第3話

四時間目が終わり、お昼休みとなった。

奥野さんがいるクラスへと向かうため席を立つ。俺が立ち上がると複数の男子からは、睨みつけるような視線が浴びせられる。軽くため息をつきたくなるが、ぐっと我慢してさっさと教室を出る。毎度のことなどでもう慣れたが、最初はその視線一つにビクついていた。人間の慣れって怖いと改めて思う。

奥野さんのクラスは一クラス跨いだA組だ。俺はC組なためにB組の教室を横切るのだが、教室の廊下側は窓となっており、廊下の様子が見える。つまり、俺はB組の人にも睨まれないといけないということだ。これが理由で移動が億劫になる。


彼らは思うのだろう。なぜ俺という人間が奥野さんという高嶺の花と付き合っているのかと。クラスの男子にも聞かれたが、答えなんか持ち合わせているわけがない。

なぜ、俺に嘘告などという悪戯をしたのか。俺でなくても良かったのだろうか?

そんな事を考える。仮にそうだとしたらとんでもない貧乏くじを引かされたものだ。

A組の前にやってくると派手な髪色をした人が俺に手を振ってくれた。


「あ、彼氏くんじゃん!」

「えっと、桐野さんだっけ?」

「ビンゴ!覚えてくれてんじゃん。ウケるんだけど」


どうやら合っていたようで両手の先を合わせて喜ぶようにその場で小さく跳ねる。 何がウケるのかわからないが、取り敢えず笑っておく。こういうのは、合わせるのが大切だと裕二が言っていた。

俺のいる翠光高校は金髪やネイルなどに厳しい校風ではない。生徒の自由にやらせている。そのため、桐野のように髪を染めている生徒は少なくない。金髪もいれば、ピンクや緑、赤などのメッシュを入れている生徒もいる。


「奥野さんはいる?」

「いるよ~。ほら、あそこで君のことを待ってるでしょ。早く行ってあげなよ~」


教室に入り、奥野さんがいる場所へと向かう。空いている席を勝手に借りて座る。 持ってきたお弁当を置いて、奥野さんの前に座る。


「なんか、怒っている?」

「怒ってなんかいませんよ。どうしてそんな風に思ったんですか?」

「いや、なんとなくそんな気がしたんだけど……気の所為ならいいや」

「よくないです!」

「うわっ?!」


奥野さんは、顔をぐいっと近づける。驚いた俺は仰け反るようにして距離を取る。

近くにいた周りの生徒は、俺達の方に目を向ける。


「なぜ奥野さんと呼ぶのですか? 私は名前で呼んで欲しいんです」

「いや、急にそんな事を言われてもなぁ。急には恥ずかしいし」

「あ、照れる表情も……じゃなくてですね。いい加減に私のことを游華と呼んでください。私だけ累君と呼んでるのは平等ではありません!」

「わ、わかったから。一回落ち着こう?座らないと目立っちゃうし」

「いいえ、呼んでくれるまで座りません」


俺は悪目立ちは嫌だったので、小さな声で言う。


「游華…これでいいだろ?」

「ふふ、はい。やはり、名前で呼ばれると人妻感が出ますよね」

「どんな感想だよ」


俺は周りに注目されながらお昼を食べ始める。

基本的に奥野さんは、ご飯中には喋らない。俺が聞けば答えてくれるが、奥野さんからは俺に話しかける事はない。最初は気まずいと思ったが、慣れるとそこまで気まずい空間ではなくなっていた。ご飯を食べ終わるのを待ってから、話を切り出す。


「奥野さん?そう言えば鞄のことなんだけどさ」

「私、名前で呼んでくれない人とは話したくありません」


ツーンという感じで奥野は俺から顔を背ける。横目で俺の事を見ているので、俺の反応を見て楽しんでいるのだろう。鞄の件は聞いておきたいので腹をくくる。


「游華、鞄の件なんだけど」

「…はい、ご迷惑でしたよね。私もわかってるんです。でも、どうしても私が見ていない間に何をしているのか気になってしまって」

「盗聴は犯罪だ」

「はい…ごめんなさい」


奥野さんは俺に頭を下げる。俺にとってはその行動は、少し意外なものだった。

もう少し奥野さんのことだからごねて来ると思っていた。


「鞄の盗聴器はどこに仕掛けた? 中の奥の方にも仕掛けたのか?」

「中じゃないです。…ストラップの中に仕込みました」

「…まさか、ゲーセンで取ったあれに仕込んだのか?」

「はい、こう…グリっと」

「いつ仕込んだんだよ」


そう言うと奥野さんは目を逸らす。どうやらそれは答えてくれないようだ。

俺の鞄についているのは、ゲームセンターで取ったストラップだけだ。

かなり小さいはずだが、今の盗聴器ってそんなに小型化されているのだろうか。


「まぁ、それはいい。今後、盗聴は禁止だからな?」

「本当に駄目ですか?」


奥野さんの可愛らしい上目遣いは、男子を籠絡するには充分だろう。俺は目を背けて首を横に振る。


「駄目だ。そんな泣きそうな顔をしても駄目なものは駄目だ。犯罪に手を染めているのと一緒なんだぞ?」

「で、でも!ご家族に許可は頂いております!」

「は? いやいやいや! それは嘘だろ。流石に俺の家族でもそんな……」


俺は奥野のその言葉に親の顔を浮かべた。…あり得る。あの親ならありえてしまう。

なにせ息子の是非を問わず、婚姻届に名前を書くような人たちだ。説得力が違う。


「俺の許可は?」

「そ、それは今後頂こうかと思っていまして…」


奥野は気まずそうな顔をする。視線はキョロキョロと動きまくっている。


「じゃあ、許可しない」

「えッ!?」

「いや、する訳がないだろ」

「だって、ずっと私に聞かれているんですよ?こう…なんというか興奮しませんか?美少女に監視されてるなんてご褒美って感じではないんですか?」

「しねぇよ! どんな変態だと思ってるんだよ」


この人は何を言ってるんだと本気で思ってしまった。真面目そうな奥野さんから出てくる考えではない。


「でも、累君の本には確か……」

「アーアー! 分かった。分かったから。だが、盗聴器はストラップだけにしろ」

「はい! ありがとうございます」


奥野さんは、勝ち誇った顔を見せる。

年頃の男子のブツを見た挙げ句に脅しに使われるとは思ってもいなかった。…今度からは電子書籍にしよう。


「あと、ゲームの話しなんだけどさ」

「はい、沢山の方とゲームをするのも初めてなので楽しみです」

「それは良かった」

「あれ? もしかして、本当は私と二人きりが良かったんじゃないですか?」


奥野さんは俺にそう聞いてくる。ふっ、そんなので照れる俺はもういないぞ。

いい加減にその攻撃には慣れた。やられっぱなしというのも癪だし、ここは一つ言い返してみるか。


「あぁ、その通りだ」

「え?」

「…と言ったら気持ち悪いか?」

「いえ、嬉しいです」

「ッ! そうなのか」


奥野さんは、本当に嬉しそうに微笑んでくれた。そんな反応をされるとは思わなく、思わず視線をずらす。奥野さんは小さく笑う。


「な、なんだ」

「やっぱり、累君は可愛いです。いつも、私に言われてるから反抗しようと思ったんですよね?」

「うるさい。もう口聞かないからな」

「そういう所も好きですよ?」

「……はぁ、俺は教室に戻るぞ」

「もう戻るんですか?」

「あぁ、あまり長居をしてると良くないからな」


俺が席を立とうとしたときだった。教室の入口の方から聞きたくなかった声が聞こえてきた。どうやら、俺が想定していた最悪な状況になってしまったようだ。


「あれ?誰かと思えば松本じゃない。ねぇ?私さ、喉が渇いてるんだよね」

「……」

「無視?幼馴染の私が話しかけてあげてんのよ?あんたも偉くなったのね。奥野さんの彼氏にでもなったからその鼻も天狗みたいに伸びちゃったのかしら?」


俺が声がした方に身体を向ける。腕組みをしながら座っている俺を見下すように見ているのは俺の幼馴染の一人である有馬 律だ。有馬は俺と奥野を見比べてあざ笑うように言う。


「まさにに月とスッポンね。釣り合ってないでしょ。奥野さん、もしかしてこのクズに脅されてんの?だとしたら私が力になってあげれるわよ。コイツの両親と私の親は知り合いだからね。このクズなら――」

「そこまでにしてください」

「は?なにキレてんの」


俺が黙って有馬の言葉が終わるのを待っていると奥野さんは、有馬の言葉を遮るように大きめの声を出す。その声は教室を静まらせるのには充分だった。

教室中の学生が俺達の方を向く。


「累君がクズ?そんなことあるわけないじゃないですか。彼とお付き合いをさせていただいていますが、そんな風に思った事は一度もありません。その言葉は人間性の否定であり、累君への侮辱です。彼に謝ってください」


奥野さんは席を立ち、俺の前に出て有馬に堂々とそう言った。


「は、はぁ? 急に何コイツ。気持ち悪いんだけど」

「それはどちらですか? 累君の事を見つけては気味の悪い視線を浴びせ、いきなり暴言をぶつける人に言われたくありません」

「私がいつコイツに気味の悪い視線を浴びせたって言うのよ!」

「おい、二人とも止めろよ」


ヒートアップしている二人を止めようとするが、聞く耳を持たない。


「この人は絶対に許せません」

「いいわ。私ね、あんたのことが最初から気に入らなかったのよね」


俺は二人に止めるように言ってみるが効果は当然のように無い。それにしてもこんなにムキになっている奥野さんは珍しい。

いつもは冷静で落ち着いているイメージなのだが。それに、有馬もだ。

俺を罵倒する時はもっと淡々とした表情だ。今日は、なんだが変な感じだ。

廊下にいる生徒もこちらに注目しているみたいだし居心地が最悪だな。

一先ず落ち着かせるために、俺は奥野さんの手を掴んで教室を出ることにした。


「ほら、行くぞ」

「えっちょっと、累君!?」


俺が有馬の横を通り抜け、教室を出ていこうとしていた時に誰も付いてきていない事を確認しようと思い後ろを振り向いた。

その時に有馬のしていたどこか寂しそうな顔は、どこかで見たことがある顔だと感じたのだった。

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