5+6.魔物の軍勢、“魔軍”
至って平凡な冒険者ジーク。彼はフォル村の遺跡で出会った自称ドラゴン少女“バハムート”と共に、村へ一泊していた。
だが──村は人の寝静まる夜に魔物の襲撃を受けた。家屋は焼かれ、道は荒らされ、昼間の牧歌的な雰囲気は見る影もない。
そんななかで平凡冒険者は、お人好しか──あるいは死にたがりか、住民の捜索を行おうとする。バハムートとも別れ、独自に探索をしていた男だったが──。
「……何だ?」
生き残りを探しているジークは、自らの居る場の雰囲気が変わっていくことを、本能的に感じていた。言葉では表現できないような、肌寒さ。
まるで、バハムートの言う“嫌な予感”が、形を帯びて周囲に伝播していくような……錯覚。
「……」
男は息を呑んで、今にも倒壊しそうな家屋から出ようとする。そして──“嫌な予感”の主をその視界に捉えた。
「──あらあら。あらあらあらぁ?」
とても場に似つかわしくないであろう妖艶な声が、滅びかけの村に響く。ジークが目にしたのは……村の中央で娼婦のような姿をしながら“人間の首”を持つ……魔物の姿だった。
だが……“魔物”と言っても、ドラゴニアで一般的に見かけるようなものではない。
その姿は、二本の脚と腕を持ち、一つの頭で物事を考える……さながら“ヒト”のような姿だった。
「……なっ」
今まで見たこともない“人型の魔物”の姿に戸惑うジークに対して、その魔物は好奇の目で男を見る。
「あらあら……まだ残ってる人間が居るじゃないの。あのコ達、あとでお仕置きねぇ」
「──っ」
ふざけているような物言いだが、それを口にする魔物の顔を見て、ジークは急いで建物から出る。
恐怖。生気の無い人の頭を持つ魔物の、あまりに常識離れで無邪気な笑顔に、平凡冒険者は今まで感じたこと無いような恐怖を覚えた。
「……何者なんだ……魔物か?」
「あらあらぁ? いきなり斬りかかってくるものだとばかり思っていたけれど……ずいぶんと律儀なのねぇ」
頭からつま先まで警戒を張り巡らせるジーク。腰に着けた剣を握る手は……震えている。
「お前が……この村をやったのか」
「……? えぇ。見て分かるでしょう? 聞かずともね」
「……クソッ」
“当然だ”と言わんばかりに悪びれもせずに答えてみせる魔物に、冒険者は思わず言葉を漏らす。
だが……それでもなお、人型の魔物は怯えるジークを面白がる目で見ていた。その手に握られていた“人間の頭”を放り捨てて、すたすたと男の方へと歩いて行く。
「あらあら。威勢が良いわりには臆病なのねぇ? かわいい坊やだこと」
「……魔物のくせに口が立つヤツだな」
人型の魔物は、満面の笑みで……震える男の姿を見る。まるで……小動物を見る捕食者のように。
「ふふっ。よく言われるの。“お前はそれさえ無ければ”ってねぇ」
「あぁ。そう思うよ」
「あらあら。酷いわねぇ──」
──瞬時。周囲の燃える炎が、突如生まれた“空気の流れ”にかき消される。そして……ほんの少し遅れて、甲高い金属音が周りに響いた。
「……あらあら……へぇ」
“空気の流れ”の元は……人型の魔物がジークの目の前へ“瞬間移動”した際に生まれたものだ。
魔物の手が──男の首へと伸びる。ジークの首は、先ほどまで魔物の居た場所に転がる“頭”のように……なることはなかった。
「──これでもこっちは“冒険者”なんでね」
魔物の手刀を防ぐ……剣の刃。それは、平凡冒険者の腰から抜かれたモノだった。その光景を、人型の魔物は“あり得ない”といった
「……剣を扱えるのねぇ」
「そりゃあな。ただの飾りを身に着け続けるほど馬鹿じゃない」
ジークは手に握る剣を弾く。彼は確かに、簡単な依頼をこなして日銭を稼ぐ平凡冒険者だ。だが……それでも、魔物との接点がゼロというわけではない。あくまでも……可能性が低いと言うだけだ。
真正面から戦う……なんてことをこの男が経験することは無かったが、それならそれで、不意を打つためだとか、背後から闇討ちをするだとかで、独自の剣術を磨いていた……ということになる。
「ふふっ。ふふふ」
「……おい。急に何だよ」
後方へ飛び退いた魔物は笑い──。
「──ッ!」
再び男へ飛びかかった。大地を蹴り、土埃が舞う。先ほどのように、“一撃で仕留める”為の技ではない。
その手刀を巧みに用いて、本物の剣のように扱いながら、ジークへと斬りかかる。
「っ!」
「あらあら……一気に余裕が無くなったわねぇ?」
魔物の言うとおり──一気に押されるジークの顔からは先ほどのまでの少しの余裕は完全に消え失せていた。
それでも、人型魔物の攻勢の手が止まることは無く──剣と手刀が重なる金属音は、更に回数を増していく。
「ほら──そのままだと死ぬわよぉ?」
戦闘の最中に喋る魔物に、言葉を返す余裕もない。ジークは意識の全てを目の前の戦いへと向けるが……戦局は圧倒的に、魔物の側へと傾いていた。もはや、覆すことが難しいほどに。
「──クソッ!」
──キンッ! という、今まで以上に甲高い金属音。それが示すのは……冒険者の持つ剣が“折れた”という事実。
「しまっ──」
「──」
ジークの判断が一瞬遅れる。それは魔物の“隙”となった。防ぎきれなかった手刀という刃は──男の体を斬り付ける。
血。鮮血が散る。炎に照らされた深紅の血が宙を舞い、地面へ零れていく。
傷自体は浅いが、胴体に斜めの切り傷が付いたジークは、言葉を発することもできずに、その場に倒れ込んだ。重く鈍い音が鳴る。
「ふふっ。ふふふ。やっぱりこの感覚、忘れられないわねぇ……」
そんな、地面に倒れる冒険者を前にして……魔物は自らの血まみれの手を恍惚とした表情で眺める。そこからこぼれ落ちていく血を……舐めながら。
「……ぅ」
かろうじて、冒険者は手を動かす。朦朧とした意識の中で、死に抗うかのように。しかし、“死”はその姿を見て、再び……手刀を構える。
「さようなら、“ただの冒険者”さん?」
──再び手刀が振り下ろされる。今度は仕留め損なわないよう、的確に首という急所を狙って。
「──ッ」
冒険者に再び襲いかかる“死”。しかし、その“死”は……止められた。
「……は?」
魔物の呆気にとられた声が響く。それは……自らの“手刀”を握る、もう一つの手を見て。人型の魔物は、振りほどこうと手を引っ張るも、それが離れることは無かった。
圧倒的な力。それに加えて、肌を超え、肉を焼くような熱。
「──のう、魔物よ。この人間には少し借りがあるでな」
「……あらあら。どちら様かしらぁ?」
その魔物の声を聞いて、その手を握る“少女”はにやりと笑った。そして……その口を開く。
「なんじゃ。忘れたとは言わせぬぞ?」
「……本当に覚えがないのだけれど」
少女──竜の少女は、魔物の顔をまっすぐ見る。
「わらわの名は──バハムート。人の子が生まれる遙か前、貴様ら“魔物”を根絶やしにした竜の神じゃ」
──滅び行く人間の村で、魔物とドラゴン少女の戦いが始まろうとしていた。
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