11.王都からの旅路

 ──辺り一面に広がる草原。その緑のカーペットはどこまでも続いているようにさえ見える。風に揺られる草木たちが一体となり、右へ左へと行ったり来たり。

 ここは、ヴァリア大陸の王都へと続く街道だ。魔物が蔓延る世の中……といっても、人の流れは衰えることを知らず、行き交う商人たちの話し声が響く。


「なかなか悪くない景色じゃの」

「……俺はもう見飽きてるがな」


 そんな道を行く人影が二人。片方は少女。一方は男。商人には見えない身なりの二人組──ドラゴン少女とジークの姿があった。


「……全く、ぜいたくなヤツじゃ。お主は」

「ここら辺はよく来るからな。言ってしまえば……日常の中の風景のひとつ、ってわけだ」「ふん。それが”ぜいたく”じゃと言っておるが?」


 竜娘は──笑いながらそう冒険者へと返す。その様子は、一見すると大の男が少女を連れている……という怪しい絵面にしか見えない。

 だが、幸いなことに、街道をせわしなく歩く商人たちのおかげで、二人の姿はその人の流れに溶け込んでいた。


「しかし、なんじゃ。あの村が焼けたというのに、これほどまでに人がおるとは」


 竜娘は、その橙色の瞳で周囲を見渡した。確かに──“フォル村”が魔物に襲撃されたということは、街道にもそれらが現れる可能性がある……とも考えられる。

 そんなドラゴン少女の横を歩くジークは、少し考えてから口を開いた。


「魔物が出たからと言って商売を止める訳にはいかない、ってことなんだろうよ」

「……ほう?」

「出るかもしれない魔物よりも、必ず訪れる飢えに備える……。まぁ、世知辛いと言えばそうだが」


 納得したような……そうでないような表情をした竜娘は、再び前を見て……ジークの横を歩き出す。


「……遠いのう、港湾都市とやらは」


 ヴァリア王国を離れた二人が目指すのは──港湾都市リーベ。ヴァリア大陸の中でも海に面した大きな街であり、王都以上に商いやらが盛んな場所だ。

 人の通りも多く、他の大陸から船で渡ってくる者も少なくない。となれば──“情報”が集まりやすいというもの。


「あー。なんだ。ひとつ、聞きたいことがあるんだが」

「なんじゃ? 言うてみよ」


 少し言いよどんで……冒険者は言葉を紡ぐ。


「お前の……姉妹だったか? そいつらはどんなヤツなんだ?」

「……そういえば、言うてなかったのう」


 ジークの問いに対して、何かを思い出したような表情をした竜娘。


「……あやつらは、そうじゃな。まぁ、変なやつらだった、としか言えぬ」


 “お前も十分変だろ”と言いたくなる気持ちをぐっと堪えて、ジークは黙って少女の話を聞く。


「ただ……ひとつ覚えておるのは」

「……何だ?」


 そこまで言って──ドラゴン少女は……儚げな瞳で空を見上げた。快晴そのもの、青色の澄んだ空が……どこか寂しげに見えてくる。


「みな……仲間思いの誇り高き竜じゃった、ということかの」

「……そうかい」


 ジークは、そこで話を切り上げた。それは、竜娘の声がどこかか細くなっていることを察したからかもしれないし、あるいは単に得たい情報を知ることが出来たから、かもしれない。 少なくとも──彼が疑問に感じていることは山ほどある。そもそも、“竜”とは何なのか。なぜ、現在のドラゴニアから消えているのか。


 また、自称バハムートが告げた“世界の謎”も気がかりだった。あのヴァリア城下町の一画での出来事。思わせぶりに、“謎”を解き明かしたくは無いかとジークへと問いかけた少女。

 “謎”は多い。ドラゴン少女と魔物の関係や……魔物たちの出自。彼らは一体どこから来たのか。


 かつてそれを解明しようとした“賢者”たちの集う国は……今日のドラゴニアでは滅んでしまっている。


「……“竜”、ねぇ」


 ジークもまた、歩きながら空を見上げた。絵画に描かれていた……雄大な翼を持つ生物。それが本当に実在したとするなら……この青い空を駆けているのだろう。

 そんな風に、珍しく感傷に浸っている冒険者だったが──。


「──助けてくれぇ!」


 人の行き交う騒がしい街道に、切羽詰まった叫びが響いた。ジークたちの周囲の人間は突然の事に驚き、ある者は馬車を引く手綱を握る手を止めてしまい、危うく馬と荷車を横転させる所だった。

