10.ヴァリア騎士団団長

「──皆の者、静粛にッ!」


 ヴァリア王国城下町。そこに設けられた市民の憩いの場である大きな広場は、これまで見たことも無いようなざわめきで埋め尽くされていた。

 あらゆる民衆の声が一体となる。ヴァリアの騎士はそれをなんとか収めようとしているが……その効果が現れることは無かった。


 群を為す民衆が、街の中心で“人の濁流”となる。そんな──川の流れの中に、ある二人組が居た。

 冒険者と……年端もいかないような外見の少女。ジークとバハムートだった。


「……なんとか潜り込めたな」

「ふふん。妾の機転のおかげじゃな。木を隠すなら森の中、というやつじゃ」

「……先に思いついたのは俺の方だがな」


 この二人──ジークとドラゴン少女は、例の廃墟の一画を離れた後、この広場へとやってきた。

 彼らがやってきた時には、既に広場の状態は現在と同様になっており、どうするべきかと決めあぐねていた両名だったのだが……。


 ジークの“その場に留まるよりも中の方が怪しまれない”という言葉を受け……現在二人は人の波に揉まれている状態だ。


「……手、離すなよ、竜娘」

「こっちのセリフじゃ」


 冒険者の手は……どこか暖かい。ドラゴン少女の掌の熱さがそうさせているのだろうが、バハムート──すなわち“竜の力”由来のもの……というわけでもなく、彼女の体が元来持つ代謝の良さから来るもののようだ……と。


「……っ! そこのお主っ! 妾の脚を踏みおったな!?」


 ドラゴン少女が突如声を荒げる……が、その対象となっている人物は、既にこの波に呑まれて姿を消していた。

 もはや、この騒乱の中では竜娘の声とはいえ、他の声にかき消されてしまう。街の様子は……まるで祭りだ。


 祭りならまだいいが、市民達の感情は不安そのもの。王都からそう遠くないフォル村が焼き討ちにあったとなっては、むしろ落ち着けというのも無理な話ではある。

 よって……民衆の声は衰えることを知らず、いやむしろ、ジーク達が訪れたときよりも更に“活発”になっていた。


「まったく。あの人間はなっとらんな」

「……こんな状況じゃ仕方ないだろうよ」

「ふん。竜の足を踏みつけおって。あやつには罰が当たるな」


 ……とか何とか言って文句を垂れるドラゴン少女。──すると。


「──皆さん、お静かに」


 その一言──騒乱の中でもはっきりと聞こえる透き通るような声──が突如したかと思うと……広場はあっという間に静まりかえった。

 先ほどのただの騎士とは異なる……“声”。それは冒険者と竜娘の耳にも届いていた。


「……なるほどのう」

「……何がなるほど、なんだよ」

「いや? ただ……」


 そこまで言って、バハムートは、騎士達が設営した高台……広場を一望できる場所を見た。いつものどこかふざけた目つきではなく……鋭い眼差しで。


「確かに──“騎士”を統べる長にふさわしい力をもっておるらしい」


 ドラゴン少女の視線の先には……先ほどまでは居なかったはずの騎士の姿があった。身につけている剣ひとつとっても、明らかに周囲のそれとは異なる身分であることが分かる……そんな人物。

 少なくとも、新たに姿を現したその騎士が“普通”でないことは、ジークや竜娘のような素人の目から見ても、明らかであった。


「──ヴァリアに住む国民の皆さん。貴重なお時間をとらせてしまい、申し訳ありません」



 騎士の男は、高台にある拡声器に向かってそう喋る。まるで、隣人に話しかけるような柔らかな物言いだ。

 広場に集まる民衆は、黙ってその男が喋る様子を見上げていた。


「さて──みなさんご存じの通り、あの美しいフォル村が焼かれました。非常に悲しむべきことであり──我ら騎士団としても、到底見過ごすことの出来ない事象であります」


 広場……いや、広大なヴァリアの城下町そのものに静寂の時が流れる。それこそ……隣り合う人間の心臓の鼓動が聞こえそうなまでに、だ。


「そこで我々は──悪逆非道たる魔物を殲滅するために、征伐を行おうと考えています。どうか──皆様方には協力していただきたい。フォル村の住民達の……無念を晴らすためにも」


 そこまで言って、騎士の男は一礼をした。騎士が平民に対して頭を下げるなど、滅多に無いこと。それを示すかのように……高台の周りを警備している騎士達も、その様子を黙って見ている。


