13.港湾都市と思わぬ出会い

 港湾都市リーベ。この街は、行き交う人々に……様々な“顔”を見せる。この要塞を天国だと言う者も居れば、あるいは地獄だと言う者も居る。

 平和なヴァリア大陸に佇む、刺激的な都市。周囲を石造りの“城壁”という檻で囲まれた……“自由”な都市。それが、この街の姿だ。


 とはいえ、“街”よりも遙かに巨大な規模であるため……リーベを指す言葉として適切なのは“都”だろう。

 実際、ヴァリア城下町がほぼ王国の民によって構成されているのに対して、港湾都市リーベは富裕な商人から流れてきたならず者まで、様々な人間を拒むこと無く受け入れている。それにより、王都以上の発展を遂げてきた。


 そして──また新たな者達が、この街に受け入れられようとしていた。一方は男。もう一方は少女。宝石のような美しい赤色の髪を持つ少女と、冒険者風の出で立ちの男性。ジークと、自称ドラゴンのバハムートだ。


「そういえばお主、何かあてはあるのか?」


 冒険者……ジークの横を歩く少女がそう言う。ある意味で異質なこの二人の姿は、この都の中では“普通”だ。


「……まぁな。少しだけだが」


 言葉を返すジーク。冒険者と竜娘は、例の商人──マルシェと別れた後、リーベを散策しながら目的地へと向かっていた。

 現に彼らが歩いているのは、港湾都市の中でも特に栄えている……“商人街”だ。


 この港湾都市リーベは、四つの大きなブロックから成る都市。宿泊施設などが多い、旅人が訪れる“旅人街”。商人達に雇われるために集まる傭兵達の街、“傭兵街”。

 リーベのはみ出し者達が集まる場所……“スラム”。そして、冒険者達が訪れている、この都市の玄関──“商人街”の四つだ。


「意外じゃのう。こんな場所に友人を作っておるとは」

「……いや、友人ってほどの関係じゃないが。まぁそうだな……ただの協力関係さ」

「……ほーう?」


 どこか煮え切らない返答をするジークを、からかうようにして見るバハムート。そんな少女は──ジークの姿の向こう側にある“あるもの”に目を奪われた。

 冒険者は少女を呼び止めようとするが……それよりも強い力で少女は男を引っ張っていく……と。


 ドラゴン少女が訪れたのは──屋台だった。商人街の露店と言っても色々あるが、この店はどうやら肉屋のようで、しかも店で焼いた肉をそのまま提供しているらしい。

 

「……のう」

「いや。ダメだ。ダメだからな」

「何じゃ、まだ何も言うとらんぞ」


 店頭に並んでいるのは……見るだけでお腹が空いてきそうなほど、きつね色にこんがりと焼かれた厚い肉。その匂いを嗅ぐだけで涎が分泌されそうだ。


「……買うなら自分のクルで買え」

「……ケチ」


 しょんぼりとした──それが演技だと分かってはいるものの──声を出す少女の姿を、冒険者はどうしてもそのままにはしておけなかった。

 お人好しは身を滅ぼす。今回に限っては、滅びるのは身体ではなく財布なのだが。


「……すみません、これ一つ」

「あいよ。お代は……」


 ジークが少なくない金額を支払うと、ドラゴン少女は肉にがっつき始めた。その華奢な体格に似合わない食欲に、冒険者は少し驚く。

 そんな男へ……露店の店主が更に話しかけてくる。


「兄ちゃん、これ持って行きな」

「……って。いいんですか?」


 その手にあったのは──木製の串に小さな肉が連なっている、肉の串焼き。もちろん、ドラゴン少女のものと比べれば見劣りはするが、それでも良い肉の切れ端であることは、ジークという素人の目から見ても明らかであった。


「あんた、“シルフィ”の店主を助けたんだってな?」

「……え、えぇ。そうですが……」


 冒険者の頭の中に浮かぶのは、例のマルシェの構えている店の名前だ。確かに──看板にはシルフィと書かれていた。


「ま、なんだ。商人のよしみ、ってやつさ。ほら、持ってけ持ってけ」


 そう言われて──半ば強引に“肉の串”を押しつけられるジーク。少し戸惑ったものの……ここで受け取らなければ、自分だけでなくマルシェの顔が立たないだろうと考え、店主からそれを受け取った。


