3.魔の者たち
「……なんでこんなことになってるんだか」
「なんじゃ? 妾に愚痴を言っても仕方なかろうて」
「……正論を言うなよ」
ここはフォル村。そこにある遺跡の中を歩く男と、一人の少女。その姿は、平凡な冒険者であるジークと、“自称”ドラゴンのバハムート。
ジメジメとした暗がりの中を進む二人だが、ドラゴンを名乗る少女は口数が多かった。
「妾も一緒に探してやったろう? この洞窟には誰もおらんかったではないか」
「それはそうだが……依頼の内容と食い違う」
そう言った平凡冒険者だったが、その男の一歩前に赤色の髪の少女が進み、口を挟む。
「ふん。面白い奴じゃのう。己の目より紙切れ一枚に書かれた
ジークは……否定も肯定もしなかった。返すべき言葉が浮かばなかったからだ。依頼を疑うわけじゃない。しかし、少女の言い分も理解できる。
彼らは隅々までこの洞窟を探索したが、あったのは迷い込んだであろう小動物の死骸と、苔むしる狭く湿度の高い空間のみ。
「……はぁ」
暗い通路にため息が響く。おかしな依頼に、謎の少女。ひっきりなしに起こる異常な事態にジークは疲れていた。
だが……ドラゴン少女がそれに配慮するはずも無く。
「なんじゃ、辛気くさいやつめ。ため息をすると幸福が逃げるぞ?」
「……ドラゴンが迷信を信じてんのか」
そこで再び──少女の歩みが止まる。それに付随して、ジークの脚もその場に停止した。“バハムート”は冒険者へ向き直り、その水晶のように透き通る橙色の瞳で男を見つめる。
「当然であろう? なにせ妾は──“ドラゴン”じゃからな」
論理もロジックもない、支離滅裂な言動だった。少女が“バハムート”である証拠も、ドラゴンである証拠もない。ただの自称竜少女。
しかしそれでも──。
暗闇の中で、まっすぐ視線を向けられたジークは……まるで、その瞬間だけ時が遅くなるような、不思議な感覚を感じていた。
・
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「……結局ここまで付いてきたのか」
「お主は妾が付いていくという申し出に返事をしなかったではないか。ならば、どうしようとこちらの勝手であろう?」
「……そうかい。本当に“勝手な”奴だぜ」
ジメジメとした“遺跡”から脱出した二人。周囲の景色は既に暗く、あまり出歩くのはよろしくない時間帯だ。
空を見ることができない空間に居たからか、ジークの想像していたよりも時間の流れは速かったようで、天高く昇っていた筈の“陽”は、いつの間にか水平線の下に沈んでいた。
ヴァリア王国周辺は魔物が出ない……というのは陽が昇っている際に限ったことで、夜となれば話は変わる。
巡回する騎士の数も減り、街道沿いを武装した人間が歩くことも少ない。まさに、“魔の者”達にとって、これほど“表”に出てくるのに適した状況はないだろう。
ジークは実戦の経験もないが、“夜に出歩くべきでない”ということは知識として理解していた。そのため今の彼らは……フォル村の宿屋を訪れ……ようとしていた。
「お前、“コレ”持ってんのか?」
木造の扉の前で、冒険者は少女へ話しかける。革の手袋を着けているその手の平には、“小さな水晶”が入った小袋があった。
クル。ドラゴニアにおける天下の回り物。騎士だろうが村民だろうが、これが無いと何もできない。
もちろん、宿に泊まるのも無料というわけにはいかない……のだが。
「なんじゃそれは」
「……おいおい。流石に世間知らずで済ませられるものじゃないぞ、それは」
だが……ジークが自称ドラゴンの顔を覗くと、本当に自分が持っているものを不思議がっている様子だった。
「……はぁ。分かったよ。一泊だけ出してやる。後で返せよ」
「ふふっ。感謝するぞ? お主」
「へいへい」
なんとか二人分の宿泊費用はありそうな小袋を握り、男と少女は宿の中に入る。中は村らしくこじんまりとしていて、談笑している宿泊客も二人程度。
まぁ……繁盛しているとは言いがたいが、宿泊できるのならば問題ないだろう。
「あぁ、すみません」
ジークは受付に行き、テキパキと手続きを済ませる。少女が腕を組みながら面白そうに眺めていると、あっという間に冒険者は鍵を受け取った。
「ほら、行くぞ」
「うむ」
ガチャン。部屋の扉が閉まる。内装はそれなりで、数泊する分には特に問題なさそうな感じだ。ここで休むのならば王都まで行った方が早い気もするが、疲れた商人や冒険者にとっては休息の地となっているのだろう。
「……ふむ」
部屋に入り、寝る支度を始めているジークとは対照的に、ドラゴン少女は部屋の窓から外を眺めていた。特に綺麗な景色が見えるわけでもなく、ただ小さな光に村が照らされているだけなのだが。
だが、平凡冒険者には、少女が顎に手を当て考え込むような素振りをしているのが、どうしても気になった。
「何か見えてんのか、それ」
「いいや。面白いかと言われればつまらぬ光景じゃ。ありふれた、な」
「……物好きなドラゴンだことで」
少女は外を見ながら続ける。
「お主、何か……気配を感じぬか? 悪寒のようなものでもよいが」
そう言われたジークは、突然何を言い出すのか、と困惑した表情をしつつも言葉を返す。
「……特にはないが。まさか、何かが居るとでも?」
「確かなことは言えぬな。まぁ……大丈夫じゃろうて」
冒険者はいつものようにため息をついて、床に敷いた寝具へ横になる。変な所で律儀というか、勝手に付いてきた少女に、彼はベッドを明け渡す。
「じゃあな。俺は寝る」
そう言って、ジークは瞼を閉じて暗闇の世界に入る。
「──ありふれた光景じゃが……そう言える時が一番良いのかもしれぬのう」
そんな、思わせぶりなドラゴン少女の言葉を、意識が消える狭間で聞きながら。
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