第13話
杉谷さんが土曜日に家にくる予定だと話をすると、二人は顔を見合わせた。そして、何を思ったのか頷き、急に笑顔を俺に見せてくる。
え、怖い。笑顔で無言なの本当に怖いんだけど? 笑顔が素敵ですねとでも言っておくべきなんだろうか?
「ねぇ、私も行って良い?」
律は俺にそう聞いてきた。なんというか、断れないような圧を二人から感じる。
「え、別に構わないけぞ。でも、漫画を読みに来るだけだぞ?」
「私もその漫画読みたいの」
「お前、アニメとか興味ないって言ってなかったか?」
「累が好きなものに興味があるの。それだけよ」
「そ、そうか」
照れながら言う有馬の表情に少しだけドキッとする。
耳を疑うようなセリフが飛んできて照れていると隣から太腿をつねられる。
「いてっ!ゆ、游華?痛いんですけど」
「名前で呼んでくれたのでこれ以上は勘弁してあげます。けれど照れすぎです」
「そんなに照れてないって。それより、游華も来るのか?」
俺が聞くと悩んだ声をだし、首を横に振った。
「う~ん、残念ですが遠慮しておきます。私は日曜日へ向けて準備がありますので。ですが、私がいないからと言って二人に変な事をしてはいけませんよ?」
悪戯な笑みを浮かべて俺にそういう。だが、最初からそんなつもりは俺にはない。
有馬には来て良いと言ったが、正直に言うと部屋に女子が二人も来ること自体が既に俺の許容量を超えている。
游華が、誘いを断ってくれてホッとしている自分がいたのだ。
一人ならまだしも女子が二人となると、肩身が狭い。
「普通はしないだろ。それに、二人もそんなつもりはないって」
「そうですか。安心しました」
俺の返事に有馬は、少しだけムッとした表情をする。そして、口を尖らせて言う。
「何よ……少しぐらい、意識してくれてもいいじゃない」
「いや、杉谷さんも来るんだぞ? それに家には親もいる。そんな事ができるわけがないだろ」
「分かってるわよ。少し言ってみたかっただけ。というか、なんで杉谷なのよ。いつ知り合ったの?」
「あぁ、なんかこの前に一緒に帰る機会があったんだ。それで、アニメの話で盛り上がってな。その流れで漫画をうちに読みに来る感じになった」
俺が説明すると二人は黙って俺を見る。その目はなぜか呆れているような目だった。
あれ? どうしてそんな冷たい視線を向けられるんだよ。別に変な事はしてないはずなんだけどな。
「それってつまり、あんたが誘ったということよね?」
「累君、私という彼女がいるというのにどうして満足してくれないのですか?」
「あ、いや……そうか。そうなるのか」
何も考えていなかった。ただ好きなアニメの話ができればそれで良かったんだけど、二人からしてみれば俺が下心で誘った様に見えるか。
「本当に他意はないんだ。同じアニメが好きで、その話ができればいいかと思っただけなんだ」
「じゃあ、累は別に杉谷の事が好きではないのね?」
「あぁ、そんな感情はない」
「ふぅ、よかったわ」
俺が断言すると律の顔は、若干だが柔らかくなる。
好きな人がホイホイできるわけ無いだろうと言いたいが、今の俺が言っても説得力がないだろうな。
そしてお昼の時間が終わり、午後の授業が始まる。あいも変わらず眠たげな授業に船を漕ぎそうになるが、中間のテストが近いためぐっと堪える。
あまり頭に入ったとは言えないが、午後の授業を耐えた俺は、放課後を迎えて屋上に向かう。
午前中に色々とあり、忘れかけていたが呼び出しをくらっていた。ポケットに入っていた紙に気づき、屋上に用事があることをホームルーム中に気がついたのは内緒だ。
紙の内容は、屋上に一人で来てくださいという内容だった。游華が最初に俺に渡してきた紙と殆ど同じ内容であるが、宛名も何も書かれていない。
無視するのも悪いと思い、屋上に出るとそこにいたのは一人の男子生徒だった。
「来たな。松本 累……腐れ外道が」
「えっと、確か君は杉田君だっけ? これは君が?」
紙を見せると杉田は笑いながら頷く。
「あぁそうだ。約束を守って本当に一人で来た事は褒めてやるよ」
「それで、何のようなんだ? 何も用がないなら帰るぞ」
俺が帰ろうと扉を開けようとするが、向こう側から抑え込まれているのか開かない。
どうやら、俺は罠にはめられたようだ。
「そんな事、わかりきってるだろ。テメェが奥野さんと別れるって言うまで半殺しにするんだよ」
そういうと室外機の後ろに隠れていたのかゾロゾロと生徒が出てくる。
その全員が1年生だった。最近の高校生ってこんなに血の気が多いのか?
