第5話 【奥野 視点】
累君との話し合いを終えて、自分の教室に戻ると一斉に視線を集めてしまいました。廊下でもこちらを気にかけるような視線を感じたので、既に他クラスにまで広まっているのでしょう。悪事でもないのに人の噂が出回るのは早いですね。ですが、これは最初から予想できた事です。累君の事をあそこで庇えば、必然的に今まであった胸糞悪い噂など軽く消し飛ぶでしょう。
「あら、もう戻ってきたの? あのゴミ虫とのお話は楽しかったかしら?」
「とても楽しかったです。有馬さんのお陰で累君から、手を握ってくれましたし」
「ッ!」
私がそういうと有馬さんは、苦虫を噛み潰したかのような顔をする。
有馬 律…校内では黒薔薇とも呼ばれていたはず。確かにそう表現されるのも頷けますね。艶のある長い黒髪は誰であっても見惚れるでしょう。私だって羨ましいです。
累君の有馬さんへの印象はそこまで悪いものではありませんでした。
正直に言って意外でした。もっと互いに嫌い合っていてくれていると思っていたんですが…これでは面白くないです。
誰かを憎む表情も見たかったのですが……それは、また今度にしましょう。
累君の方は、有馬さんに対して特別な感情を抱いている訳ではなさそうですが、こちらは違うようですね。
彼女は、他の男子生徒に対しても冷たい対応をする事は有名です。ですが、聞いていた話ではあそこまで毒舌ではありませんでした。なので、累君にだけあのような言い方をしている事になります。
「どうして累君をそこまで嫌っているのですか?」
「は? あんたなんかに教える訳がないでしょ」
突っぱねるようにそう返される。
概ねわかっていた反応ですね。なので、次は揺さぶりを入れてみる。
「そうですか。まぁ、互いに嫌っているのでしたら問題はありませんね」
「そ、そうよ。何も問題ないわ」
チラッと有馬さんの顔を見ると、その表情はとても問題がないようには見えませんでした。納得しているようにも見えましたし、悲しんでいるようにも見えました。
あー、嘘が下手ですね。そんな顔をしたら本音が丸わかりですよ?まるで私が、虐めているみたいじゃないですか。
「…ごめんなさい。今のは嘘です」
「は?」
「累君は、有馬さんを嫌ってはいませんでした」
「嘘よ、そんな筈がないわ」
私が嘘である事を伝えると、有馬さんは口を尖らせて拗ねるような反応を見せる。
幼馴染というのは、こうした反応も似るのでしょうか?なんだか、累君を相手しているような気持ちになります。類は友を呼ぶということなのでしょうか。
「嘘ではありません。残念ながら本当です」
「…そう、別にどう思っていようが勝手だし。あんな奴の事なんかどうでもいいわ」
あらあら、頬が若干ですが上がっていますよ?
有馬さん、思った以上にわかりやすいんですね。これではあれこれと考えていた私が馬鹿みたいです。もう端的に聞いてしまいましょうか。
「有馬さん、どうして累君だけにあれほど刺々しい言葉を言うのですか?嫌っている原因はなんですか?」
「…あなたには関係ないわよ」
「いえ、あります」
「ないでしょ!?」
「私は彼の恋人ですから、彼の駄目な所も知っておく必要があると思うんです」
「そ、そう言うところが気に食わないのよッ!」
有馬さんはそう言って体育着が入った袋を持って出て行ってしまった。
…流石にやり過ぎましたかね?ですが、これで有馬さんの累君に対しての好意は明白ですね。一度、ポーカーフェイスを教えてあげたくなるくらいには簡単でした。
あとは嫌っている理由を聞かなければなりませんが…別に面と向かって直接聞く必要はありませんよね?