「──お主、これはなかなか美味であったぞ」


 ……そんなジークの横から、少女が顔を出した。肉を包んでいた紙を店主に渡して。


「おお、ありがとな、嬢ちゃん」

「こちらこそじゃ。美味いものを食べさせて貰ったからの」


 そんなやり取りの後に、二人は店主に別れを告げてその場を立ち去る。リーベに居る商人は十人十色。ぼったくりも居れば良心的なヤツも居る。当然、彼らが出会ったような者も、だ。


「……五月蠅い街じゃが嫌いではないな」

「……そうかい」



 時は少し進み──ジークが手の中にあるものを食べ終わった頃。彼らは──ある建物の前に居た。それは、この都市の中にあってどこか異質で……どこか古くさい。

 ある意味で伝統的な造りのそれは──王都にあったものと同様の、冒険者組合……いわゆる“ギルド”だった。


「ここにおるのか?」

「あぁ。多分な」


 ジークとバハムートがそのような会話をしている間も、ギルドには多くの人物が出入りしていた。冒険者から商人、はたまた高貴な出で立ちの者まで幅広く。

 なので、王都の組合ギルドと比べると、いささか賑やかな様子だ。


 そんな場所へ……二人は歩きながら入ってゆく。


「なんじゃ。ヴァリアの所とは随分と違うのう」


 ドラゴン少女の指す“違う”とは、ギルドの中の様子に対してだ。リーベの組合ギルドの中には……ヴァリアでは見ることの無かった、鎧──騎士ですら着ないような重厚なもの──を着ている者や、あるいは剣の手入れをしている者などが大勢居る。

 言ってしまえば……物騒ではある、と言うこともできる。


「ここら辺は魔物が出るからな。討伐系の依頼は報酬もいい。上手くいけば騎士にまで成り上がれる」

「至れり尽くせりじゃのう」

「……ただ、何時死ぬか分からない。……それだけさ」


 ──そう言う冒険者の顔はどこか暗く……曇っていて──。


「──おや」


 ギルドの中を歩く二人へ……優しい声がかけられた。例えるなら……包容力のある、そんな声。

 そしてその声は、ジークとバハムートには聞き覚えのあるものだった。


「……あんたは」


 ジークがそう言うと……その“男”は二人へと近づいてきた。周囲の冒険者とは明らかに違う──堅牢な造りの鎧。そして、紋章の施された剣。


「お久しぶりです……と言うほど、期間が開いてるわけじゃないですが」


 ──ヴァリア騎士団の長……アーサー。およそこの場に居るのに似つかわしくない人物が……二人を出迎える。

 だが、どうやら周囲の者達は気づいていないのか……騒ぎになることはなかった。……当然ではある。誰も、冒険者ギルドに騎士団長とあろう者が訪れるなど……予想できることではない。


「……ふん。ジーク。お主の言っていた者とはこやつか?」

「……おい。相手は騎士団長だぞ。少しは言葉を……」


 そう続けようとしたジークを、アーサーは遮った。


「いいんですよ。それに、あまり畏まられるのも好きではありませんから」

「……ふん。やっぱり気に入らぬ」


 ぷいっ、とそっぽを向くバハムート。それを気にせず……ジークはアーサーへある問いを投げかけた。


「……なぜ、ここに居るんです?」

「……まぁ、隠すことでも無いのでお教えします」


 そう言って──アーサーはジークの目を見てまっすぐに話す。


「──人を食らう竜。それが現れた……という報告を受けたからですよ


 “人を食らう竜”。その言葉に強く反応したのは──バハムートだった。声には出さない。顔にも出さない。しかし彼女の心は──“竜”という言葉に強い思いを抱いていた。

 そしてそれが──“何”を表しているのかを、知ることも無く。

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