9.騎士団長、アーサー

 ヴァリア城下街にある宿屋を離れた冒険者ジークと、バハムートと名乗る自称ドラゴン少女。朝の暖かな日差しが二人を照らす……が、そんな様子に反して、両名の気持ちはあまり明るい物では無かった。


「……これ、本当に行くのか?」

「無論じゃ。なにせ……妾達が疑われておるのか、知らなければなるまい?」


 つまり──フォル村消失の原因を……自分たちとされるのを恐れていたのだ。なにせ、村を遅った魔物はバハムートが追い払ってしまったため、ヴァリアの騎士が調査に訪れた際には、既に村はもぬけの殻。

 おまけに、何から何まで燃えてしまったため、物的な証拠もほとんど無い。彼らが休んでいた宿のように、かろうじて火を免れた建物もあるにはあるが……決定的な証拠という物が見つかるとは考えられないだろう。


「……何も起こらなきゃいいけどな……」


 そんな──願望に近い言葉を吐き出したジークは、ドラゴン少女と共に……ギルドへと向かう。不幸中の幸い……と表現して良いのかは不明だが、騎士団による説明までにはまだ時間があった。

 それこそ、依頼の報告をするぐらいの時間は、だ。



「ジークさん、お疲れ様でした」

「……どうも」


 冒険者の集まる組合……ギルド。依頼を斡旋するこの場所も、流石にまだ賑わっているというほど人は居ない。


「……そういえばフォル村のことですが……」

「あぁ。なんでも……燃えてしまったとか。俺は遺跡から直接帰ってきたので分からんが」

「そうですか……。いや、マスターが情報を求めていたものですから」


 そう言って、カウンターの受付嬢は、ジークが卓上に置いた依頼書を手に取り、それに判を押した。依頼達成の証だ。

 それと交換するようにして、通貨である“クル”の入った小袋が冒険者へと渡された。


「ありがとう」

「いえいえ、またお待ちしていますね」


 そのままジークはカウンターを後にして……店内の椅子でくつろぐ竜娘の元へと歩いて行く。


「おい」

「なんじゃ、もう終わったのか?」

「あぁ。……だが、まだ時間があるな」


 ジークが、ギルド内の壁に掛けられている簡素な造りの時計を見ると、騎士団の提示した時間よりも、かなり早い。

 早く行った方が良いのか、いやその方が怪しまれるか……と考えるジークに、ドラゴン少女がある提案をする。


「そうじゃな……。ジークよ、少し妾に付き合え」

「……付き合えたって……何かやることでも?」

「いいから。ゆくぞ」


 そんな風に、半ば押し切られるような形で……冒険者はその手を少女に引かれてギルドを後にした。

 外へ出ると、まだ人の動きもまばらで、街が動き始めている途中……といった様子だ。


 バハムートは、そのまま繁華街……城下のメインストリートとは真逆の方へと歩いて行く。

「おい、どこまで行くんだよ」

「……」

「……おい」


 ジークが声をかけても、その前を歩く少女は振り向くことは無く、言葉を返すことも無かった。

 ただでさえ人通りが少ない路地に入った二人は、その更に奥……全く人気の無い場所へ出た。


「……なんだ、ここ……」


 冒険者は、目の前の光景に少し驚く。ヴァリア城下町の中にも関わらず、彼らの目前にあるのは……朽ちた屋敷のような建物。言ってしまえば廃墟だ。

 ヴァリア王都は広い。広いのだが……ジークがこのような光景を見るのは初めてだった。


 まるで、ここの空間だけが日常から切り取られているかのような……そんな感覚を冒険者は覚えた。一種の非日常。


「……ここでいいじゃろう」

「お前……以前ここへ来たことがあるのか?」

「……さて? どうかの」


 相も変わらずといった様子で、自分のことを聞かれるとはぐらかすドラゴン少女。そんな態度に、いつものようにため息をついて呆れようとするジークだったが……今回は違った。



