【二章突入】嘘告に付き合ってみたら、彼女の手のひらの上で踊り続けることになった

第1話

下駄箱には妙な一枚の紙が入っていた。下駄箱に手紙という男なら一度は、想像してしまうようなシチュエーションが実際に起き、夢じゃないのかと頬を抓る。


「痛いな。夢じゃないのか」


洒落た華のデザインが目に留まるが、今はそんなことよりも手紙の内容に俺の意識は向かっていた。周囲に誰もいないことを確認してから、内容に目を通す。

紙に書かれていたのは『放課後に屋上に来てください』という一言だけだった。

あまりにも短いメッセージだが、それよりも俺が驚いたのは紙の一番上に書かれた『大好きな松本君へ』という言葉にだった。


「…嘘告だろう。はぁ、全く酷い悪戯をするもんだな」


普通の男子高校生であれば先ずは誤解をするだろう。だが俺は違う。

既に現実とのお別れは済ませている。俺のことが大好きな人がいる。そんな人は万が一にもいないと俺は知っている。

俺は残念ながら夢見る男子高校ではない。現実をこれでもかと見ている。


「だが、告白されるという経験は今までしたことない。嘘告だが…貴重な体験だし行ってみるのもいいか。誰がこんな悪戯をしたのかも興味がある」


俺はイベントに参加するような気持ちで放課後を待ち、屋上に向かった。

この学校の屋上は、鍵が無くても行くことができる。まぁ、扉を開けるのにコツがいるんだが、ボッチ飯を決め込むために俺は必死に習得した。

屋上への扉を開けると一人の学生がそこで待っていた。こんな俺に嘘告をするという物好きな人はだれなのだろうかと思ってみると俺はその人物をよく知っていた。


「あれ?……もしかして奥野さん?」

「あ、はい。そうです。私のこと、知ってくれていたんですね」

「いや、だって生徒会に入っているだろ?それに成績表の順位にいつも名前があるし。この学校にいたら誰でも知っているよ」

「松本君が私のことを覚えてくれていた。今はその事にとても感動しているんです」

「そ、そうなのか?」

「はい!」


な、なんか思ったよりも変というかユニークな人だと思った。

クラスは違うが彼女の人気ぶりは俺の耳にも入ってくる。クラスの青春を謳歌している男子高校生がいつも話しているからな。


「単刀直入に聞く。この手紙なのだが、奥野さんが俺の下駄箱に入れたということでいいか?」

「はい、間違いありません」

「そうか。失礼を承知で聞くが、これは嘘告と言うことでいいか?」

「はい、嘘告です。ですが、しっかりと告白はさせて頂きますね」


この人、本人の間の前で断言したな。

なんというか以外だな。真面目そうだし、こんな事をするようには見えない。もしかすると誰かに脅されているのかもしれない。それとも友達付き合いということでやる羽目になっているのか…まぁ、どちらでも構わないか。俺には関係ない話だな。


「ではそれを念頭に置き、俺は嘘告を受ければいいと?」

「はい。そうです」

「……恥ずかしくないんですか?」

「何がでしょうか?人に思いを伝えることは特別に恥ずかしいことではありません。一種のコミュニケーションのようなものですよ」

「そ、そうか。まぁ、確かにそう言われれば」

「では、伝えさせて頂きます」


奥野さんは深呼吸をしてから思いとやらを俺に伝え始める。


「私は松本くんが好きです。最初の入学式の日に、松本くんを見て、一目惚れしました。最初は目で松本くんを追うだけで、その気持が何なのかはわかりませんでした」


ベタな流れだな。確かに奥野さんのように綺麗な人からこんな事を言われたら誰だって本気で好きになってしまうかもしれないな。


「いつしか常に松本君の事を考えるようになってしました。今、何をしているのだろうか。どこにいるのか、どんな事を考えているんだろうと考えてしまいます」


妙に思いが強いが……まぁ、そういう女性も中にはいる。だが、奥野さんもそういうタイプなのだろうか。それとも狙って言っているのか。


「なので彼の鞄に私は盗聴…GPS機器を忍ばせることにしました。すると、松本君が私と同じお店で本を買っている事を知ることができたのです。好きな物が同じということを知り、私は更に松本くんのことが大好きになりました」


奥野さんは鞄の中から俺が買った単行本と全く同じものを取り出して見せる。

背中には妙な汗が流れだす。


………え? フィクションだよな? 流石に偶然の一致だろう。GPS機器というのも彼女なりのユニークな冗談だろう。なかなかユーモアがあるな。


「それに、松本君の家族はいい人ばかりでした。妹さんは小さくて可愛く、持って帰りたくなるほどでした。それに、お母様とお父様はとてもご理解のある方でした」

「ちょっと待て! 俺の親と会ったのか?」

「なんです? まだ、告白の途中なのですけど」


どうして不服そうな顔ができるんだよ。確かに告白を止めたのはマナー違反かもしれないが、いくらなんでもツッコミどころが多すぎるだろ。


「いや、そうなんだけど…というか告白っていうかこれ報告だよな!?」

「私がやって来たことを告白しているので告白ですよ?それに勿論、嘘告です」


嘘告ってこんな感じなのか?