「……“ヴァリア騎士団”からお知らせしたいことは以上です。フォル村に関して情報をお持ちの方はぜひ──我々へ」


 演説をしていた騎士が高台から降りてゆく。それから少しして、広場に集まっていた民衆も散り始めた。ある者は、不安を抱え。ある者は、戦意を胸に。そしてある者は──。


「ゆくぞ、ジーク」

「……おい、どこへ──って」


 少女──バハムートは、冒険者の手を引いて人混みの中へ紛れながら歩いて行く。


「お主、まさか気づいていないとは言わぬだろうな?」

「……悪いがさっぱりなんだが」


 少女は、人混みを抜け、人気の少ない場所へと進んでいく。建物と建物の間を巧みにかいくぐりながら。


「……あの“騎士”。妾達に気づきおった」

「……どういう意味だ」

「意味か? 文字通りの意味じゃ。ほら──そこに」


 二人の視線が一カ所に集まる。早朝の裏路地。およそ人が寄りつかない“街の裏側”。騎士すらも巡回を避ける、闇のルート。

 そんな場所に……ドラゴン少女と冒険者以外に……見慣れない顔がひとつ。


「──おや」


 二人の先にある物陰から出てきたのは──人影だ。だが、このような場所には似つかわしくない装いの人物だった。

 身につけているのは鎧。そして……使い古されながらも手入れの行き届いている剣。その鞘に描かれている紋様は……ヴァリア騎士団を指す意匠。


「こんな場所にご用ですか? お嬢さん……と冒険者の方?」


 金色の髪に、青色の瞳。絵に描いたような……模範的な騎士の姿。その姿を、バハムートとジークは知っている。


「……さっきの、騎士……だよな?」


 まだ真新しい記憶をたどり、冒険者は言葉を紡ぐ。彼らの目の前に現れた騎士の姿は──先ほど広場で演説を行っていた者だった。

 若干失礼なジークの問いかけに、不快感を示すどころか口角を上げて“男”は返す。


「えぇ。そうです。多少仰々しくなってしまいましたがね」

「……あー。なんだ。その……だな」


 今まで出会ったことのないタイプの人間に戸惑う冒険者……その横に立つ少女が口を開く。


「妾たちよりも、お主がここにおるほうが不思議じゃがの」

「おや、なぜです?」


 にっこりとした表情で、ドラゴン少女へ喋る騎士。それを見たバハムートは……一瞬眉をひそめたかと思うと、ため息をついた。


「ふっ。王都の裏路地で時間を潰しているほど……“騎士の長”は暇ではなかろう?」

「……」


 騎士は少女が話し終わった後、しばらく沈黙していた……かと思うと、その柔らかな表情を崩す。


「こうなっては隠す意味はないようですが──手短に話した方が良いでしょうか?」

「好きにせい。まぁいずれにせよ──」

「……おい」


 少女と騎士の間に流れる険悪な雰囲気。そんな空気を感じ取ったのかは定かではないが……これまで黙って状況を見ていたジークが口を開く。


「何だか知らんが……こっちも聞きたいことがあったんだ」

「……のう、ジーク。お主は本当に……間抜けというべきか」

「……は?」

「こやつは……妾たちを捕らえに来たのじゃぞ? フォル村の惨状を知る者としての」


 そこまで言われて、冒険者は騎士の顔を見る。その好青年は、目を閉じてため息をつき……“やれやれ”とでも言いたげなポーズをしてみせた。


「……そうなのか?」

「……えぇ。報告にあった二人組の姿……少女と男の特徴と完全に同じだったのでね」


 ──つまり、だ。あの夜、逃げ出したバハムートと冒険者の姿は、道中で一般の騎士に捉えられていて……その報告を読んだ“騎士の長”が、彼らを捕まえに接触した……ということになる。