何時の日かはこんなことに巻き込まれるのはないかと思っていたけど思ったよりも早かったな。10人以上はいる……まぁ、勝てる見込みはゼロだな。ただのオタクである俺が勝てる理由がない。ここは、現実なのだ。コミックでありがちの格闘経験や圧倒的なセンスなどは持ち合わせていない。
「よくも俺だけのために人数を集めたな。そんなに俺と游華が付き合っている事が気に食わないのか?」
「テメェごときが奥野さんを名前で呼ぶんじゃねぇよ! 虫唾が走るだろ。おい、こいつを抑えろ」
先輩に対してコイツ呼ばわりか。一人に対してこんな人数を集めるなんて徹底的にやるつもりだな。杉田の声掛けで俺よりも背が高く、肩幅が広い男子生徒の二人が俺を抑えようとする。振り払おうとするが、強い力で手首を捕まれてしまい、直ぐに俺は両腕を拘束されてしまった。
「なぁ? お前は本気で奥野さんがお前の事が好きで付き合っていると思うか?」
杉田は、俺の顔を見てそう言ってくる。
真顔で違うんじゃないか? と言ってやりたいが、刺激はしたくないので黙る。
「そんな訳がねぇだろ? お前のような三流の顔と奥野さんのような人が付き合うわけがないだろ」
確かにな。三流かどうかは知らないが、眼の前にいる杉田のほうが俺よりもイケメンだと世の声は言うだろう。
「……」
「テメェのその余裕そうな顔がムカつくんだよ!」
「おがっ」
そう杉田が言うと、何度も俺のお腹を殴る。顔を殴らないあたり、やり慣れているのだろう。中学生の時もそうだったが、学校で虐めようとする彼奴等は顔をあまり殴らない。
「なぁ!? さっさと別れろよ!」
「……」
「チッ!無視とはいい度胸じゃねぇか!?」
「…うがっ!」
脇腹をかなり強く蹴られる。後ろのガヤは俺にスマホを向けている。
「おい、コイツの服を脱がせ」
「えっ…」
「おい、早くしろ!」
「あ、はい!」
おどおどした男子生徒が俺のシャツのボタンに手をかける。
その男子生徒の手は震えており、ボタンを外すことに手間取っていた。俺と目線が合うとビクッと体を震わせ、小さくごめんなさい、ごめんなさいと何度もつぶやく。
「そう言えば、テメェ、あの有馬さんの幼馴染だっけ。あの人も奥野さんに劣らずで滅茶苦茶可愛いよな」
「だったらなんだ?」
「決めた。お前が奥野さんと別れなければ、有馬さんにお前と同じことするわ」
俺はそう言われて、強烈な怒りが込み上げてきた。
「そうか。もしそんな事をしてみろ? お前を俺は許さない。杉田だけじゃないぞ。お前らもだ、杉田に脅されていても関係ない。律に手を出した奴は誰だあっても許さない。それに、つまらない人間なお前とは、游華は絶対に付き合わないと思うぞ」
俺がそういうと杉田は俺の言葉に苛ついたのか何も言わずに俺の顔を殴った。
そして、髪の毛を持ち上げられる。
「ゴチャゴチャ抜かしてんじゃねぇよ。お前の言葉なんか怖くねぇんだよ。ただの雑魚の分際で俺の手を煩わしてんじゃねぇよ。殺すぞ?」
俺が游華と別れると言えば直ぐに開放されるわけでもないだろう。そんな事は目に見えている。それに、誰かに脅されて別れるなんて情けない。
確かに游華は、俺の事が好きではないのかも知れない。告白も嘘告だったしな。だが、嘘でも付き合っているなら筋は通すべきだろ。
すると俺のポケットに入っていた携帯が鳴りだす。
杉田が携帯を取り出し、画面を見ると固まった。
「お前が出ろ。余計な事を言ったら殺すからな」
「分かってる」
画面を見ると奥野さんからの電話だった。俺が頷くと杉田はボタンを押した。
