4.竜の力

「……?」


 とうに陽は落ち、街の光も消えゆく真夜中のこと。疲労もあってか倒れるように眠ったジークは、中途半端な時間帯に目を覚ましていた。

 まだ瞼が開ききっていない状態で、冒険者は霞んだ視界を動かす。


「……何だこの……変な臭いは」


 思わず彼は顔をしかめる。鼻孔を刺激するこの世のものとは思えない臭いが、宿の一室に充満していた。

 ジークが眠ろうとしていた時とは、明らかに状況が違う。おまけに……。


「あいつ……どこへ行ったんだ」


 例のフォル村の遺跡から、無理矢理くっついてきた、自称ドラゴンの少女。まるで先日のしつこさが嘘であるかのように、部屋からその姿を消していた。

 そうこうしている内に、ジークの意識がはっきりとしてきた。と、同時に彼は目にする。とても──信じることのできない光景を。


「──なっ」


 部屋に付いている窓。ドラゴン少女が開けっぱなしにしていったのか、外の様子がはっきりと分かる。だからこそ──すぐに冒険者は気がついた。そして、今自分が嗅いでいた、不快な臭いが何であるのかも。


「──っ」


 冒険者は急いで身支度を済ませて部屋を出る。その目に映った──燃えさかるフォル村の光景を背にしながら。

 あらゆる物が焼けていく臭い。それが、不快な臭いの原因だったのだ。建物や、道具。そして……人間。


「だ、誰か! 誰か居ないのか!」


 静かな宿の中へ、冒険者の声が響く。だが……返事が返ってくることは無かった。彼の声の後には、炎の燃えさかる音だけがむなしく鳴るのみ。

 ジークはそのまま宿の一階へと下る。すると……。


「なんじゃ、起きるのが遅いのう」

「お、お前……」


 瞬間。ジークの頭にあることがよぎる。街を燃やす炎。そして……目の前に居る少女が自称ながらも“ドラゴン”を名乗っているということ。

 ドラゴンは、確かにおとぎ話の中の存在だ。だが──もし本当にそれが実在して……それがこの少女なのだとしたら。


「先に言っておくが。わらわは無節操に自らの力を行使するような者ではないぞ」

「……じゃあ誰が──って」

「ふん。そっちの方が可能性が高かろうて」


 冒険者の脳内に浮かんだのは……“魔物”の二文字。だが、フォル村はヴァリア王国からもそう離れておらず、街を守る騎士も居る。

 そんな簡単に魔物に落とされるような村じゃない……そう考えるジークだったが。


「全く。少しは頭を柔軟に使ったらどうじゃ。仮に、そうじゃな。三下の魔物を率いる“リーダー”が攻めてきたとすれば」

「……」


 その場に沈黙が流れる。


「……行くぞ。まだ生きてる奴が居るかもしれん」


 冒険者の言葉がその沈黙を破る……が。それに対する“バハムート”の返答は冷たいものだった。


「無駄じゃ。いずれにせよ、もう皆死んでおる。おそらく、逃げようと外に出た者を狙っておったのじゃろう」

「……」

「皮肉にも、わらわ達は寝ぼけておったおかげで助かったということじゃ」


 宿屋の一階にある椅子に腰掛けた少女がそう告げる。確かに──現状を鑑みれば、彼女の言葉は正しい。“人間”を殺すということ自体が生きる目的である魔物が、みすみす逃げようとする者達を逃すはずもない。

 だが……それでも。


「悪いな。それでも、生きてる奴がいる“かもしれない”。なら俺は……助けに行くよ」

「……なんじゃ、お人好しなヤツめ。……ほら」


 すると……少女は椅子から立ち上がり、ジークの横を通って出口の方へ行く。


「手を貸せ」

「……? あ、あぁ」


 困惑する冒険者の手の上へ、小さな丸い“球”が渡された。


「何だよ、これ」

「竜の力を込めた“丸薬”じゃ。一つ投げれば千の魔が息絶える。何かあればそれを投げよ」

「……物騒すぎやしないか」

「人には効かぬよ。安心してつかうが良い」


 “そう言う話じゃ無いんだが”とだけ言うと、その“球”を腰に着けた小さな袋へと入れて、ジークも出入り口へ向かう。

 扉越しに熱が伝わる。立っていられない、というほどの熱さではないが、ジリジリと肌が焼けるような錯覚を覚えそうなほど。


「……開けるぞ」

「うむ」


 ジークは、恐る恐る少し震える手で、扉を開く。そこに映し出されていたのは──先日とは異なる、おぞましいフォル村の様子。


「……おいおい。勘弁してくれよ」


 ジークがフォル村を訪れた際の牧歌的な雰囲気はもはや消え失せ、“地獄”を体現するような光景が、彼の目の前に広がっていた。


「……酷いのう」


 冒険者の横に立つドラゴン少女も、その凄惨な様相に思わず言葉を漏らした。家屋は燃え、道ばたに人の死体が転がっている。そんな地獄。


「……っ! 隠れろ!」

「な、なんじゃ……おわっ!」


 咄嗟のことだった。視界の端に魔物の影を捉えたジークは、少女の首根っこを掴んで物陰へ身体を隠す。


「おいおい……」


 冒険者の判断は正解だった。なぜなら……姿を現した魔物は一匹だけでは無かったからだ。角の生えた四足歩行の真っ黒な姿や、前傾姿勢の二足歩行の魔物、翼を持って中を浮く魔物など、様々なおどろおどろしい魔物が歩いている。


「一体何を……」

「生き残りの捜索じゃろう。……全く、用心深いことじゃな」

「……言ってる場合かよ」


 魔物の群はしばらく周囲を見回したかと思うと、すぐに村の別の場所へと移動していく。ああやって、人間を探しているのだろう……と。


「バハムート。お前は別の場所を探せ」

「なんじゃ、別々に行動するのか? 危ないと思うがの」

「そうでもしないと村の中を探しきれないだろうが」


 そう言われた少女は、ひとしきり考え込んだ後、


「分かった。何かあればすぐにわらわを呼べ」

「はいはい。分かったよ」


 二つ返事でジークは返し、その場で少女と別れる。隠れながら進む少女の姿が物陰に消えていくのを確認したあと、ジークは周辺の建物の捜索を開始した。


 そんな二人の姿を──ある“魔物”が見ているとも知らずに。

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