「……それで、質問というのは?」


 騎士は──一瞬だけ見せた険しい表情から、普段の柔らかな顔へと戻っていた。鎧のこすれる金属音を立てながら、彼は路地の壁へと寄りかかる。

 バハムートは、未だその姿を警戒してはいるものの……一度緊張状態が解かれたせいでどこか力が入っていない。


「……魔物の話なんだが……“アリア”という名前を聞いたことは?」

「……アリア、ですか」


 その“名”は、冒険者がヴァリアへ運ばれた後、竜娘から聞いた名前であり、フォル村を焼いた魔物そのものの名前だ。


「それが、フォル村を?」

「……あぁ。魔物の死体も全部燃えてる……となれば信じるのは難しいだろうがな」

「……なるほど」


 そう言う騎士の様子は……狼狽えることも驚くこともなく……むしろ想定の範囲内であった、そう考えられるようなものだった。

 壁にもたれるその鎧を纏った男は、好青年顔の顎に手を当てて考え込む。


「なんじゃ。思い当たることがあるのか?」

「……アリア。フォル村を襲った悪魔は、確かにそう名乗ったのですか?」

「……あぁ。コイツの聞き間違いでなければな」


 そこまで聞いて、騎士は慎重に言葉を選びながら話し始めた。


「アリア。それは──このヴァリア大陸を脅かす“魔軍”を統べる将です」

「……“魔軍”か」

「多くの騎士を屠り、姿を眩ませては、人に害を為す。ただ己の──快楽のためにね」

「ふん。いかにも魔物らしいヤツじゃの。反吐が出るわ」


 騎士は、もたれかかるのを辞め……ヴァリアの城が鎮座する方を向く。ちょうど、二人からは背が見えるような位置だ。


「あなた方には聞きたいことが山ほどあるが……こちらも少し用事が出来たのでね」


 そう言って、立ち去ろうとする騎士。金属製のグリーヴが甲高い足音を生み出している。そんな男を、冒険者が呼び止めた。


「ま、待ってくれよ。何で俺達の言うことを信じるんだ? もし嘘だったら……」

「……面白い発想をなさるお方だ。答えは単純かつ明快ですよ」


 騎士は首をひねり、視線を背後──冒険者へと向ける。


「“アリア”と邂逅した人間はみな──死んでいます。この名を知るのは一部の限られた者のみ。だからこそ──あなたの言葉が嘘である確率は低い」

「……そうかい」


 半ば諦め気味にそう言葉を漏らすジークへ、騎士は微笑みかけた。


「僕は──アーサー。ヴァリア騎士団の団長を務めています。ではまた──いずれ」


 瞬時──辺りがまばゆい光に包まれたかと思うと──騎士の姿はその場から綺麗さっぱり消え失せていた。

 ひとまず……窮地を脱した二人だったのだが……バハムートは再び冒険者の手を取った。



「……先に聞いておくが。どこに行く気だ?」


 そんな冒険者の問いに──少女は笑って答える。


「姉妹探しに決まっておろう? まずはそうじゃな──情報を集めなければならぬのう」

「……なら、ここよりも良いところがある」


 喋りながら表へ出てくる二人。ジークはバハムートに手を引かれながらも……街の出入り口に張り出されているヴァリア大陸の地図を指す。


「情報を探すってんなら……ここだ」

「ほう? 海か?」


 冒険者が指し示したのは……ヴァリア大陸の海に面している場所。王都からは少し離れた場所にあるようだ。


「あぁ。……港湾都市リーベ。あらゆる情報が流れ着く都だ。依頼で何度か行ったことがある。お前の探してるヤツの情報も、もしかしたらあるかもな」

「……ふむ」

「……おい、何だ急に」


 地図の張り出されている看板の前で話し込む男女。他の人間からすれば、まぁそこそこ迷惑なのだが。


「いや何じゃ。やけに乗り気じゃの……と思ってな」

「……おい。待てよ。お前が手伝えって言ったんだろうが」

「いや……それは、そうなのじゃが」


 急に口数が減るバハムート。その少女を尻目に、男は街の出入り口……城下町の城門へと向かう。


「乗りかかった船、ってやつさ。やるからには徹底しないと気が済まないタイプなんでね」「……ふっ。なんじゃ、それは」


 少女が笑う。ジークの記憶に浮かび上がる──儚げな顔とは対照的に。冒険者が少女に手を貸していること、それは事実だ。けれど、理由は“乗りかかった船”じゃない。


 ヴァリア城下町の一画。廃墟の屋敷の前でバハムートが見せた、あの表情。何も分からない世界に急に放たれながらも、必死に自分の寄る辺を探している……いたいけな少女。

 ジークは、思っていた。今更降りられない。今更戻ることは出来ない。今更──この少女を放っておくことなど、できないのだと。


 ──竜に囚われた男は進む。そんな思いを胸にしながら。騒がしい少女を引き連れ──港湾都市リーベを目指していた。

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