第4話
俺はそのまま教室から奥野を引っ張り、廊下を進んで階段を登る。
屋上へと繋がる階段まで歩き終えてから手を離す。後ろを見るがどうやら誰も後ろを付いてくる物好きはいないようだった。
「あぁ~もう少し繋いでくれていても良かったのですが」
残念そうな声を出す奥野に俺は呆れた視線を向ける。
「はいはい、それよりもだ。さっさと有馬と仲直りしとけよ?」
「…累君、私、あの子が世界から消えても誰も悲しまないと思うんです」
「いや、普通に悲しむから」
あれ?これ普通に怒ってる感じなのか?
てっきり演技だと思ったんだがな。いつまでのあんな演技をさせるのも忍びないと思って連れてきたんだがな…ちょっと想定外だな。
「え!?累君、頭をどこかで打ったんですか?さっきから罵倒されてるんですよ?…やっぱりそっち系なんですね。大丈夫です、私きっと理解できますから!」
「だから違うからな?」
「素直じゃないですね。それにしても、どうしてあそこまで有馬さんに嫌われているんですか?」
「それが分かれば苦労はしないんだけどな」
俺は階段に座り、考えるように下を向く。
落ち込んでいると捉えられたのか奥野は俺の頭を優しく撫でてきた。
「何をしてる?」
「撫でています。愛でているとも言います」
「俺をか?花を愛でていたほうが幾分マシだろ」
「花が好きな方はそうでしょうけど、私は違いますので」
「止めてくれと頼んだら?」
「え、止めませんよ?」
試しに止めるように言ってみるが結果は予想通りだった。奥野は満足げに俺の頭を撫で続ける。俺が少しだけ距離を取ると奥野も一緒に俺の方に動く。
「逃げないでください」
「いや、普通に嫌だろ。というか男の頭を撫でて何が楽しんだか」
「楽しいですよ?それにペットを愛でるのは御主人様の特権ですから」
「……」
「冗談です。私にそんな趣味はありません」
俺が眉を顰めていると奥野はそう言う。
本気でそんな事を考えていそうでコイツの冗談はたちが悪い。
「本当は有馬さんの言葉に傷ついていないか心配だったんです」
「平気だ」
「本当ですか?」
「慣れているからな。あいつからの罵倒は今に始まったことじゃない」
あいつが俺を嫌い始めたのは中学生の2年生からだったか?
何の前触れもなく俺は有馬に嫌われた。理由を聞こうにも罵詈雑言の嵐で何も答えてくれない。理不尽に思った俺もあいつとはそれっきり距離をおいていた。
同じ高校とは最初は思わなかったのか、入学式で再開した時は、二人とも驚いた表情をしていたな。
「有馬さんと仲直りしたいですか?」
「まぁ、一応は幼馴染だしな、喧嘩しているよりかは仲直りはしたいよな」
「そうなんですね。…じゃあ、しちゃいましょう?」
「いや、だから無理だったんだよ」
「はい、なので仲直りしちゃいましょう!」
「…人の話を聞いてたか?」
「私も手伝います!」
奥野の顔は凄くやる気に満ちていた。どうしてコイツがこんなに俺と有馬の仲直りに積極的なのかはわからないが、嫌な予感しかしないのは気の所為か?
