は確かに中学2年生の頃は有馬の事が好きだったんだろう。だが、今もその気持が維持されているのかというとわからないのだ。
互いに関わらないようにしてきた時間が長すぎた。
「あとさ」
「ん?」
「私のことも……そのさ……」
有馬が俯きながらボソボソと喋る。何を言っているのか少し聞きづらく、聞き返そうとすると奥野さんに耳打ちされる。
「また、名前で呼んでもいいか?」
「うん、いいわよ」
「り、律?」
「ッ!……こんなに嬉しいものなのね」
俺が試しに名前で呼ぶとまた顔を反対方向に向けてしまった。
これでは喜んでいるのか、そうじゃないのかの判別がつかない。さっきよりも雰囲気が優しくなったから、大丈夫そうだな。
「そろそろ、私の事も名前でサラッと呼んでもらえると嬉しいです」
「いやぁ、奥野さんは」
「ん?なんですか」
だから、その無言の圧な?怖いんだよ。怒った顔ぐらいしてくれても良いんだがな、コイツの場合、顔ではなく微妙な声のトーンで出る。因みに今、少し怒ってるな。
「游華って言うと違和感が凄くてだな」
「これから何十年も呼ぶのですよ?慣れていただかないと困ります」
「お前なぁ~?」
こいつはまたそんな事を恥ずかしげもなく言いやがる。本気で結婚なんかするつもりもないんだろうけど、心臓に悪いんだぞ!?
有馬が俺の肩を強く持つ。有馬さん?あの、肩に爪がめり込んじゃってるんだけど。これかなり痛いんですよ?
「あんた、私に喧嘩でも売ってるつもり?」
「あらあら、キス程度で赤くなっていた有馬さんではないですか。キスは譲りましたので、私は累君の初めてを頂きますね?」
「ば、馬鹿じゃないの?! そんなこと、高校生にできるわけないでしょ。それは、結婚してからって」
「うん?私はこれの事を言ったんですよ?」
「……え、チケット?」
奥野さんがポケットから取り出して見せたのは2枚のチケットだった。
「ウォーターパークってご存知ですか?」
「あぁ、プールとテーマパークが合体したような奴か?行ったことないな」
「よかったです。これで、累君の初めてのプールデートは、私のものです。ところで有馬さん? 先ほど結婚という言葉が出てきましたが……一体、どんな事を考えていたのでしょうか?」
「あぅ……うるさいわよ。そんな事言えるわけないでしょ」
「え? 聞こえませんよ?」
「累ぃ、私、やっぱりコイツのこと嫌い!」
有馬は俺の腕に抱きつくようにして赤くなった顔を隠す。
その様子に勝ち誇った顔をする奥野さんに俺は、呆れた視線を向ける。
「まぁ、今回はチケットを偶然に頂きましたので、今度の週末にでも行きませんか?もちろん、二人きりですよ?」
「ぐぬぬぬ…」
「これは、キスの代償です。異論は認めません。それと、これからは私のことも名前で呼ぶこと。これが今回の報酬ということで」
「まぁ、わかったよ。それとチケットに関しては、日曜日なら空いてるな」
「では日曜日にしましょう。土曜日はどこかにお出かけでもするのですか?」
「いや、友達が家に遊びに来るだけだ」
友達かどうかは微妙だが…まぁ、好きなアニメのことを語ったんだ。友達でいいか。
そう言えば、奥野さんは杉谷が土曜日に来ることを知らないんだな。てっきり盗み聞きしているものだと思っていたんだがな。
「友達って裕二のこと?」
「いや、A組の杉谷って奴だけど」
「「はぁ?」」
二人は俺の返答に対して、そんな反応を見せた。
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