『もしもし?累君?』
「聞こえてるよ」
声が聞こえて少し安心する自分がいた。まぁ、こんな状況であれば尚更だろう。
『そうですか。先程の言葉はカッコよかったのですが、私には不満があります』
「なんだよ」
『どうして、そこに私の名前がないんでしょうか?お陰で私の隣にいる有馬さんは茹でダコのように真っ赤なんですよ。』
『ちょっとッ!?何勝手な――』
そこで電話が切られる。杉田は目に見えて焦っていた。
俺はそんな杉田に笑みを浮かべる。
「テメェ…ずっと電話をつけてやがったのか」
「もうじき先生達がやってくるぞ?早くここから離れた方がいいんじゃないか?もし、こんな事をしてるなんて知られたら、退学処分になるかもしれないぞ?」
俺がそういうとあからさまに杉田以外の生徒たちは動揺する。
「いいのか?退学になるかもしれないぞ」
「……絶対に許さねぇからな。覚えてろよ」
そう言って杉田は、扉をノックして開ける。やはり扉の奥にも生徒がいたようだ。
ガヤの生徒たちも怯えた表情をしながら、早々と校舎の中に戻って行った。
屋上で一人になるとその場に倒れ込む。殴られた箇所がズキズキと痛む。
「ふぅ~……なんとかなった」
恐らく游華は先生を呼んでいない。呼んでいれば、こんなに時間はかからない。
俺が殴られたり、蹴られたりすることも無かったはずだ。
それよりも……あの目はまだ何かやってくるな。二人には注意するように話しておかないとな。
俺がその場で座り込んでいると屋上の扉が開く音がした。俺は杉田が戻ってきたのかと思い、身構えるがそうではなかった。そこにいたのは、游華と律だった。
「累! 平気!?」
律は、俺を見ると一目散に近寄り、抱きしめてきた。どうやら泣いているようだ。
「おいおい、泣くなよ」
「うるさい! 泣いてないもん。うぅ、また私のせいで」
「違う。これは、あいつの嫉妬が起こしたことだ。お前のせいじゃねぇよ。だから、二度と自分のせいなんて言うな」
「……うん」
游華は、ゆっくりと近づき俺の目を見る。
いつもはどこか余裕がある表情をしている游華だが、今は沈んだ目をしていた。
「先生は呼んだのか?」
「いいえ、累君は騒ぎを起こしたくないと思うので呼びませんでした」
「よく理解してるな」
「これでも彼女ですからね」
游華はそう言って笑う。
言葉はいつも通りの彼女なのだが、その笑顔は必死に作っているようにしか俺には見えなかった。
「ねぇ、累」
「なんだ?」
「……ううん、やっぱりなんでもない。でも、今度は何かあったら相談しなさい? 私達は幼馴染なんだからさ」
「そうだな。悪かった」
律が何かを言いかけたが、それを俺に伝えることはなかった。
何を言いたかったのか。俺はそれがなんとなく分かった気がした。だが、俺がそれを聞き返すことはしなかった。
杉田が帰ってくる事も考えられるため、俺達は直ぐに屋上から出てた。
游華は、生徒会の仕事が残っているそうで一緒に帰れないそうだ。
「累君、日曜の件なのですがやっぱり」
「いいや、行くぞ?約束は約束だしな。これ以上、お前に借りを作ると怖いしな」
「そうですか。では、楽しみにしていますね」
俺と游華は、そう言って廊下の途中で分かれる。律は何か言いたげに游華の後ろ姿をじっと見つめていた。
【二章突入】嘘告に付き合ってみたら、彼女の手のひらの上で踊り続けることになった 柳 @te_fish_ko
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