data№3 目覚め 記憶喪失のフリをして 貴方は…
見たことの無い天井だ。
それによって此処は自分の部屋ではないと理解する。全身に感覚がある事を確認する。目を瞬かせる。
「……死んでない」
ちゃんと声も出る。
「僕、生きてる」
あの状況からどう助かったかはわからないが、今自分は呼吸をしている。生きている、その事実に翔は安堵した。あれそういえば誰に殺されかけたんだろと暫くぼーっと放心していたが、自分の周りの状況を確認するため首を横に向けて左右を見渡す。
右には、ピッ、ピッと規則的に音が鳴るタブレットみたいな物体が浮いている。
左には誰かが生けてくれたのだろう可愛らしい花があった。
起き上がって部屋全体を見たいと思い、体を起こす。
「……!?」
知らない人間が椅子で寝ている。体つきからして男性である。
「だ、誰?」
その人の耳がピクりと動く。起こしてしまったようだ。
男がゆっくりと顔を上げる。
翔は息を呑んだ。
ーーー何故ならその人の顔がとても美しかったからだ。まっさらな髪、輪郭は美しい彫刻のよう、顔のパーツは黄金比に近く、薄くて上品な唇。何より目が夏空を映したように透き通っていた。
「やあ、やっと目覚めたんだ。おはよう」
「お、おはようございます…」
「うん。受け答えできるるね。意識障害はないと……」
何やら1人勝手に確認を始めてしまった。
「あっ、あのっ!」
「ん? なんだい?」
「此処は、どこですか……?」
翔はずっと聞きたかったことを口にした。
「勿論、教えよう。でもどうやら君のお腹の方が先みたいだ」
「え?」
その時、翔のお腹がなった。
思わず赤面する翔。そんな翔を見てその人はくすりと笑い、
「ちょっと待ってて。今食べ物持ってくるから」
と言って病室を出ていった。
「……ハァーッ」
誰もいなくなった病室で翔はバタンとベッドに倒れ込み、枕に顔を埋める。
(助かった。少なくともここは戦場では無さそうだし、優しい人も居た。……安心していいんだ)
そう思うとぐう〜っとまたお腹がなってしまう。
翔は窓もなく、真っ白で無機質な部屋の中、食べ物の到着を待った。
「ごめん! お待たせ」
元気な声にうつらうつらしていた翔は急いで起きる。
「あ、寝てた?」
「いえ、大丈夫です」
「ほんと? はいこれ、ご飯」
「ありが……え?」
そう言われて差し出されたものはどう見てもご飯のようには見えなかった。それは少量のゼリーのようで無色透明だった。なんの冗談なのか。これがご飯?こんな量で足りるのか、男の方を見やる。が、ニコニコと笑って早く翔が食べるのを待っている。
その笑顔に気圧され、
何とかなれ! と言わんばかりに一気にゼリーもどきを流し込む。
食感は殆どない。ゼリーのように冷たくのどごしちゅるんと喉を通っていくのが感じられる。無味無臭で最後飲み終わった時少しザラザラした。気持ち悪い。しかし他人が見ている手前吐き出す訳にはいかない。気合いで嚥下した。
(うえっ、不味い。……あれ?)