「はぁ、因みにどう協力してくれるんだ?」
「まず私が有馬さんにお話をお聞きします。そして得た情報を累君に渡す形でサポートします。有馬さんが累君を嫌っている原因が分かれば、私の役目は終わりです」
「いや、さっきまでお前ら喧嘩してたよな?」
「喧嘩するほど仲が良いというではありませんか。なので大丈夫です!」
「それを喧嘩してる側が言うのはおかしんだよ」
そんな形でお昼休みは奥野の不安な計画を聞かされる事になった。行き当たりばったりな計画だったが、それでも何かをしてくれようと頑張ってくれているのは素直にありがたいと感じる。
お昼の休憩が終わり、俺は教室に戻る。すると複数の生徒から変な目で見られる。
それは妬みとはまた別の視線のような感じがした。お昼での一件が既に出回っているのだろう。あまり気にする素振りを見せず席につく。
「よう、生きてるか?」
「平気?」
「俺は大丈夫だ」
朝の時にも話した裕二と心が俺の事を気にかけて来てくれた。
裕二は有馬とも面識があるため、有馬が俺のことを嫌っている事を知っている。
心は一口サイズのチョコレートの袋を俺の机に置く。
「疲れた時はチョコ」
「サンキュー」
俺はそれを貰い、口の中にチョコレートを放り込む。
様々な事があったせいなのか、いつもより疲れている気がする。はぁ、今日は厄日かもしれないな。
「元気でた?」
「バッチリだ」
「よかった。やはりチョコは最強」
「で、黒薔薇様と喧嘩したんだって?」
裕二はそう俺に聞いてくる。聞き馴染みのない言葉が出てきて思わず問い返す。
「黒薔薇様?」
「有馬のことだよ」
「あいつ、学校でそんな呼ばれ方してたのかよ」
「男子の間ではかなり有名なんだぜ?美しい薔薇には棘がある。そして綺麗な黒髪で黒薔薇ってな」
「誰が考えたんだよ。…で、この感じはまた変な噂が出回っているのか?」
「今回の噂は、有馬に罵倒されているお前を奥野さんが庇っていたという話だ」
それを聞いて俺は少しだけホッと胸をなでおろす気持ちになるが、妙な違和感を覚えた。
「…事実だな?それで、なんでこんな見られるんだ?」
「さぁ?もしかしたら、お前と奥野さんが付き合っていた事を嘘だと考えていた奴と奥野さんを脅して突き合わせていたっていう噂が否定されたってことで騒いでるのかもな?」
ヘラヘラしながら裕二はそう俺に言う。
推測のように話しているが、おそらくそれが正しいのだろう。今回、奥野が俺を庇った姿は多くの生徒に見られていたはずだ。彼らからしてみれば、無理矢理に付き合わされている奥野が俺を庇った異様な光景に見えたのだろう。それを正当化するには、前提である俺が無理矢理に付き合わせているという条件を変える必要がある。
「まぁ、変な理由で絡まれる事も少なくなればいいけどな」
「どうだろうな。それよりも、俺は有馬の方が心配だな」
「有馬か」
「噂によれば奥野さんに暴言を言ったんだろ?」
「いや、気に入らないとしか言っていないが、それは暴言に入るのか?」
「そんな事はどうでもいいんだ。奥野さんに対して否定的な言葉を言うという事は、クラスでの立場がおそらく悪くなるだろうな」
「……そうか」
俺は少しだけ有馬のことが心配になった。
学校の中ではちょっとしたことでクラスから浮いた存在になってしまう。
クラスで浮いた存在になると誰も関わろうとしなくなり、その存在は孤独になる。
それが好きな変人もいるが、大抵はそうではないだろう。親しかった友人が話を聞いてくれなくなり、誰も目を合わしてくれなくなる。まるで、そこに存在していないかのように振る舞われる。
そして、そんな存在は教室という居場所から弾かれる。
午後の授業が始まる。弁当を食べた後の世界史の授業は限りなく睡眠導入剤に近いものがあるのではないかと思う。俺の隣は既に夢の中のようだしな。
ふと窓から校庭を見るとAクラスが体育をやっているのが見える。なぜAクラスだとわかるのかというと奥野が目に入ったからだ。俺が見ていると遠くにいた奥野がこちらの方をチラッと見た。
「ッ!」
目があったように感じ咄嗟に目線を外した。
俺はもう一度、校庭の方を見るが奥野はもうこちらを見てはいなかった。
体育の授業はサッカーをしているようだ。男子生徒がかなり盛り上がっているのが遠くの方から見てもわかる。男女で分かれてサッカーをしているで、女子は応援をしている生徒と女子同士でサッカーを楽しむ生徒がいた。
「ん?」
俺は一人だけ集団から外れている生徒がいる事に気がついた。
それは印象的な長い黒髪の女子生徒であった。
「有馬か?」
まるで見学しているかのようにただ呆然と眺めているその姿が見えた。
体調でも悪いのだろうか、それとも…。
俺は昼休みに裕二が言っていた事を思い出していた。
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