第3話 アマンダの夢 2
最近のアートレッスンの時間はグループごとに共同作業をしていた。
マグノリア学園のステンドグラスに真似て、ガラスの代わりにセロファンを使用し、風景画などの作品を作っている。それをマグノリア祭で飾るのだ。
本当のガラスと同じように天気のいい日は色とりどりの光が差し込むようになっている。
毎年それを学年ごとに、どこのクラスが上手いか投票して優勝を決める。
なのでどのクラスもみんな真面目に取り組んでいるのだ。
「さぁ、行くよエミリー……エミリー? ちょっと待ってくれよ」
エミリーを追いかけていくステラ。エミリーはまだご機嫌斜めなようだ。
アートレッスンの時間になって各々みんな作業を開始した。
ハサミでセロファンを切るので、いつものアートの先生だけじゃなく、担任の先生が見回りに来た。
「丁寧にゆっくり切りましょうね。怪我をしないように」
小さい声でソニアが話しかけてきた。
「ねえ、アマンダ……ベネチアの風景なんだけど、もっと詳しく知りたいって言うか……図書館に探しに一緒に行ってもらえないかな?」
え?今更……もう下書きは決まって、なぞりに入ってるのに……。しかもソニアと二人行動なんてしたことないのに。
そうは思ったけど、ちょっと気分転換したかったから快諾した。
3、4時間目のアートレッスンは楽しいけれど、2時間続きは飽きてしまう。
私たちは図書館の入るとそっとドアを閉めた。どのクラスも授業中のため誰もいない。
「なにか加えたい絵でもあるの?」
私はソニアに尋ねた。
「いや、まぁ……実はね、次に読む本を決めたかっただけ」
「え?」
「アマンダがなんかさ、上の空だから誘ってみたのさ」
ソニアはクスッと微笑んで、私の顔を覗き込んだ。
あ、可愛い……。
あまり話したことがない少女。見た目は結構幼くて可愛らしいのに口調は男の子みたい。ちょっと掴めない子だ。
「ここでサボってたら怒られそう」
「大丈夫だよ。ほらうちのクラスめちゃくちゃ絵や制作が上手い子がいるよね。あの後ろの席の子。窓際の……」
「マリアンヌ」
フラットな口調で私は言った。みんなから忘れられがちな少女だ。まだ口をきいたところをみたことがない。
「そうそう。だから大丈夫。それよりさ、アマンダが話していた夢の話、詳しく聞かせてよ」
「いや別にたいした話じゃないの」
私が夢の話を話すと、ソニアは最後の岬のことを詳しく聞きたがった。
「三日月の形をした岬か……ロマンティックだね」
「ジャスミンが実際にあるって言うの」
私とソニアは地理の棚に移動した。
「海がある場所だから……」
適当に地図帳を棚から取り出したものの、岬の名前もわからないので探すのは難しい。
「エミリー、まだステラと仲直りしてないかしら……」
「え?……なに?」
「いや……エミリーがその岬に行きたいって……多分ステラと行きたいんだと思う」
好きな人と行くと結ばれるって言ったからよね……。
「ステラとエミリーもさっきどこかへ行ったよ」
「そうなの?」
よかった。もう二人は仲直りしたのか。
「あの二人はわかりやすいからね……小説に出てきたのか……ロザンカーナの小説じゃなかったかな?」
ソニアは小説の棚の方に行ってみる。本に顔をくっつけて彼女は探し出す。こんなにたくさんあるのに探すなんて大変そう。
「あ……これだ。流行ったよね、この物語」
「確かに。この表紙覚えているわ」と私。
「この話に出てくる若い二人がこの三日月の岬に行くんだよ」
ソニアはパラパラとページをめくる。
「そうなの……実はね、私読んだことなくて」
「面白いよ…………あった。ほらここ」
希望岬-
ページの上のその言葉を目にした途端、心臓がギュとした。私はなにか良くないことがこれから起こるような不穏な気持ちになった。すぐにその小説を閉じた。
「アマンダ、どうしたの?」
「いや……なんか……もういいって思って」
「ねえ、この観光名所の本に希望岬の写真が載ってると思うの……あった、ほら目次に」
「…………」
肺をライフルで撃ち抜かれたように、息ができなくなってしまった。
私は知っていた。その場所を-。
ソニアが開いた本に三日月の岬の写真がしっかりと載っていた。
ああ……そうだった。なんで忘れていたのだろう?私は膝をついた。
「アマンダ、大丈夫?……どうかした?」
ソニアの声が遠くに聞こえる。
事業に失敗した両親。妹の存在……。希望岬に行けばやり直せるからって、そこに行けば、助けてくれる人が待ってるからと……。
父は返すあてもないのにお金を借りるだけ借りて、夜逃げ同然で希望岬に向かった。
「思い出した……希望岬から出ている船に乗って逃げるためにお父さんが大金を払ったの……肥沃の大地と呼ばれる新天地で事業をやり直そうって……あぁ、あそこにいた男の人……」
「アマンダ……その岬に行ったことあるの?」
「背がすごい高くて……」
希望岬にいたのは、背が高く痩せていて目つきが蛇みたいな怪しい男。両親はなけなしの金をその男に渡した。
背の高い男はすぐに船を用意するって言ったけど、それっきり戻っては来なかった。
倒産した私たち家族はさらに罠にハマったのだ。弱っているところにさらに追い打ちをかけられて……。
肥沃の大地という場所は数年前にゴーストタウンになっていると岬の近くに住んでいる人たちに教えてもらった。船ももうずっと出ていないと。
希望岬は今は絶望岬と陰で呼ばれると-。
でも私はどうして助かったのだっけ?
どうしてここにいるのだっけ?
……そこで意識が遠のいてしまった。
意識が混沌とした中で夢をみた。
海から顔を出した朝日は、雲に隠れて見えなかった。
その代わり初めて、岬の先端で振り返った背の高い痩せた男の顔は忘れはしない。
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