第7話

夕食を食べ、風呂に入ってからスマホを見る。

すると新しいメッセージが奥野さんから来ていることに気づく。


『ゲームなのですが、20時からでもよろしいでしょうか?』

『遅い時間だな。あまり無理はするなよ?』


そう返事を返した。俺のようなゲーム好きは夜遅くまでゲームをすることはあるが、奥野さんにはそんなイメージはない。どちらかと言うと、早寝早起きのイメージだ。

俺が裕二と心にその連絡をする。


『了解』

『わかった』


そう短く返信が返ってきた。さて、それまでの時間に俺は何をしていようかと考えていると奥野さんからの返信が返って来た。


『大丈夫です。ところで、今はお時間ありますか?』

『問題ないぞ。暇だしな』

『では、お電話をかけても問題ありませんか?』


「…ん?」


俺が奥野さんからの返信を眺めていると直ぐに着信音が鳴り出す。

いや、いきなり電話って…出ればいいんだよな?別に問題はないはずだ。

妙に緊張しながら電話に出る。


「も、もしもし?」

「やっと出てくれましたね。それとも私と電話することに緊張でもされていたのですか?」

「そんなわけ無いだろ。というか、どうしていきなり電話をしてきたんだ?」

「あぁ、聞きたいことがあったんです。えっと、ゲーム中に使う通話アプリ?の使い方に付いて少しだけ」

「あぁ、そういうことか」

「はい、なかなか言葉で伝えるのは難しくて。よろしいでしょうか?」

「いいぞ。何が聞きたいんだ?」


俺は奥野さんの質問に答える。こうした事を教えるのは久しぶりだな。普段、俺が誰かに教えるなんてないからな。妹が俺に聞いてきた時ぐらいか?


