きみはなにものでもない

 だれか私を知っているひとはいませんか。私はどこにもいないのだから届くはずもないのだけれども。自分の姿を見ることも叶わない。私は空間にぽっかりと空いた穴。ひと一人分の虚無。私は私を語る言葉を持たない。私は自身を人だと思っているけれど、そのように扱われたことはないからもしかしたら違うのかもしれない。自信がない。駄洒落ではないよ。

  私は時々誰かのコート掛けになっている。丁寧に服を着せられる。しかし私はそこにはいない。私はコート掛けなのか。好きな服もきらいな服も着た。誰かのための服であり、私の服ではなかった。もういいやって不貞腐れて寝転ぶと踏んづけられた。私はカーペットなのか。私は私のことを人だと思っているよ。踏んだり蹴ったりな日々だけれど。冗談ではないよ。誰も知らない私だけれど、埃を払って体を起こす。座っていればコップのように注がれて飲み干され。その飲み物はどんな味。注がれるだけ、私は知らない。

 こんな空っぽなものがそこかしこにあって、もしかしたら私も知らない空っぽがそこにいるのかも。こんにちは。空っぽを掬ってみた。なにもない。私もだけれど。今日は空が広い。せっかくだから風になる。向かいの窓から洗濯物が飛んでいった。

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