しかしすぐに南国のフルーツを食べた時のような爽やかな風味が鼻を抜ける。更にはこの量でお腹いっぱいになるかと思っていたが1食分食べた時と同じくらいにお腹が満たされた気がする。
「良い食べっぷりだったよ。元気いっぱいで何より何より」
と快活に笑う。
翔は不味そうだったので早く飲み込みたいと思った事は言わず、苦笑いのまま
「ありがとうございます」
と言った。
「さて、腹も満たされたことだろうし君の質問に答えたいと思う。……その前に君って言うのも失礼だし、名前、教えてくれない?」
「は、はい。僕、
「じゃあ、翔くん。さっき聞いてきた質問だけどここは『エリア462関東第一防衛都市』、『関東第一防衛軍基地』にある軍病院の入院病棟だよ」
「そう、なんですか……」
やっと知りたい情報が得れたと安心する。
(関東ってことは日本? あの女の子の言う通り異世界じゃないのか。でもエリア462って)
「他にはある? 質問」
ならば他に考えられる可能性は……、
「あ! 今って西暦何年ですか!」
「え? そんな事……。今は
翔は脳天をかち割られたような衝撃に見舞われる。やはり自分は異世界に迷い込んだのではなく未来へタイムスリップしていた。
そして思う、自分は帰れるのかと。
「大丈夫? なんか顔色悪くなってない?」
静かに首を横に振る。
「じゃあ、翔くんの質問に答えたからこっちからも質問するね」
首を縦に振る。
「最初の質問……。何故君はあの場所に居た」
顔をぐっと近づけられる。
目が怖い。嘘をついてもわかると言わんばかりだ。
「ひ、人に行けって言われました」
「ふうん。その人の特徴は」
「白いワンピースを着た女の子でした」
「そっか。じゃあその前の事は覚えてる?」
「……」
(その前の事って……。過去から来たなんて言っても信じて貰えないだろうし、頭おかしいヤツだと思われて警戒されるに決まってる。ここは……)
「覚えて、ないです……」
記憶喪失のふりをする。
実際間違ってはいない。転移前後の記憶は曖昧だし、なんでこの世界に飛ばされたのかわからないので嘘はついてない。
「本当に?」
目の奥まで覗き込まれそうなほど、見つめられる。瞳孔に飲み込まれる感覚に陥る。翔の背中に冷や汗が流れる。バレたのか……?
暫く見つめられてやっと顔を離された。
「どうやら、嘘はついていないようだね」
(はあ。バレたと思って怖かった……)
「それじゃ、次の質問だけど、家族、覚えてる?」
「覚えてないです」
「住んでいた場所は?」
首を振る。
するとその人は目を見開き、腕につけている時計に話しかけた。
誰かに連絡をとっているようだ。
「あの……」
「動かないで。すぐに来るから」
そう言って1分も経たないうちに部屋の扉が開き、医師らしき人と看護師らしき人が2人入ってくる。
男の人が医師と二言、三言話して、医師らしき人が看護師に頷く。
「はい、じゃあ、動かないでください」
と言って天使の輪っかみたいな物を頭に乗せる。
「これから動き出しますが、声を出さないようお願いします」
作動ボタンを押したようで輪っかが翔の頭より大きく広がり頭の上に浮かぶ。そのまま垂直に首まで降りてゆっくり頭の真ん中まで上昇する。そこで左右に回ったあとぷかぷか浮いて看護師の所まで自動で戻った。
「どうですか……」
「うーん、異常は見当たりませんが……」
「しかし彼には記憶が無く、嘘もついてはいないです」
「では心の問題でしょうな」
「……1度戻って他の確認をする準備をしてくれませんか」
何かを相談していたが、翔の存在を無視し扉から出ていってしまった。
次に入ってきた時にはバーコードを読み取るスキャナーのような物体を携えてきた。
看護師がまた声をかける。
「それでは翔さん、手首をこちらに」
そして手首にスキャナーを当てた。
……何も起きない。
怖々と大人たちを見ると皆固まっていた。
「生体情報が、読み取れない……」
誰かが呟いた。
お兄さんが聞いた。
「君は、無戸籍児なのか…?」
(無戸籍児って?。よく、わからない……)
首を傾げる。
「……記憶喪失で無戸籍児って……」
「今日はもう引き上げ、ご報告なさった方が宜しいかと」
お兄さんが跪いて目を合わせる。
「ごめん、翔くん。悪いけど君の事は警戒対象にさせてもらうよ。これから病室の移動があるけど、大丈夫だからね」
「はい……」
よくわからないがとにかく返事をするとお兄さんは次に医師に言う。
「俺は1回本部に戻ります。あとはよろしくお願いします」
「はい。わかりました。お疲れ様です」
出ていこうと離れる背中に翔は最後に聞きたいことを投げかけた。
「あのっ! お兄さんの名前はなんて言うんですか?」
お兄さんが振り返る。
「俺は、リシア。
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