「あと、このゲームは初めてやるので色々とわからないことがあるんです。最初の方はなんとかできたんですけど…」

「なるほどね。通話アプリを使いながらゲームの操作を覚えるか。通話の入り方はもう分かったか?」

「はい、バッチリです」

「じゃあ、一回電話を切るぞ」

「はい、直ぐに通話アプリに入りますね」


電話を一度切ってから、通話アプリにログインをする。グループを作り、奥野さんを招待して待機する。直ぐにピコンッ!と音がなった。


「聞こえてますか?」

「大丈夫だな。よし、早速ゲームを始めるか」

「はい、頑張ります」

「いや、別にそんな頑張ることじゃないからな?気ままにやろうな?」


ゲームにログインをしてから、奥野さんにフレンド申請を送る。


「わぁ、累君からフレンドの申請が来ましたよ。これ、断るとどうなるんですか?」

「普通にもう一度、送るだけだが?」

「つまり、断れば何度も累君からフレンドの申請が来るってことですね…えい!」

「おい、申請を断ったな?」

「なんのことでしょう?ちょっと通信が悪くて遅れてないかもしれません」

「…お前、なんだか手慣れてるな。まさか、初心者ってのも嘘か?」

「さて、それはどうでしょうか。でも、一生懸命に教えてくれる累君はとても可愛かったですよ? それはもう食べてしまいたいくらいには」


俺はそう言われて全てコイツの思惑通りだったことに気づく。

まただ。またコイツに騙された。もう騙されないと決めていたのに。


「あれ累君?怒っちゃいましたか?」

「もう知らない」

「ごめんなさい。でもこのゲームは初心者なんです。これは本当ですよ?」


俺はフレンドに追加された奥野を部屋に招待するためにフレンドの欄を開く。


「なぁ?」

「はい、なんですか?」

「この累嫁ってお前の名前か?」

「はい! これで誰がどう見ても累君のお嫁さんです」

「もう何も言わないぞ。何も言わないからな!」


はぁ、絶対にあいつらに何か言われる。やっぱり、俺はこの人がわからない。

奥野さんを招待すると部屋に入ってきた。奥野さんのキャラクターが身につけている装備を見るとどうやら本当に初心者のようだとわかる。

このゲームは装備にスキルポイントが割り振られており、一定以上のポイントを超えるとそのスキルが発動するシステムになっている。

奥野の装備は継ぎ接ぎの装備になっており、一つも発動できていない状態だった。慣れてくると継ぎ接ぎの装備でも、優秀なスキル組ができる。


「やっと来たか」

「もう少し粘っても良かったですね。こう、累君から迫られているような感じがしてとても良かったです」

「想像力が豊かで羨ましいよ」

「コツを教えましょうか?」

「遠慮する。それよりも先ずは操作だ。武器は主に何を使っているんだ?」

「これです」


俺がそう聞くと奥野さんは後ろを振り向いて背負っている武器を見せてきた。


「笛か…珍しい物を選んだな」

「そうなんですか?」

「それを最初に選ぶのはかなり珍しい。操作が独特でかなり難しい」

「でも可愛いですよ?それに私は楽器が好きですから」

「そうなのか。じゃあ、それで初めて見るか。先ずは簡単な操作を教えるから修練場に行こう。付いてきてくれ」


修練場は武器の操作などを確認することができる場所である。

俺は普段なら双剣を使っているが、教えるために持っていた笛を担いで向かう。

奥野さんが持っていた笛は初期の笛であるため、同じものが簡単に用意することが出来た。


「笛は主にバフと呼ばれるステータスを一時的に上昇させる効果を味方に付与する役割を持つ。攻撃の仕方によって得られるバフが違うのが注意点だな。こんな感じだ」


俺が笛を持って攻撃モーションを繰り返すと笛の効果が発動する。


「体力増加、攻撃力増加だ。短い時間だけどな。笛はバフを発動させながら戦うから常に敵の位置であったり、味方の状況を見ていないといけない」

「確かに難しそうですね」

「まぁ、最初はそんな事はどうでもいい」

「そうなんですか?」

「楽しいのが一番だ。難しく考えず、笛を兎に角ぶん回してれば、バフの効果は発動するし、楽しいと思う」


その後、操作を覚えた奥野さんと一緒に何度かクエストに行っているとあっという間に時間は過ぎていき、約束の20時になった。

ログイン状態であることを確認してから裕二と心を通話グループに招待し、ゲームの部屋にも招待を送る。


「お、来たな」

「うーい、お待たせ。奥野さん、初めまして。河合 裕二っていいます」

「私、白田 心」

「河合さん、白田さんですね。初めまして、奥野 游華と言います。いつも累君がお世話になっています」


奥野さんの雰囲気が、俺と接するときは随分と違う気がする。なんで外行きの声になっているんだ。


「おい、なんでそんな言い方をする。別に俺は誰の世話にもなっていないぞ」

「これが新妻か…いやぁ、熱いねぇ~」

「累に春が来た」


裕二と心はそういうとモーションで拍手をし始めた。こいつらまだ買って時間も経っていないくせにモーションを使いこなしてやがる。


「というか、奥野さんのキャラクターの名前」

「累嫁…累のお嫁さん。ストレートな名前」

「ド直球のストレート過ぎる名前だな。彼女にそんな名前でプレイさせるなんてな。それに嫁か…お前も立派な漢だな」

「おい、何を勘違いしてやがる。プレイヤーの名前に関しては、俺は無関係だ」

「疑わしい」

「本当ですよ。それに、まだ私は累君からアプローチされてません」

「ほう? でもいずれは?」

「はい、必ずさせます」


ガヤガヤとうるさいがそれでも打ち解けることは出来たみたいで俺は安心した。

まぁ、それと同時に今猛烈に身の危険を感じているけどな。


「俺、累の小さい頃の写真とか持ってますけど」

「それは…是非とも見たいですね」

「ご興味がありますか?」

「はい、とても。お幾らでしょうか?」

「本人がいるのに怪しい取引をしようとするな。さっさとクエスト行くぞ」


俺は話の流れを強引に変える。既に心はクエストを受注してくれていた。


「心は…太刀か」

「そう。モーションがカッコいいから好き」

「そんで裕二がランスか。相変わらず好きだな」

「当たり前だろ? この重量感がたまらないんだよな」

「よし、じゃあ行くか」


その後は2時間ほどゲームを楽しみ、俺達は解散することになった。

最初はグダグダな動きだった奥野さんも後半ではだいぶ慣れてきていた。

俺が教えているときも感じたことだが、奥野さんは覚えるのが著しく早い。脳みそのスペックが俺とは違い過ぎる。


「お疲れさん~」

「乙」


そう言って二人は早々に抜けていった。

俺も抜けようとした時だった。


「あの、累君」


奥野さんが話しかけてきて、退出ボダンに伸びていた手が止まる。


「なんだ?」

「その…今日は楽しかったです。ありがとうございました」

「あいつら、いいヤツだろ?仲良くしてくれ」

「はい、河合さんも白田さんも優しい方でした。お陰で私でもゲームを楽しむことができました」

「そうか。よかったな。次もまたやろうな」

「はい、必ず。それと…」

「ん?」

「ちゃんとお嫁さんにしてもらいますからね?」


俺は、不意打ちを食らい、口を開いたまま何も言えずにいた。

いやいや、騙されるな。今まで何度もこんな事は言われて来ただろ。今回は、不意打ちで心の準備が無かっただけだ。


俺は自分のバクバクしてる鼓動に対して、頭の中で言い聞かせる。

奥野さんは俺の反応を楽しんでいるだけ。だから、俺は落ち着いて、深呼吸をしてから返事をするんだ。取り乱さずにゆっくりと。


「俺の反応を楽しむつもりだろうがもう騙されないぞ。…じゃあ、また明日な」

「あら、バレてましたか。はい、おやすみなさい」

「…おやすみ」


俺は歯磨きをしてから部屋を暗くしてベッドに入る。

目を瞑るが、先程の言葉が頭から離れないでいた。心臓の鼓動が静まるのはそれから数時間後のことだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る