第4話
俺はそのまま教室から奥野さんを引っ張り、廊下を進んで階段を登る。
屋上へと繋がる階段まで歩き終えてから手を離す。後ろを見るがどうやら誰も後ろを付いてくる物好きはいないようだった。
「あぁ~もう少し繋いでくれていても良かったのですが…」
残念そうな声を出す奥野に俺は呆れた視線を向ける。
「はいはい、それよりもだ。さっさと有馬と仲直りしとけよ?」
「……累君、私、あの子が世界から消えても誰も悲しまないと思うんです」
「いや、普通に悲しむから」
あれ?これ普通に怒ってる感じか?
てっきり演技だと思ったんだがな。いつまでのあんな演技をさせるのも忍びないと思って連れてきたんだがな。もしかして俺のために怒ってくれたのか?
そう思うと少しだけ顔がにやけてしまう。
「え!?累君、急にその笑顔は怖いですよ? 頭をどこかで打ったんですか? 有馬さんには罵倒されてるんですよ? そうですか、やっぱりそっち系なんですね。大丈夫です、私きっと理解できますから!」
「だから違うよ? というかその顔は理解して言ってるよね?」
「あれ、バレちゃいました? 累君にバレてしまうとは私もまだまだですね」
笑顔で誤魔化すのは卑怯だと思うんだよ。
「もう素直じゃないですね。それにしても、どうしてあそこまで有馬さんに嫌われているんですか?」
「それが分かれば苦労はしないんだけどな。心当たりはあるが、それが原因なのかはわからない」
俺は階段に座り、考えるように下を向く。
落ち込んでいると捉えられたのか奥野さんは俺の頭を優しく撫でてきた。
「なんで撫でる?」
「いえこれは愛でていると言います」
「俺をか?花を愛でていたほうが幾分マシだな」
「花が好きな方はそうでしょうけど、私は違いますので」
「止めてくれと頼んだら?」
「え、止めませんよ?」
試しに止めるように言ってみるが結果は予想通りだった。奥野は当然のごとく俺の頼みを断り、頭を撫で続ける。俺が少しだけ距離を取ると奥野も一緒に俺の方に動く。
「逃げないでください」
「いや、普通に嫌だろ。というか男の頭を撫でて何が楽しんだか」
「楽しいですよ?それにペットを愛でるのは御主人様の特権ですから」
「……」
「冗談です。私にそんな趣味はありません」
俺が眉を顰めていると奥野さんはそう言う。
本気でそんな事を考えていそうで、この人の冗談はたちが悪い。
「本当は有馬さんの言葉に傷ついていないか心配だったんです」
「平気だ」
「本当ですか?」
「慣れている。あいつからの罵倒は今に始まったことじゃないんだ」
あいつが俺を嫌い始めたのは中学生の2年生からだったか?
何の前触れもなく俺は有馬に嫌われた。理由を聞こうにも罵詈雑言の嵐で何も答えてくれない。理不尽に思った俺もあいつとはそれっきり距離をおいていた。
同じ高校とは最初は思わなかったのか、入学式で再開した時は、二人とも驚いた表情をしていたな。
「今に始まったことではない? お二人は知り合いなんですね」
「あぁ、幼馴染だ」
「なるほど…つまり私の敵ってことですか」
奥野さんの目つきが鋭くなる。声色も先程よりもワントーン程低い気がする。
「まてまて、どうしてそうなるんだ」
「え? こういう恋愛ごとに関して出てくる幼馴染は、ヒロインの敵だと決まっているんです。そんな事も知らないんですか?」
「ひ、ヒロイン?」
「どうしてそこで疑問符が付くんですか? その理由によっては明日の校内放送の内容が変わります」
「いやぁ~、奥野さん程の可愛い人がヒロインだなんて、とても光栄だよ。思わず聞き間違いかと思って、聞き返してしまった」
「そうなんですか。聞き間違いじゃなくて幸運でしたね。それに明日の校内放送の内容に変更はなさそうで安心しました」
俺はホッと胸をなでおろす。返答を間違えていたら、明日の校内放送に何が流れていたのか……想像するだけで冷や汗が流れる。
「話を戻しますが、累君は有馬さんと仲直りしたいのですか?」
「まぁ、一応は幼馴染だしな、喧嘩しているよりかは仲直りはしたいよな」
「そうなんですね。…じゃあ、しちゃいましょう?」
「いや、だから無理だったんだ」
「はい、なので仲直りしちゃいましょう!」
「……人の話を聞いてた?」
「私が手伝います!」
奥野さんの顔は凄くやる気に満ちていた。
どうしてこの人が、俺と有馬の仲直りに積極的なのかはわからないが、嫌な予感しかしないのは気の所為か?
