第2話 アマンダの夢 1
岬の先端に向かって歩いている。行き先が岬なのはわかっていた。深い霧で覆われた森の一本道をなんの迷いもなく夢中で歩き続ける。
体力はからっきしダメなのでいつもならへたばってしまうところだけど、全く歩調は落ちない。それどころかさらに速くなっていく。顔に霧が当たって冷たいのがとても気持ちがいい。
この辺りで少しずつ霧は抜け始める。
ほら……。
視界がクリアになって私は走りだした。そこにいきなり岬が表れる。弧を描いたようなまるで三日月のような岬。
目の前に広がる海-
岬の先端には誰かがいる。遠いのではっきりとしていないのに若い男の人だとわかっている。青年の周りだけはとても明るく光っていた。
ああ、朝日がちょうど海から顔を出し始めているんだわ。
海の方を向いているので青年の顔は見えない。今にも振り向きそうなのに、でも振り向かない。
もどかしい。声をかけたいけどかけられない……。
彼が振り向きそうだ。あと少し……なのに朝日が昇って、眩しくて私は目を閉じてしまう。
彼は偶然ここにいるのではない。
私に逢うためにここにいる-
****
2時間目が終わった中休み。
暖かい日差しを求めて、何組かの少女たちが庭園に集まっていた。
「ねえ、アマンダ。きっと彼は素敵な王子様なんじゃないかしら?」
両手を合わせて瞳をきらきらさせてジャスミンが言う。
「図書室にあった物語に出てくる、あの岬なんじゃないかなぁ? なんとか岬っていうの。好きな人と行くと結ばれるって言う場所……名前忘れちゃった」
エミリーも嬉しそうに飛び跳ねた。
「なにそこ? 行ってみたーい」
「エミリーはそんなこと信じるのかい?」
ステラに言われ、何度も頷くエミリー。
私の不思議な夢の話に、皆で花を咲かせていた。
なんだかお茶会も、お話会も歌もダンスも飽きてしまっていた。
そういえば前から繰り返し見る夢があって、クラスメイトたちに話してみようかと思ったのだ。
ほんのきまぐれよ。
庭園にいくつかある木のベンチに腰を下ろしている私。その周りにはジャスミン、ステラ、エミリーたちがいる。
普段はクリスティーナの取り巻きと言われている子たち。
「あれ?」
そういえばいつも話の中心にいるクリスティーナがいない。
「クリスティーナったら、またなにかやらかして職員室に呼ばれているわ」
エミリーが呆れ顔で言った。
そうだったのか。静かなはずだ。
「おお、麗しのアマンダ。私とどうかダンスのお相手を」
ボーイッシュなステラはそう言うと、王子様さながら私の肩を抱いて横に座った。急にダンスを踊る真似をしてみせた。
私は待ってましたとばかりに咳払いをして立ち上がった。背筋をピンとして姿勢を整え、長い黒髪を片手で後ろに払った。
私とステラはお互いの肩に手を置き、腰に手を回した。そしてアイコンタクトをして、華麗なワルツを踊り始めた。
小さい庭園に歓声が上がった。
「僕のお姫様、麗しのアマンダ……」
「随分とダンスが上手いのね」
「僕のステップについてこれるかな?」
私とステラは優雅に庭園を横切った。
キャ-と言う甲高い声と拍手が響いた。
ジャスミンが興奮し、近くにいたソニアの肩を何度もパンチしながら体を密着させているのが横目に見える。
「痛い、痛いジャスミン! ちょっと落ち着いて」とソニアの声。
庭園を一周して息を切らせて戻ってくると、皆が拍手してくれる。
「上手いわ!ダンスでも入賞するかもね」
私とステラはジャスミンたちに向かって同時にお辞儀をする。
やっぱりダンスは楽しい。
「ミモザ祭が楽しみ」
「夢の中では、その王子とダンスは踊らないの?」
だからもう王子の妄想から離れてよ……。
「夢に王子様やお城なんて登場しないわよ。やっぱり話すんじゃなかった……王子様ってなんなのよ」
そう言って腕組みをしてみせたけど、盛大に盛り上がった休み時間はとても楽しかった。
いつもならクリスティーナが盛り上げているけどね。
ふと視線が気になった。
ステラのことを睨んでいるエミリー。
目が三角になっている。
あっ……。
エミリーはその後、私を睨んできた。でも目が合うとすぐに私から目を逸らした。
怖かった。エミリーはステラととても仲が良いから……。
仲が良いっていうか、もうそれは恋人同士にも見えなくもない。
私とステラがワルツを踊ったからエミリーは焼きもちを焼いたのだろう。
でもただのおふざけじゃない。なにをそんな……。
「夢って言っても、もしかして正夢ってやつかもしれないね」
ステラが腕を組み、真剣に考えている。
「それってデジャブのこと?」
「いや、ジャスミン、デジャブではなくて……それは前にも体験した気がすることだろ?」
「正夢って、予知夢ってことよね?」
話に入ってきたエミリーだけど、ステラは考え込んでいてその言葉を聞いていない。
「ねえ、アマンダ? 昔からずっとその夢を見ていたの?」
ステラは私に真面目に質問をしてきた。
「あ、ええと……昔からではないと思うのだけど」
どうだったかな……この学校に来てから見るようになった気がする。家族と住んでいたときには見てはいない。
と言うことは、ほんの一年前からこの夢を見始めたのだ。
それなのになんだろう。昔にもこの夢、見た気がしてならない。そして目覚めると無性に悲しくなるのだ。
「予知夢だったら、アマンダはやっぱり王子様と結婚するのね?」
ジャスミンはまたしても足をばたつかせている。彼女確かクラス代表なはずよね?
「ジャスミンはしたないわよ」
彼女を一蹴した。ジャスミンは急に態度を変え、真面目な声を出した。
「はーい。そろそろみなさんー、3時間目が始まるわよ。移動教室よ遅れないでね。次はアートレッスンの時間よ」
「あー、そうだ。一緒の班よね? 早く行こう」
「大好きな時間だわ」
仲の良い女子たちが手を取り合って庭園を後にする。
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