 ジークと少女からは……周りの人が壁となってよく見えない。だが、助けを求めている人物は、どうやら街道まで走ってきたようだ。辺りに人だかりが出来る。


「う、うちの馬車が魔物に襲われて……中の荷物が奪われそうなんだよっ!」


 迫真の表情で訴えかける……商人風の出で立ちの男。だが……人だかりの中から手を挙げる者は出なかった。

 傭兵を雇っている商人も居ない、騎士も居ない……おまけに王都から距離もある、となれば……言葉に詰まるのは自然なことだろう……と。


「……よっ、と」


 そんな静寂──商人風の男の荒い呼吸音だけが音として流れるなか……彼の前に、“少女”が姿を現した。


「おぬし、話は聞いたぞ?」

「……聞いたぞって……じょ、嬢ちゃん……まだ子供だろう?」

「……」


 子供。そのワードを男が言った瞬間に……“ドラゴン少女”は彼へにらみをきかせた。大の大人すら……ひるんでしまうようなその眼光に、思わずその商人は声を出す。


「ひ、ひぃっ!」

「ふん。妾は子供では──」


 そんなやり取りを周囲の人間が不思議そうに眺めるなか──。


「──おい。何してんだお前は」

「ふん。何もくそも無いわ。妾は断じて子供では──あ痛っ!」

「……少し反省してろ」


 そっぽを向くドラゴン少女を諫めに現れたジーク。その姿を見て──助けを求める男は間髪入れずに冒険者の手を握る。


「た、頼みます! どうか、魔物を退治してくださいっ!」


 “そう言われても”。そう頭の中で思うジークだったが……。実際に、この場で対応できる力を持っているのは、ドラゴン少女と冒険者だけだ。

 冷めているように見えて……元来お人好しなこの男は、どうしても“やらない”と言うことは……できなかった。


「……分かった。案内してくれ」

「ほ、本当ですかっ! こちらですっ!」


 そう言って──商人は自らが歩いてきた方向……街道の外れへと走る。それを追いかけるようにして……竜と人のコンビも走り出した。


「おぬしのそういうところ、嫌いではないぞ」

「……どの口が言ってんだかね」


 走るジークたち。風に揺られた草を踏み、商人の姿を見失わないよう走り続ける。……そうしている内に……別の道へと入った。

 まだ、ヴァリア王都への街道が繋がる前のことだ。王都の周辺では、物資の輸送用に様々な道が張り巡らされていた……のだが。


 今の街道が完成してからというもの、古い道は“旧街道”として、もっぱら使われることは無くなっていた。おまけに──魔物が出るという悪い噂付きで。

 だからこそ、ジークは商人の男を不審がっていたのだが……。


「あれかっ!?」


 襲われている馬車の様子が視界に入り、すぐにそうした考えは思考の隅へと追いやられた。確かに──魔物が荷物めがけて襲撃している。

 その姿は、いわゆる“ゴブリン”と呼ばれる魔物。ある地方では“コボルト”とも故障されているが、ヴァリアではゴブリン呼びが殆どだ。


「数は……六か。ジーク、何匹やれる?」

「はっ。何匹でも……だっ!」


 冒険者の腰に着けている鞘から、剣が抜かれる。アリアとの戦闘で折れてしまった剣は、新しいものへと新調されていた。


「──ッ」


 声にならない魔物の叫び。それと共に──冒険者とドラゴン少女が殴り込む。ゴブリンたちにとっては、完全に意識の外からの攻撃だったようで──武器を構えることも出来ず逃げ惑うのみだ。


「──食らうがよいっ!」


 ドラゴン少女は──その拳をゴブリンへと突き出す。──すると、“それ”が当たった魔物は……文字通り“消し炭”と化した。


「……そこだッ!」


 ジークも──長剣をゴブリンへと振る。戦いを避けていた彼だったが……それでも剣の扱い方は知っていたようで、魔物を次々と斬り伏せていく。

 そこまで時間がかかることも無く──馬車を襲う魔物たちは、二人によって討伐された。



「……終わったな」

「この程度、妾にかかれば朝飯前じゃの!」

「……妾“たち”、だろ」


 ジークは、息を吐いて剣を納める。ドラゴン少女も、額の汗を拭って火照った体を手で扇いで冷やしていた。


「……み、みなさん、ご無事でしたか」

「あぁ。荷物はどうだ?」


 冒険者にそう言われた商人は、木の葉の影の下で倒れた荷車をごそごそと探り始めた。 冒険者たちは、少し離れた木陰に行き、木へと寄りかかる。


「まったく。リーベはただでさえ遠いって言うのに」

「じゃが、お主のことじゃ。見て見ぬ振りもどうせできまい?」

「……返す言葉も無い」


 はぁ、とジークはため息をつく。……と。


「お二方、港湾都市へ行かれるので?」


 いつの間にか、二人の下へ歩いてきた商人がそう告げる。


「もういいのか?」

「えぇ。幸いなんとかなりそうです。馬も……ほら」


 商人の指が馬車を指す。そこには……襲撃に際して逃げていたのであろう二頭の馬が集まってきていた。随分と賢いことだ。


「荷物も殆ど無事でした。本当に、ありがとうございます」

「……ならいいさ。じゃあ俺達はこれで──」


 そう言って、その場を去って街道へ戻ろうとするジークだったが……その背中は商人によって呼び止められた。


「──待って下さい。お礼と言っては何ですが……リーベまで、ご一緒にどうです?」


 その申し出は──ジークと、目を輝かせているドラゴン少女にとっては、願っても無い申し出だった。

 こうして二人の旅路は──港湾都市リーベへと向かう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る