data№1 救出 喧嘩 ハジマリ 後編
「お邪魔します」
「いらっしゃい。上がって上がって」
翔は言葉に甘えて電気がまだ着いていない玄関ホールに早速上がる。
「確か今日はゲームすんだよね」
「そうだよ。新しくゲーム買ったんだけど、マジ面白くてさ」
「え、楽しみだなあ」
「その前に見て欲しいものがあるんだけどいい?」
「なに?もしかして前言ってた研究?良いよ」
ゆうじはロボット工学において天才的な頭脳を持っている。なんとその知識と才は大人の研究者と渡り合える程だ。
「翔ちゃーん、こっちこっち」
ゆうじについて行く。案内された部屋はとても声が響く真っ暗な部屋だった。
「ごめん~。今電気つける」
パッ、と明るくなった部屋にはすごい数のロボットやよくわからないマシーンが所狭しと置いてあった。
「いつ見ても此処はすごいね」
「えーそう? ありがと。でもちょっと汚くない? 掃除しなきゃな。あ、見て欲しいのはこれね」
と言って布が被せてある物体を運んできた。
「今から見せるね…、ヨイショッ!!」
勢い良く布を外す。布の下には……、
「うわああっ! 人間の首!?」
「安心して。ホンモノじゃないから。どう? 人間そっくりでしょ。この
人間の生首だと見紛う程精巧に作られたロボットがそこにはあった。
「……めっちゃビビった。なにこれ……すごい。本物かと思った。これ本当に機械なのか」
「そうだよ。海外の研究者の人と協力して作ったんだ。皮膚にはこだわってね。よりリアルに見えるように最新の人工皮膚を使ってみたんだ。会話ができるようにAIもつんでるんだ。喋ってみて」
頷く。
「こんにちは」
話しかけるとロボットが起動したのか目の奥が光り、頭をもたげて、綺麗な声で喋る。
『こんにちは。きょうは、いいてんきですね』
「うわっ! 喋った!」
「ふふっ、まだ簡単な会話しか出来ないけどね。それとこのロボットで思い出したんだけど先日国際科学研究所がマウスの脳と心臓を擬似マウスロボットに移植したんだって。これが成功すれば不老ふ…」
まるでSF世界に登場するようなシロモノにテンションが急上昇する。
ゆうじの話が聞こえなくなるぐらいに。
「うわ、ヤバ過ぎる。マジですごいよゆうじ!」
「でしょでしょでしょ。やっぱ僕天才!」
すると何故かゆうじがにゅるりと翔の腕に絡みついてきた。そしていつにも増して甘ったるい声で喋りかける。
「はぁ♡ 大学で好きなことが学べるって楽しみだなあ。それも翔ちゃんと一緒になんて……」
恍惚とした表情で妖艶な仕草で手を握ろうとするゆうじ。
しかし気にならないほど翔は戸惑っていた。
(ヤバいな。あと1回でも言われたら絶対言えなくなりそう。今言っちゃった方がいいか?)
「あ~そのう、大学の事なんだけどね」
「うん? 何」
「僕、他大に行くことにしたんだ」
「は?」
ゆうじの纏う空気がさっきと一変し鋭く、尖る。
「なんで? 偏差値なら大丈夫だったよね? 僕と同じ大学に行くって言ってたよね」
「前はそうだったけど、夢、がね出来たから文系の大学に行きたいなと」
「ゆめぇ? 一応聞くけど何なの」
「小説家」
そこだけははっきりと答えた。
「小説家!? 何その不安定な職種。将来大変って聞くよ。辞めなって」
(……やっぱり。否定すると思ってた。だから言えなかったんだ)
「や、確かに安定はしてないけど」
「でしょ〜。やっぱり僕と一緒にロボット工学学んで、将来はいい感じの研究所に高い給料で雇ってもらって楽しく安泰に暮らそうよ。翔ちゃんだってロボット好きでしょ」
「勿論好きだけどさ、僕がロボットに興味を持ったのは子供の頃に読んだ『きまぐれロボット』のお陰なんだよ。そう考えたら僕の原点って本じゃないかなーって思って。僕の本で未来の子供達にロボットとかに興味持ってもらいたいんだ。僕みたいに」
「むぅ、理由はわかったけどさ。でもさそんな仕事は翔ちゃんがしなくてもいいものだよ。…あのね」
次の瞬間妖しげな唇を僕の耳に寄せ、ねっとりと言い放つ。
「翔ちゃんがしていいことは僕と一生一緒にいることだけなんだよ。だから同じ大学に行こっ。……そんな低俗な夢なんて諦めてさ……」
一応の夢を低俗と言われイラッとしてしまった。いつの間にか首に巻きついていたゆうじの腕を外し、ゆうじと距離をとる。
「翔……ちゃん……?」
「…親友なら応援してくれると思ったんだけどな」
ちょっと皮肉っぽく言ってしまう。
「…………は?」
ゆうじが睨む。
「それって応援してない僕は翔の親友じゃないって言いたいの?」
(……しまった!)
