第2話
俺と奥野さんが付き合い始めて数日が経過したある日にそれは起きた。
下駄箱で上履きを取ろうとした時だ。廊下の方から明らかにこちらをめがけて歩いてくる少年がいた。
「おい松本! テメェ、奥野さんから離れやがれ」
「え、誰?」
「聞いたぞ。無理やりに付き合わせてるんだろ? テメェ見たいな平凡な奴と奥野さんが付き合う理由がねぇ!」
はぁ、この類の輩に絡まれるとは今日はついてない。いや、今までは様子見でもしていたのだろう。噂が飛び交う中でもこのように突っ掛かれることはなかった。
目の前にいるのは上履きの色からして1年生の後輩だろう。後輩なのに2年生である俺に啖呵を切れるのは、褒めるべきか? いや呆れるべきだろうな。
「お前みたいなクズが、奥野さんと付き合うなんて烏滸がましいんだよ」
この後輩、勢いが凄い。というか怖い。俺と奥野さんが付き合っている事が、そんなにも気に入らないらしい。どうしようかと困っていると後ろから肩を叩かれる。
「何をしているのですか?」
「おはよう、奥野さん」
「まだ游華って呼んでくれないのですか?」
俺の後ろには悪戯な笑みを浮かべた奥野がいた。俺と少年を見比べて何が起きているのかを察したようで俺の横に来て腕にひっついて来る。
「なッ!?」
「何をしてるんだ?」
「付き合っているのですよ? 公衆の面前で、こうしてイチャイチャするのは普通のことです。それとも累君はもっと過激なスキンシップじゃないと満足しませんか?」
ニヤニヤしながら奥野さんは言う。そして、しょうがないですね…と言いながらギュッと俺の腕に自身の腕を絡ませる。
奥野さんから視線を目の前の少年に移すと、物凄い形相で俺の事を睨んでいた。
「いや、早く離れてくれ。汗もかいてるし…」
汗臭く思われるのは、流石に嫌なので離れるように言う。だが、奥野さんは俺から離れようとせず、寧ろ密着度を上げる。
「あの、だから」
「私は気にしませんよ?」
いや、気にしてくれよ。それと、普通に恥ずかしいんだよ。俺が何も言わずに黙っていると奥野さんは小さなため息をついて離れてくれる。
「まぁ、仕方がないので離れてあげます。えっと、杉田君ですよね?累君に迷惑をかける事は止めてくださいね?」
俺が杉田と呼ばれた少年の横を通り過ぎようとした時だ、小さな声でそれは確かに聞こえた。
「認めねぇ。俺はお前を絶対に認めねぇ」
「……」
俺は何も言わず、そのまま横を通り抜ける。
認めるも認めないも勝手にしてくれというのが俺の意見なのだが。それは言わないでおこう。火に油を注ぐ事になりそうだ。
廊下を奥野と肩を並べて歩くのも慣れたものだ。最初は全くなれず、他人の視線が気になってしょうがなかったが、今ではもうどうでも良くなった。
視線の殆どは俺ではなく、俺の隣にいる奥野さんに注がれているし、俺への視線は大概が妬みの視線だ。本当にいつでも代わってやるからな?
「奥野さんの知り合いなのか?」
「え、どうしてですか?」
「いや、名前を知ってたし」
「あぁ、有名なんですよ。彼はバスケ部の1年生エースですからね。女の子からの人気も非常に高いです」
「なるほどな。それで名前を知っていたのか」
「そうです。あ、もしかして嫉妬してくれたのですか?」
こういう想像力が豊かな所は本当に感心する。
俺はため息をついて、可能な限りで冷たい視線を奥野さんに向ける。
するとなぜか奥野さんは顔を赤らめ、両手で隠す仕草をする。俺はもう彼女がわからない。いや、そもそも最初からわからなかった。
「照れる要素あった?」
「累君の冷たい視線というのも…意外と良いですね。それに、好きな人に見つめられるのはかなり恥ずかしいです」
はぁ、反応に困るな。この状況を見れば奥野さんが俺に惚れているようにしか見えないだろう。だが、それは間違いだ。そもそも嘘告という悪戯など純粋な好意を寄せている相手にするだろうか? 二次元に存在するツンデレキャラでもそんな事はしないだろう。
「あ、そう言えば昨日の夜に累君がやっていたゲームなのですが、私も買いましたので今日の放課後にやりませんか?」
「どうやって知った?俺、言ってないはずなんだが」
「さぁ?女の勘ですよ。シックスセンスです」
笑顔でそんなことを言う奥野さんを俺は信じられなくなりそうだ。
「確かにあれはマルチで遊んでも楽しいゲームだしな。一緒にやるか」
「はい。私の初めてが累君で良かったです」
「おいッ!?」
俺は急いで奥野の口を手で塞ぐが時すでに遅し。聞こえていたのだろう。周りの生徒からは悲鳴のような声と俺には侮蔑の視線が集まる。奥野を見るとニコニコしているため、意図的に声を大きくして言ったようだ。
こういう所が読めないのだ。俺には奥野さんが何を考えているのかさっぱりわからない。俺は奥野さんと分かれ、神経を半分以上すり減らしながら教室に入る。席に座ると良く知った顔が俺に話しかけてきた。
「よぉ~!今日もお熱いね?」
「裕二、代わってくれても良いんだぞ」
「絶対に嫌だね。俺には画面の向こうで待っている女の子がいるんだ!」
「また別のギャルゲーを初めたのかよ」
