12.港湾都市リーベ
がたん、ごとん……という荷台の揺れる擬音。涼しげな風を受けて、その馬車は街道を走っていた。
馬車そのものは珍しい存在ではないのだが……荷台に人を乗せているとなれば話は別だ。馬の引くそれから、少女がその幼い顔を出す。
「なかなか早いものじゃのう」
「えぇ。この分だと今日中には着きますよ」
赤色の髪の少女──ドラゴンを自称する“バハムート”の言葉に、この馬車の主が言葉を返す。
魔物……ゴブリンに襲われていた場面を救ったジークと竜娘は……幸運なことに、この商人と共に目的地である“港湾都市リーベ”へと向かっている。
「……ほんと、ありがたい限りだ」
「はは。むしろ、この程度のお礼しかできなくてすみません」
商人は、申し訳なさそうにそう告げた。彼は最初、冒険者たちへ金銭……“クル”を渡そうとしていたのだが、ジークがそれを遠慮したため、今の状態になったというわけだ。
とはいえ、馬車に乗っていても、リーベはかなり遠い。もちろん、当初の予定通り数日かけて行くよりはマシではあるものの……まだ海の影すら見えてきていない。
……そんな、言ってしまえば“暇”な時間であったため……冒険者は自らの感じていた疑問を口にする。
「そういえば……まだ名前を聞いてなかったな」
「あぁ、すっかり忘れていました。私は──マルシェ。ただのしがない
商人──マルシェは、巧みに手綱を操りながら、冒険者の問いに答えた。その手腕によるものなのかは定かでは無いが、二頭の馬はどちらも落ち着いた様子で歩いていた。
そんな動物の様子を……ドラゴン少女は興味深そうに見つめている。
「……で、だな。……なぜ旧道を使っていたんだ? 騎士の巡回も無いだろうに」
「……まぁ、少し……事情がありまして」
笑いながら、商人はそう口にした。ジークも、本気で探ろうとしていたわけではなかったのか……そこで質問を止める。
街道沿いは確かに安全だが……それは騎士達が定期的に巡回し、魔物を周辺から追いやっているからだ。
出現する魔物も、低級のゴブリンのようなものばかり。しかしそれでも……普通の人間が襲われればひとたまりも無い。だからこそ、通常ならばみな街道を利用するのだ。運んでいる荷物が“マトモ”なものであるならば、の話だが。
「──おおっ!」
そんな、少し気まずい空気が流れる馬車の中に……甲高い声が響く。その元である竜娘は……あるものを見て驚いていた。目を輝かせながら。
「なんだよ……って」
突然はしゃぎだしたドラゴン少女に少し驚きながらも、ジークは少女の視線の先にある“それ”を見て……言葉を失った。
“それ”は──水平線の向こうまで広がる、青色のキャンバス。淡い青色が空から降り注ぐ光を反射し、キラキラと輝いている。
二人の見たものとは、ヴァリア大陸の沿岸から見える外海の様子だった。よく目をこらしてみれば、その青色の中に小さな点がいくつも確認できる。
その点の先にあるのは、巨大な街。港湾都市リーベだ。出港していく船に入港する船。どちらも数は多く、街の周囲の海には多数の船舶が停泊している。
「……こりゃまた……すごいな」
「おや、冒険者さんはこちらへ来たことが無いので?」
「あるにはあるが……夜で景色も見えなかったんだ」
ジークは、どこまでも広がる海原を見て……ドラゴニアの広さを改めて実感する。世界地図で見るのとは異なる、生の風景。
地図によれば、リーベのすぐ向こうに鉄鋼業が盛んな“メタル大陸”があるのだが……一向にその形は見えない。
「……こうして見ると、リーベもなかなか大きいな」
街の姿を見る冒険者。面積は王都には劣るが、周囲を囲う防壁や、交通路として整備された“道路”を見ると……ヴァリアよりも堅牢な……まさに“要塞”のような姿だ。
それでいて、商人の活動は自由……となれば、ドラゴニア中から人が集まるのも納得できる。
「店、持ってるのか?」
「はい。いやまぁ、小さな店ですがね」
「……すごいな」
リーベは……商人の集まる街。言ってしまえば、それだけ競争率も高い。街に訪れる商人達は基本露店を開き、店を持つ者は少ないのだ。
つまり……この商人──マルシェは、こう見えて意外と……なかなかの商才を持つ人物であるのかもしれない……。
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──王都以上に騒がしく、楽しく、危険な街。それが──港湾都市リーベだ。例に漏れず……ジーク達を歓迎するのは、商人達の熱い叫び声。
商いを行う者達の気迫は、魔物と対峙する冒険者や騎士に迫るものがある。生活がかかっているためだ……と言えばそれまでだが。
そのまま馬車は進み──リーベの中のある店の前で止まった。どこかレトロというか……他の建築物とは建てられた時代が異なるように見える、店。
「着きましたよ、お二方」
ジークと少女は、荷台から地面へと降りる。座っていた姿勢から急に立ち上がった為か、足が少し重いようだった。
「……中から見ると、また違う印象だな」
リーベは、外から見れば厳つい見た目の街だが……中に入ればそうでもない。むしろ、荘厳な雰囲気とは真逆の……ある意味で自由な空気さえ感じることが可能だ。
「……人が多くて酔いそうじゃ」
「竜なら我慢しろ」
竜娘は街に入るまでの様子とは異なり……どこかぐったりしている。対してジークは、マルシェへ礼を告げる。
「ありがとう。助かった」
「お役に立てたのなら良かった。あなた方は……命の恩人です。何か困ったことがあればウチへ来て下さいね」
そう言って、商人はにっこりと笑ってみせる。その背後には、“シルフィ”と書かれた看板があった。
「──シルフィはいつでも開いてますから」
マルシェはジークと軽く握手をして、店の中へと入っていく。そして二人も。
「行くぞ。お前の姉妹とやらを探すんだろ?」
「……うむ。妾について……ついて……うぅ」
人酔いを起こして肩を落とす、珍しく弱っている少女を見ながら──ジークはリーベで情報の集まる場所を目指そうとしていた。
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