理性が感情に負けてしまってゆうじの地雷を踏んでしまった。
「いや、違くて……」
「違くないでしょ。今の言い方的にそう言う意味じゃん。はぁ、翔は親友より夢を選ぶんだね。うわあそうゆう人だったんだ、結局、翔も」
完璧に怒らせてしまった。
「ごめん。もっと早く言うつもりだったんだ……。でもこうなるかもって思ったらなかなか……じゃなくて。ともかくマジでごめん! お願い、行きたいんだ。本当にやってみたいんだ!」
「ダメッ! それはダメ。僕、絶対許さないから。てゆうか翔、ずっーと、一生、隣にいてくれるって言ったじゃん!!」
「言った覚えないけど……。あのさ、僕にだって僕の自由に生きたい人生もあるし、それに人間みんな同じ時に死ねないんだから一生一緒なんて無理だって!!」
「はっ、無理じゃないし、そこは天才の僕がどうにかするし。と・に・か・く! 一生傍にいてくれなきゃヤダの!」
もう理性を失い無茶苦茶を言っている。ゆうじの愛らしい顔は憤怒で頬が真紅になり、更に涙でぐしょぐしょだ。
「……んだよそれ、どうにかって。意味わかんないよ、ゆうじ! 別に離れてても親友だって変わらないって」
「ちがうっ、ちがう、そーゆー事じゃないの! もう翔のバカ! 嘘つきっ」
「ゆうじは直接、僕は小説からロボットに関わり続けるから一緒だって」
「それじゃ嫌なの! この薄情者! 裏切り者!!」
「お願いだから、話を聞いてくれ」
「あ゛ーうるさい、うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさい」
「ーーーーだからッ!」
「聞きたくない! もう喋んないで!」
「ーーねぇっ!」
「許さないッッ!」
「もう!」
「翔は僕だけのもんだ!」
「いい加減にしてくれ!」
遂に堪忍袋の緒が切れ、大声を上げる。初めて翔に大声を上げられたゆうじは今までのヒステリックな叫び声をすぐに引っ込めた。静寂が訪れる。
ハッとしてゆうじを見る。涙の向こうでぼんやりとしたゆうじが立っていた。彼の立ち姿は石像のように硬直しており、つぶらな瞳のみ大きく見開かれていた。証明に照らされて涙の筋道がてらてら光っていた。
「あ……ごめん、ゆうじ。今日は一緒にゲーム出来なさそうだ、帰るよ。……ごめん」
「………」
「じゃ……」
「待って、せめて送ってくよ」
「ん、うん……」
2人とも何も交わさず来た道を戻る。しかし帰る道中気持ち悪い程にゆうじは独り言を延々と呟いていた。
「見送りありがと」
そう言って玄関を出ようとした時、
「あのね」
声をかけられた。直ぐに振り返ればこの雰囲気におおよそ似つかわしくない表情を浮かべたゆうじが手を振っていた。
ーーーー笑顔だった。
「バイバイ、翔ちゃん。今日は帰っていいよ。
でも大学の件、君には何としてでも僕と一緒に居てもらうよ」
玄関が仄暗いせいなのか三日月のように吊り上がった唇がゆうじの雪白肌に鮮血色に浮かび上がっていた。
形容しがたい悪寒が走り、翔は一目散に家へと帰った。
その後家へ帰っても今日のことが頭を占拠して夕食時には食器を落とし、階段から滑り落ちてしまうしで落ち着かず、家族に心配されてしまった。
(とりあえず怒った事は明日改めて謝るとして、大学の事は説明すればわかってくれるはず……だよね)
と納得させて無理やり就寝した。
部屋に仄かな光が差し、明るくなった。
それに起こされ目を覚ます。昨日の出来事が唐突にフラッシュバックし、重くなった身体を気合いで起こす。そこからは代わり映えのないいつものルーティン。のろのろとパジャマからジャージに着替え軽く髪を梳く。
「っと。これでよし」
(先ず今日は朝練ついでにゆうじの家に行ってその時に謝ろう)
そう決めてドアノブに手を掛ける。
「ふぅーっ」
と深呼吸してドアノブを回す。
刹那、翔の体は真っ暗な虚空に放り出された。
「えっ?」
左右もわからないまま、ただエレベーターに乗った時の内臓か持ち上がるようなあの特殊な浮遊感から落ちているんだとわかった。悲鳴を上げたはずだが不思議と聞こえなかった。恐怖で目をつぶる。
落ちるスピードはどんどん加速していった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます