8.目覚めの朝

「……ん?」


 ヴァリア大陸を治める強国……ヴァリア王国。その城下にある街は普段ならば行き交う商人達や旅人によって賑わいを見せているが……流石に早朝とあれば静かだ。

 人々が寝静まる──いやあるいはそろそろ起き出す者も居るかもしれないが──そんな時間に、目を覚ました男が一人。


 その男は、ふかふかの布団の上で瞼を開いた。まだ意識が覚醒しきっていないのか、光を眩しく感じるような状態ではあるものの……男──冒険者ジークは体を起こす。


「……ここは?」


 徐々に鮮明になっていく意識とともに、冒険者の頭の中には疑問が生まれた。それもそのはず。彼の視界に最後に映っていたのは……燃えるフォル村の姿だ。

 そのギャップ……差異を不審がってジークは周囲を見渡すが、誰の姿もそこにはなかった。ただの宿の一室だ。特筆すべき事も無い。


 彼が期待するような……“少女”の姿はそこには無かった。仮に今の状況を説明できるのなら、それは彼女だけだろう……そう冒険者が思った矢先のこと。


「──」


 ドンッ、という鈍い音共に、男の眠る一室の扉が勢いよく開かれた。“まるで脚で蹴ったかのような”……とジークが出入り口を見ると、その考えがまことであったことを彼は理解する。

 男の背丈よりも小さい、少女。赤色の髪を持ち、橙色の瞳を持つ……“自称”ドラゴン。バハムートの姿がそこにはあった。


 少女は手にかごを抱えており、つまり脚で扉を開けたのだろう。その様子を口を開けて見るジークにへ、彼女は口を開いた。


「なんじゃ。もう起きたのか?」

「……あぁ。ここは……王都か?」


 少女は扉を閉めて、ベッドで横になっている男の傍へ歩いてきた。その傍にある小さな台に、数個の果物が入ったかごを置くと……そのまま寝具へ座る。


「うむ。感謝するがよい。妾が連れてきてやったのだからな」

「……連れてきたって。……ってそうじゃなくてだな」


 ジークは頭を振り、再度少女へ問いかける。


「あの後……俺があの人型の魔物に負けた後……一体何が起こったんだ?」


 そう言われたバハムートは窓の外を見ながら言葉を返す。


「妾があやつを倒した。とどめまでは刺せなかったがの」

「……それで、フォル村は?」

「知らぬ。お主を運ぶ際に鎧を着た人間とすれ違った。今頃何かわかっておる頃じゃろうて」


 実際に、燃える村を後にするバハムートは、ヴァリア王国所属の騎士とすれ違っていた。盾に王家の紋章である鷲が掘られていたからか、少女にとっても面倒な相手だと思われたのだろう。

 少女は騎士とすれ違いそうになる度に身を隠してやり過ごしていた。もちろん……そのジークという男を背負いながら、だ。


「……そういえば……」


 ふと、何かを思い出したかのように、ジークは自らの体を触る。かと思えば、今度はベッドの足下へ置いてある剣の鞘を手に取り、おもむろに刃を抜いた。

 もちろん──その刀身は例の魔物──アリアによって折られた状態のままだった。それはすなわち……ジークが致命傷を負ったのも現実の出来事だった、ということ。


 しかし、地面に血の水溜まりが出来るほど出血していたとは思えないほど、ジークの体に傷は残っていなかったのだ。それも、傷跡すら。

 治った痕すらなく……冒険者の体は、まるで最初から傷など負っていないかのような状態であった。


「……一体……何が?」


 自分の身に起こっている事柄、そしてその置かれている状況に理解が追いつかないジーク。その姿を、黙って見ている少女……バハムート。


「……なぁ……竜娘・・

「ふん。もっとマシな呼び名にせい」

「……お前、本当に──あの、ドラゴンなのか?」


 ジークはそう言うと──部屋の中にあるインテリアを指さした。赤色の髪の少女がそれを目で追うと……男が指しているのは、壁に掛けられた一枚の絵だった。

 それは、特に有名な画家の著作というわけでもないし、目に入れただけで心を奪われるような優れた名画というわけでもない。


 そこに描かれていたのは……空。そしてそのキャンバスを飛ぶ、蛇のような姿をした存在。厳めしい頭部を持ち、長い尾をしならせ、背から生える二枚一対の巨大な翼を持っている……“ドラゴン”。


 ドラゴニアに伝わるおとぎ話を題材にした絵画がそこにはあった。かつて存在したとされるドラゴン。世界を見守るとされる彼らが描かれたもの。


「……」


 自称ドラゴン少女の正体を問うジークの眼差しは、至って真剣なものだった。それを見た“バハムート”は、一瞬考える素振りをしたあとで、ため息を吐いて口を開く。


「……そんなに妾の正体を疑うのならば、この場で“竜の炎”を吐いてやろうか?」

「……はぁ。分かったよ。それは流石に遠慮したいからな」


 一向に冗談交じりの言葉で返してくるバハムートに呆れたのか、今度はジークがため息をつき、ベッドから立ち上がる。


「それじゃあ、妾は外で待っておるぞ」

「……おい。まさかまだ付いてくる気か?」

「……何か問題でも?」


 そう言って、無邪気に笑いながら少女は外へ出て行く。ガチャン、という音と共に、部屋は静寂に包まれた。


「……はぁ」


 冒険者は服を着ながら……またため息を吐く。


「……これ、新しく買わないとダメだろうなあ……」


 ジークが手にしていたのは、いつも旅人用の服の下に着込んでいる、軽装の鎧。重くもなく、それでいて“それなり”に丈夫ではあったのだが……“アリア”の攻撃によって、その鎧は見事に引き裂かれていた。


 そう──その下にある体が、とても無事では済まないレベルで。


「……ったく。とにもかくにも……ギルドに報告しないと」


 そうこうしている内に着替え終わったジーク。折れている剣を腰に身につけ、部屋の中の荷物を取って外へ出る。

 彼が手にしている袋の中には、先ほどの果実が入っていた。


「支度は終わったのじゃな?」

「ほらよ」

「? ……おわっ」


 ジークは──果実の入った袋を少女へ軽く投げる。


「俺はあまり果物が好きじゃ無くてね」

「──おや、そうかい」


 そんな冒険者の肩を……ぽんと叩く人物が一人。少女が果実にかぶりつくのもお構いなしに、その女性はジークへ話しかける。


「……め、メアリさん」

「全く。夜中に街を歩いてる人影を見たら、小さな女の子がジークくんを背負ってるもんだから。もう驚いたさ」


 そう言って──この宿の店主メアリは、近くにある机に腰をかける。


「……すみません。迷惑かけたみたいで」

「いやいや、いいんだよ。いや……それよりも、ね」


 そう言って……女将はある一枚の紙をジークへと差し出した。堅い言葉遣いの文章がずらっと描かれている紙。

 そこに描かれている情報は──。


「……おいおい、勘弁してくれよ……」


 ──フォル村襲撃の件に関してヴァリア王国騎士団より伝達事項があるため明朝広場に集まられよ──という、ヴァリア王都民への呼びかけの紙だ。考えるまでも無く、お触れを出したのは騎士団だろう。

 ドラゴン少女がすれ違ったという騎士団の調査結果が王都まで回ってきた……ということかもしれない。


「……いろいろありがとな、メアリさん」

「ふふ。いいってことよ」


 ひとしきり書いてあることを確認した冒険者は、未だ椅子に座って果実を頬張っている竜娘の肩を揺らして出入り口へ向かう。


「行くぞ」

うふうむわかっひゃわかった

「口の中の物を飲み込んでから喋れよ……」


 そう言われたバハムートは、勢いよくその場から立ち上がり──ジークの後を続くようにして外へと向かう。


 外の光が彼らを出迎えた……と思うと──ドラゴン少女がジークの手を引き、街のどこかへと走り去ろうとしていた。

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