私は授業の準備をするために後ろにある鞄へと向かう。その途中で席に掛かっている彼女の鞄にちょっとしたプレゼントをする。
「…約束は累君に対してのものでしたので、これはセーフです」
体育着を取り出していると近くの席から気になった会話を拾う。
「あ~あ、やっぱり図に乗ってるよな」
「黒薔薇とか言われて天狗になってるのどっちだよって話だよね」
「それよりも…あの奥野さんの彼氏君さ、犬みたいで可愛くなかった?あたし、狙ってもいいかな」
「えぇ? それは彼氏君が可哀想じゃね〜」
「それどういう意味だし」
声でその会話をしているのが草野さん、平河さん、杉谷さんと言うことがわかる。
この三人は問題のある生徒と言っても差し支えないでしょう。他の生徒に対していじめと呼ばれる行為を何度も繰り返しているそうですし。まぁ、私には一切関わって来ない事を踏まえると相手は選んでいるみたいですね。
「これは…ものすごく面白いことになりそうですね」
今後とのことを考えながらも私は着替えるために更衣室へと向かう。
「奥野っち、平気?有馬さんに色々と言われてたけどさ」
後ろから桐野さんが声をかけてくれました。
クラスのムードメーカー的な存在である彼女は敬遠されがちな私にも軽く話しかけてくれます。
「桐野さん、私は問題ありません。それよりも頼みたいことがあります」
「ん?なになに?奥野っちの頼みなら何でも聞いちゃうよ」
「では…」
私は桐野さんにちょっとした頼み事をしました。
これがどう転がるかはわかりませんが、いい方向へ転がってくれるといいのですが。
やがてチャイムが鳴り、午後の授業が始まります。
体育は嫌いです。特に外で行う体育は地獄です。炎天下の中でボールを追いかけて走ることに何の意味があるのでしょうか?
試合後に休憩をもらい、私は他のチームの試合を見ていました。私はチラッとC組の教室がある窓をみる。一番後ろの窓は開いており、そこには累君の横顔があった。
「ふふ、眠そうですね。ちゃんと授業は聞いているのでしょうか」
すると累君がチラッとこちらを向いたように見えた。
目が合っているような気がして、そのまま見ていると累君は一瞬にして顔を逸らしてしまった。
「やっぱり、いつも可愛らしい反応をしてくれますね。あの人もこれぐらい分かりやすければ、違ったのでしょうか…いえ、それはありませんね」
私はそのままC組の教室から見えない場所まで歩き、校舎側の木陰に入る。そして、熱くなった顔を冷ますように手で扇ぐ。するとポツンといる有馬さんが目に入った。暇そうに試合を観戦している有馬さんを桐野さんが無理やり試合に参加させていた。
「上手くいっているようですね」
桐野さんに頼んだのは、有馬さんが孤立しないようにすることでした。
クラスの皆さんと別け隔てなく接している桐野さんにだからお願いできることです。
有馬さんは最初は嫌がっているように振る舞っていましたが、楽しそうに参加しています。そんな光景を見ていると隣からこちらに歩いてくる存在に気がつく。
「ねぇ、奥野さん。ちょっと話いい?」
「はい、構いませんよ」
話しかけてきたのは杉谷さんだった。
「奥野さんが付き合ってる彼氏…えっと」
「累君ですか?」
「そうそう、累君ね。私が奪ってもいいかな?」
「はて、それはどう言う意味でしょうか?」
私がそう言うと杉谷さんは、悪びれもなく笑みを浮かべながら話しを続ける。
「累君って子犬みたいで割と私のタイプなんだよね。可愛いくて側で守ってあげたくなる的な?そんで、青春真っ盛りの私にも好きな人に告るチャンスはあってもいいのかなって」
「私がそれを許可すると?」
「いや?ぶっちゃけると許可とか要らないんだよね。勝手に狙うし、勝手に告るから。でもさ? 知っている方が焦るし、辛いでしょ?」
杉谷さんの目は声とは裏腹に笑っていませんでした。時々、累君が私にする冷たい視線とは違う、鋭い視線で私を見ていました。
どうやら私に対してかなり私怨を持っているようですね。それともこれが彼女の楽しみ方なのでしょうか?
「随分と悪趣味ですね」
「あはは、よく言われる。でもさ、あんたも似たようなことしてるんだよ?知ってる? あんたに告るためにって理由で振られた女の子がいるってことをさ」
そんな事を私に言われてもって感じではあります。本人にそれを言っても無駄なのでしょうけど。
「ご勝手にどうぞ」
「え? マジ?」
「えぇ、累君を遊びに連れて行くなり、告るなり好きにして構いません」
「奥野さんって、もしかして冷たい?」
「いえ、私は温かいですよ。生きてますからね」
「そう言う事じゃ…まぁ、いいか。そんじゃ言質は取ったから」
そう言うと杉谷さんは軽い足取りで別のところに行ってしまいました。まるで嵐のような人でした。
「はぁ、酷いですね。これではまるで物語の負けヒロインではないですか」
木陰の中で座りながら吹き抜ける風に私は思わず愚痴をのせる。
杉谷さんの事は完全に予想外の事でしたので驚きました。累君には、何も言わずに黙っていた方が面白い反応が見れそうですね。
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