「のう。お主、口は堅い方か?」

「……それなり、だ」

「……なんじゃそれは」


 言葉だけ見れば、いつもの調子の竜娘だったが……ジークの瞳に映る彼女の表情かおは、いつになく──遺跡で出会ってから見たこともないほど真剣な──眼差しをしていた。

 二人の間から会話が消え、場にしばらくの静寂が流れる……と。


「……手伝って、くれぬか」


 そんな少女の声。それまでの明朗で快活で子供のような声色では無く……今にも消え入りそうな……か細い声。


「……また、急だな」


 いつものようにジークは返すが……茶化すわけでも無く、少女の声に耳を傾ける。


「妾はバハムート。七つの世界を統べたドラゴン……じゃった」

「……そうかい」

「見て分かるように……人の姿を借りるまでに落ちぶれたがな」


 そう言う少女の目はどこか──寂しく儚げで。


「探してくれ。妾の……姉妹を。妾達が生きていたという……確かな確証を」

「……姉妹だって?」


 突然のことに、ジークは思わず声を漏らす。


「妾を慕う竜がおった。そやつらが……姉妹。竜の姉妹ドラゴン・シスターじゃ」

「……また、大層な名前だな」


 冒険者はそこまで聞いて、顎に手を当てて考えてみる。目の前に居る……自称ドラゴン娘が、姉やら妹やらを探しに行こうとしているのは、まぁなんとなく分かる。心情的にも。

 だが……分からないのは、理由だ。もし本当にこの少女がドラゴンであったとして……目覚めたばかりの彼女が、すぐに行動しようとする理由わけは、一体何なのか?


「妾達の存在がおとぎ話になるほどに……長い年月が経った。空も、空気も、何もかもが……世界の全てが変わってしまった。妾を、ただ残して」

「……竜娘」

「妾はただ……知りたいのじゃ。なぜ妾達の存在が……実在しなくなったのか。そして……変わりゆく世界の中で……かつての姉妹が生きているのか」


 風が吹く。廃墟のあるヴァリア王都の一角に。少女の赤色の長い髪が……宙に舞う。


「お主も知りたくは無いか? “ドラゴン”という……世界に隠された、“謎”を」

「──っ」


 空気が揺らぐ。日常が揺らいでいく。少女の、“竜の視線”がまっすぐジークを見つめる。男は、その場から動けなくなっていた。その目線も……ドラゴン少女から離すことが出来ない。

 ジーク。ただの冒険者。されど……冒険者。“謎”という甘美な響き。竜の、毒にも似ている甘いささやき。


「……ぁ」


 その光景に、ジークの古い記憶が蘇る。彼が冒険者になることを決心した頃の、若い記憶。昔の記憶に映る彼は……まっすぐで、好奇心が強く、そして──“謎”を求めていた。

 世界を侵すほどの、謎。ジークは思い出す。自分が、なぜ冒険者になったのか──その理由を。


 それはただ──謎を求めて、世界を冒険したかったからだ。


「──あぁ。そうだったな」


 思わず──男の口角が上がる。彼は、ずっと忘れていた。過去に置き去りにしてきた感情を──ドラゴン少女によって再び刺激されたのだ。


「……分かった。手伝ってやるよ」

「……本当か?」


 少女は、自信なさげに、手を後ろで組んでそう言う。


「ここまで聞いて……放っておけるほど……俺も薄情ではないらしいからな」

「……ジーク」


 ドラゴン少女は冒険者へと駆け寄り──その小さな体で男へ抱きつく。


「ありがとう」

「……全く」


 顔を埋める少女の表情を伺うことは出来ない。男はどうしていいかも分からず頬をかく。



 竜の秘密。世界に眠る謎。確かに──ジークにとって、少女が本当にバハムートであるかは分からない。

 だがそれでも──彼は感じていた。冒険者へ自身の事を語った際の、少女の表情は、本物であった……。


「──っと」


 二人の耳に、突然鐘の音が入ってきた。それもそのはず、冒険者組合ギルドを離れて、結構な時間が経っていて。


「……おい、竜娘。そろそろ行くぞ」

「……うむ。分かった」


 少女はジークから手を離す。そしてそのまま──男の横を歩いて──城下町の広場へと向かっていく。

 まさに、ちょうど騎士団からの説明が始まろうとしていた所だった──。

 

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