ラノベとかで読んでいるのは理想であって、これがリアルということなのだろうか。

いや、理想の嘘告って何だよ。落ち着け、松本 累。一人でボケとツッコミをしている場合ではない。それにお前は間違っていない、これは奥野さんがおかしいんだ。


「そして気がついたんです」

「な、何を…?」

「松本君に好意を寄せている他の存在がいることを私は知りました」

「え?…いやいや!そんな人いないだろ」


俺の反応を無視して彼女はまだ話し続ける。


「私はそんな品のない泥棒猫どもから松本君を奪われたくありません。なので、告白をすると決めたんです。他の人と幸せそうにしている松本君を見ただけで……私はきっと私では無くなってしまいます」


その言葉を聞くと背筋がゾッとした。奥野さんは鞄から一枚の紙を俺に見せてきた。

それには彼女の名前と俺の親の名前が書かれていた。そして、紙の上には『婚姻届』と書かれていた。


人間は理解できる許容量を越えると思考が止まると聞いたことがある。

奥野さんが俺の眼の前に出してきたのは、紛れもなく婚姻届だ。しかも、空欄が殆ど埋まっている。チラッと見て、俺の親の名前が書かれていることにも疑問を抱くが、今はそれよりもどうして奥野さんが? という疑問が渦巻いている。


「後は松本君の名前を書いてくだされば終わりです」

「本当に嘘告?」

「はい。嘘告でしたよ?」


何を言っているんだという表情で俺を見るのは、間違っていると思うよ?

それは俺がしていい反応なんだよ。嘘告という悪戯に今の女子高生は、ここまでするのだろうか? 恐ろしすぎるだろ。


「これは?」

「婚姻届ですけど?」

「……え?どうして婚姻届けがあるんですか?あと、この人って俺の親と同姓同名ってだけで他人ってことですか?」

「もう照れてるんですか? 敬語になってますよ。あと、ご両親はとても理解のある方で直ぐにサインをしてくれました」


嘘だッ?!

そんな事俺には一言も…そう言えば妙に夕飯が豪華な日があったな? その日か?!


「全部、本当じゃないか。ということは盗聴器や発信機も」

「あ、それは流石に嘘ですよ。そんな事したら私が重い女みたいになっちゃいますからね。偶然見かけた時にその本を買っていたから…つい買ってしまいました」

「な、なるほど?じゃ、じゃあ、家族に会ったのも…」

「それは本当ですよ?」

「それは嘘であって欲しかった」

「これはその時に書いて貰ったものですね」

「Oh…」


俺はもう何がなんだかわからなくなっていた。奥野さんは俺をどうしたいんだろうか。婚姻届っていくらなんでも話がぶっ飛びすぎだろ。


「嘘告って何なんだ?」

「嘘が入り混じった告白のことですよね?だから、沢山の嘘を散りばめました」

「何が目的なんだよ」


俺がそう聞くと奥野さんは婚姻届を俺に渡すように差し出す。


「これに名前を書いてくださればお答えしますよ?」


若干頬を赤らめながら俺に婚姻届の紙を俺に差し出す。

思わず紙を取ってしまいたくなるが、俺は無理やりそれを断ち切る。脅されて婚姻届を書きましたなんて、情けなさ過ぎる。


「いや、それはでき――」

「あっ!そう言えばご家族に会った時に松本くんの部屋に入ったんですよ。ベッドの下に妙な本があったんですが、あれってご家族の方に」

「―ます。書きます。書かせていただきます」

「ふふ、冗談ですよ?私は、そんな酷い事はしません。…まぁ、私には沢山してもいいですが」

「本当に止めてください。勘弁してください」


心はもうボロボロだ。ちょっと好奇心に逆らえずに来てみればこんな神経を磨り減らすような事になるとは思わなかった。何が正しくて、何が嘘なのかグチャグチャだ。


「まぁ、松本君にも私を知ってもらいたいので、それはまだ書かなくてもいいです。でも、私とお付き合いはしてもらいますね?」

「それは、冗談で言ってるのか?」

「酷いです。女の子の告白を冗談って………」


俺がそんなことを聞くと、奥野さんは悲しそうな顔をする。そして、その目は、次第に涙が浮かんできていた。


「付き合う! お付き合いさせて頂きます!」

「私の初めての彼氏が松本くんで嬉しいです」


先程までの表情は、どこに行ったんだろうか。清々しいほどの笑顔で俺に微笑みかけてきた。俺は、悔しくもその笑顔を可愛いと思ってしまった。


それから俺は無事に? 奥野さんと付き合うようになった。

彼女は次の日から学校でも俺に様々な事をいう。いちいちそれを真面目に聞いていると俺の心が持たないので話半分で聞いて入るが、他人の視線が物凄く煩い。特に男子諸君、代わりたいか?いつでも来いよ。俺の代打は、いつでも募集してるから。


「松本君はいつも新鮮な反応してくれるから楽しいですね」

「………」

「そういった無反応で対抗してこようとする所も非常に可愛いです」


そして今日も俺は彼女の手のひらの上で踊らされるのだろう。

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