「因みにどう協力してくれる?」
「まず私が有馬さんにお話をお聞きします。そして得た情報を累君に渡す形でサポートします。有馬さんが累君を嫌っている原因が分かれば、私の役目は終わりです」
「いや、さっきまで君たちは、喧嘩してたよな?」
「喧嘩するほど仲が良いというではありませんか。雨降って地固まるってやつです。なので大丈夫です!」
「それを喧嘩してる側が言うのはおかしいよ?」
そんな形でお昼休みは奥野の不安な計画を聞かされる事になった。それでも何かをしてくれようと頑張ってくれているのは素直にありがたいと感じる。
お昼の休憩が終わり、俺は教室に戻る。すると複数の生徒から変な目で見られる。
それは妬みとはまた別の視線のような感じがした。お昼での一件が既に出回っているのだろう。あまり気にする素振りを見せず席につく。
「よう、生きてるか?」
「平気?」
「俺は大丈夫だ」
朝の時にも話した裕二と心が俺の事を気にかけて来てくれた。
裕二は有馬とも面識があるため、有馬が俺のことを嫌っている事を知っている。
心は一口サイズのチョコレートの袋を俺の机に置く。
「疲れた時はチョコがベスト」
「サンキュー」
俺はそれを貰い、口の中にチョコレートを放り込む。
様々な事があったせいなのか、いつもより疲れている気がする。はぁ、今日は厄日かもしれないな。
「元気でた?」
「バッチリだ」
「よかった。やはりチョコは最強」
「で、黒薔薇様と喧嘩したんだって?」
裕二はそう俺に聞いてくる。聞き馴染みのない言葉が出てきて思わず問い返す。
「黒薔薇様?」
「有馬のことだよ」
「あいつ、学校でそんな呼ばれ方してたのかよ」
まぁ、刺々しい感じはピッタリだな。それに、客観的に見れば容姿も整っている。それこそ男子の間では、奥野さんにも引けを取らないという声もある。
俺は一人で納得して頷く。
「男子の間ではかなり有名なんだぜ?美しい薔薇には棘がある。そして綺麗な黒髪で黒薔薇ってな」
「誰が考えたんだよ。…で、この感じはまた変な噂が出回っているのか?」
「今回の噂は、有馬に罵倒されているお前を奥野さんが庇っていたという話だ」
それを聞いて俺は少しだけホッと胸をなでおろす気持ちになるが、妙な違和感を覚えた。
「…事実だな?それで、なんでこんな見られるんだ?」
「さぁ?もしかしたら、お前と奥野さんが付き合っていた事を嘘だと考えていた奴と奥野さんを脅して突き合わせていたっていう噂が否定されたってことで騒いでるのかもな?」
ヘラヘラしながら裕二はそう俺に言う。
推測のように話しているが、おそらくそれが正しいのだろう。今回、奥野さんが俺を庇った姿は多くの生徒に見られていたはずだ。
彼らからしてみれば、無理矢理に付き合わされている奥野さんが俺というクズを庇ったのは、異様な光景に見えたのだろう。
これで変な絡みがなくなると良いんだけどなぁ。今朝に絡んできた後輩の顔が目に浮かぶ。あの顔は……今後も絡んできそうだったよな。
「まぁ、変な理由で絡まれる事もなくなるか」
「どうだろうな。それよりも、俺は有馬の方が心配だな」
「有馬か」
「噂によれば奥野さんに暴言を吐いたんだろ?」
「いや、気に入らないとしか言っていないが、それは暴言に入るのか?」
「そんな事はどうでもいいんだ。奥野さんに対して否定的な言葉を言うという事は、クラスでの立場がおそらく悪くなるだろうな」
「……そうか」
俺は少しだけ有馬のことが心配になった。学校の中ではちょっとしたことでクラスから浮いた存在になることがある。クラスで浮いた存在になると誰も関わろうとしなくなり、孤独になる。
それが好きな変人もいるが、大抵はそうではないだろう。親しかった友人が話を聞いてくれなくなり、誰も目を合わしてくれなくなる。まるで、そこに存在していないかのように振る舞われる。そして、いつか教室という居場所から弾かれる日が来る。
午後の授業が始まる。弁当を食べた後の世界史の授業は限りなく睡眠導入剤に近いものがあるのではないかと思う。俺の隣は既に夢の中のようだしな。
ふと窓から校庭を見るとAクラスが体育をやっているのが見える。なぜAクラスだとわかるのかというと奥野さんが目に入ったからだ。俺が見ていると遠くにいた奥野さんがこちらの方をチラッと見た。
「ッ!」
目があったように感じ咄嗟に目線を外した。
俺はもう一度、校庭の方を見るが奥野はもうこちらを見てはいなかった。
体育の授業はサッカーをしているようだ。男子生徒がかなり盛り上がっているのが遠くの方から見てもわかる。男女で分かれてサッカーをしているで、女子は応援をしている生徒と女子同士でサッカーを楽しむ生徒がいた。
「ん?」
俺は一人だけ集団から外れている生徒がいる事に気がついた。
それは印象的な長い黒髪の女子生徒であった。
「あれは。、有馬?」
まるで見学しているかのようにただ呆然と眺めているその姿が見えた。
体調でも悪いのだろうか、それとも…。
俺は昼休みに裕二が言っていた事を思い出していた。
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