「おう!これがまたクソゲーでな?かなり楽しいぞ」
河合 裕二は俺の幼馴染の一人である。
ゲーマーであるが裕二が主にやるのは、二次元の女の子を攻略するゲームだ。他のゲームはボチボチと言ったところだろう。俺はアクションゲームをプレイするため、互いによくゲームを勧め合う仲だったりする。
「そんで?そんだけ疲れてるって事はなんかあったのか?」
「1年生の後輩に絡まれた。しかもかなり怖かった。泣くかと思った」
「ぶっ! あっはっは!」
「笑い事じゃねぇよ。今まではそんなこと無かったから油断してたけど」
「これからも増えそうだな」
「だよなぁ~。本当に勘弁して欲しい。俺は平穏な学校生活を送りたいだけなんだ。あとは家でゲームとアニメが見れれば何も言うことはない」
「高嶺の花である奥野 游華と付き合ってそれまで望んだら、いくらお優しい仏様でも許さないだろうな」
「はぁ…早く帰りたい」
俺と裕二が話していると俺の頭に手が置かれる。こんな事をしてくるのは、一人しかいない。後ろを振り向くと気だるそうな顔をした女の子が俺を見ていた。
「ん? …心か」
「反応がいつもよりも鈍い。疲れてる?寝不足?」
「いや、朝からちょっとな」
「ふーん。噂になってた、奥野さんと松本のワンナイト」
そう言って、俺の顔の前で心は左手で丸を作り、右手で人差し指を立てる。
当然だが、女の子がしていいジェスチャーではない。
「そのジェスチャーは止めなさい? ちなみにそれ嘘だぞ」
「知ってる。奥手の松本がそんなのする訳ない」
「………まぁいいか」
俺の隣の席に座る不思議な女子生徒は白田 心。常に眠そうにしており、こいつが授業中に寝ていない所を俺は見たことがない。必ず一度は、船を漕いでいる。
こいつもかなりのゲーマーであり、様々なジャンルを遊ぶ雑食系のゲーマーだ。
「また、夜までゲームしてたのか?」
「うん、一狩り行ってた。気づいたら朝日が私を迎えに来てた」
「お、お前もやってるのか。俺も買ったぜ。いつかやろうな」
「今日やる」
「今日か? …奥野さんとやる約束があるんだよな。一緒にやるか?」
「やる。ゲームは大勢でやっても楽しい。久しぶりに松本と遊べるから楽しみ」
椅子に座った心は足を少しバタバタさせる。表情ではいまいち嬉しそうには見えないが、声色は高くなっているので喜んでいるようだ。
「おいおい! 俺も入れてくれよ。仲間はずれとは連れねぇな? それともハーレムのほうがお好みかい?」
「そんな訳無いだろ。というか裕二、お前も持ってるのか?」
「おう、お前らが買うと思ったからな。丁度四人だしいいだろ?」
「奥野さんに確認を取ってもいいか?」
「いいぜ」
「構わない」
ピロンッ!
携帯の通知音が鳴る。携帯の画面を見るとメッセージアプリに游華からのメッセージが届いた通知だった。メッセージの内容は可愛らしい犬のスタンプで『OK』と書かれていた。
「…大丈夫らしい」
「ん、何がだ?」
「いや、一緒に遊ぶことは問題ないそうだ」
携帯の画面を二人に見せる。二人は画面と俺を比べ、固まっていた。
怖いものを見るような目で俺を見る。わかるぞ、言いたいことは理解できる。
「「……」」
「何も言わないでくれ。それと二人は奥野とは面識はあるのか?」
「あるわけないだろ?ただのオタクが話せるわけないって」
「私もない。Tierが違いすぎる」
どうやら二人は、奥野さんとの面識はないようだ。俺もあんな事件が起きるまでは、皆無だったので何も言えない。
「じゃあ、お昼にでも自己紹介しておいた方がいいな」
「いや、それは遠慮しとくぜ。ゲームを始める前でいいだろ」
「は? なんでだよ」
俺がそう聞くと割と真剣な顔をして、裕二は俺の肩を掴む。
「俺が奥野さんと面と向かって話せるわけないだろッ!」
そんな真剣な顔で残念な事を言わないで欲しかった。
「昼飯は奥野と食べてるんだろ? 常識的に考えて邪魔になるだろ。付き合いたてほやほやのカップルの輪に入るなんて…死地に向かうようなもんだぜ。万が一にも奥野さんの機嫌を損ねてみろ。…俺等のスクールライフは終わりだ。わかるな?」
「お、おう」
裕二のあまりの圧に頷く。
心にも聞いてみたが、お昼に奥野さんに合うつもりはないらしい。
「ゲームやりながらでも打ち解けれる。それで充分」
というなんともゲーム好きらしい答えが帰ってきた。
ピロンッ!
携帯の通知音が鳴る。それはやはり、奥野からのメッセージだった。
先程の犬のスタンプではなく奥野と書かれた人形がOKの看板を掲げているスタンプだった。いや、バリエーションあるのかよ。
「「…」」
「鞄を買い替える必要がありそうだな」
ピロンッ!
『そ、そんな必要はありません!』
「…この事は、昼に話してもらうからな」
ピロンッ!
潤々とした目でこちらを見る犬のスタンプが送られてきていた。無言で携帯の電源を切って鞄に仕舞う。
「苦労してるんだな」
「奥野さん、意外と怖い?」
俺はそれに無言で頷くのだった。
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