2.赤色の髪の少女
至って平凡で普通な“
メアリの営む宿を後にして、冒険者の
「……何だ? 依頼者の名前が……書かれていない?」
カウンターで依頼書を受け取ったジークは、ギルド内にある小さなテーブルでその内容を確認していた。
彼の手の中にある紙から得られる情報は、ほんの僅かなものであった。
普通の依頼ならば、誰が依頼したのか、何をするのか、どうすればいいのか、といったことが事細かに書かれているものだ。依頼した人間としても、問題の解決を願って依頼しているのだから当然ではある。
だが……ジーク受けた依頼にあったのは、ただ一言だけ。
「人探し。フォル村の祭壇」
これだけだ。たったこれっぽちの情報しか、冒険者には与えられていない。
「……おいおい、全く……」
とはいえ、
「……フォル村に行ってみるしか無いか」
ジークに今ある手がかりは、依頼書に書かれた“フォル村”というワードだけ。だが……その村の名前を目にして、男は更にこの依頼を怪しむ。
「……ったく。あの村に何があるっていうんだ」
冒険者は椅子から立ち、
そのため、めったに“魔の者”が出ることも無く、村の様子は平和そのもの。おまけに、農作物でヴァリア城下町と交易を行う関係でもある。
そんな村での依頼と来れば、普通の者ならば手間もかからず危険も無い、最高の依頼だと感じるだろう。だが──この男は違った。
「……頼むから、変なことだけは起きないでくれよ」
ジークは、冒険者の本能なのか──どこか嫌な予感を感じていた。そしてそれは──確かに的中することになる。
・
・
・
「……っと。相変わらずのんびりしている村だな、ここは」
かくいうジークも、この村に訪れたことは片手で数えられる程度しかない。それでも、一目に広がる小麦畑に、そこに水を供給する風車、周囲から聞こえる動物の声。
そういった様々な要素は、ヴァリア大陸が魔物に襲われているという事を一瞬忘れさせてしまう。
「さて、と」
フォル村に入り、周囲を見渡すジーク。そんな様子を怪しいと思ったのか、あるいは珍しい客人だと思われたのかは定かではないんが、挙動不審な冒険者へある村人が声をかけた。
「おやおや、お客人とはめずらしい」
「ど、どうも」
突然のことに、冒険者男は少したどたどしくなりながらも、返事をする。彼に声をかけたのは、老人……とまではいかないが、それなりに年を取った男性だった。
「冒険者と見えますが……」
「えぇ。少し用事がありまして」
「はて? フォル村にですか? 依頼を出したとは聞いておりませんが……」
困惑する村人へ、ジークはそれとなくぼかしながら説明をした。そして、冒険者がこの村へ来た理由を聞くと、村人は顎に手を当てて考え込む。
「祠……ですか」
「はい。そういった昔の遺跡を探しているんです」
「……うぅむ。覚えがあるような無いような……」
村人はひとしきり思考を巡らせたあと、何かを思い出したかのように、悩んでいた顔をぱっと上げる。
「おぉ。思い出しましたぞ。少し待っていてくだされ」
「分かりました。ありがとうございます」
そう言って、初老の男性は村の住宅の方へ走っていく。その姿を追いかけるジークの視界に──ある存在が映った。
まるで影のような“それ”は、その真っ黒な身体を一瞬現したかと思うと、すぐに消えていってしまった。
「……魔物……いや、あんな異質なヤツは聞いたことがない」
魔物といえど、千差万別。様々な特徴を持った者が居る。しかし、“影”のように黒く、瞬時に姿を消すことができる魔物というのは、ジークの聞いたことのないものだった。
「……新種か? だが……それなら
先ほどとは反対に、ジークが頭を悩ませる。自分が見たのは魔物では無いのか。いや、あれはただの見間違いではないのか──そう逡巡している間に、村人が戻ってきていた。
「いやいや、お待たせしました。ありましたよ……これが」
「……拝見します」
ジークは村人から、見るからに古そうな書物を渡された。そこに書かれていたのは……図。もっと言えば、地図だ。
「……フォル村の地図ですか?」
「えぇ。そして……右上のところです」
村人が横から指を指す。そこには、なにやら幾何学的な模様が記されていた。
「これが……そうなんですか?」
「はい。今ではほとんどの村人が忘れてますがね。……古くからある遺跡ですよ」
ジークは村人へ地図を返した。そしてその脚で遺跡へ向かおうとするが……それを村人が呼び止める。
「あぁ。気をつけた方が良いですよ」
「……なぜです?」
「いやはや、なんでもそこはね──」
村人は、自然と……顔を強ばらせる。
「──気味の悪い“祭壇”があるって話なんですよ」
・
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・
「……気持ち悪いな」
冒険者ジークは、暗い場所をランタン一つで進んでいた。フォル村の遺跡。その内部を、手探りで歩んでいく。
中は長い間手入れされていないのか、壁には苔が生え、湿気と熱さで倒れそうになるほど劣悪な環境だった。
蝙蝠が飛び、ネズミが走る。衛生的にもあまりよろしくない場所。
「……気味悪いぜ。全く」
唯一幸いなのが、魔物の類いが一切居ない、ということ。こんな暗がりで襲われたら、どれほど手練れの人間でも傷を負うのは必至だろう……と。
「……何だ?」
遺跡を歩くジークは、壁から少量の光が漏れ出しているのを見つけた。ある意味では、暗闇が役に立ったのだろう。
「ここの奥……か?」
ジークは、光の漏れ出す壁を叩く。反響音からして、奥には空間があるようだった。だが……今の冒険者男は、とても壁を破壊できるような爆発物を持っていない。
「……? ここだけ苔が生えていない……?」
冒険者は、そのまま壁へ手を当てる。すると──。
「うぉっ」
ゴゴゴッ、という何かが動く音が、まず彼の聴覚を襲った。そして、それに伴う衝撃が彼の身体を襲う。
一瞬だけふらついたジークは、すぐに姿勢を戻すと、あることに気がついた。
「……おいおい」
自分が手を突いていた壁が消えている、ということ。そして──その先に、広い空間が待ち受けていた、ということ。
「……」
ジークは恐る恐る、静かに足を踏み入れた。そのまま、部屋の中を歩く。この場所はどうやら“祭壇”のようだった。
中心には巨大な石碑が鎮座し、その周囲を六つの石碑が囲っている。
「……すごいな」
その光景に、彼は思わず圧倒されていた。石碑もそうだが、この場所に流れる厳かな雰囲気を、男は確かに感じ取っていた。
ジークは息を呑み……真ん中の石碑に手を触れようとするが──。
「──なんじゃ、礼儀を知らぬヤツじゃのう」
「……っ」
こんな場所におよそ似つかわしくないであろう、少女の声。それを聞いたジークは、剣の柄に手をかけて周囲を警戒する。
「消えた……?」
しかし、彼の視界には声の主の姿はない。先ほどと同じように、石碑が並び立っているだけ。
「ほれ、こっちじゃ」
その声と共に、ジークの頭に小石がぶつかる。当たったのは頭の上だ。つまり──少女の居場所は。
「……何者だ」
「ふん。汝の方こそ何者じゃ。人様の墓を不躾に暴きおって」
「墓だと?」
その少女──赤色の髪をした少女は、“石碑の上”から飛び降りた。姿勢一つ崩さず、正確に着地して。
「……なんじゃ。本当に分からぬというのか?」
「……そうだな」
「はっ。正直なヤツじゃのう」
その少女は──ジークの方へ近づいてくる。そのまま、細い指で冒険者を差し、その口からこう告げたのだ。
「よいか? 妾の名は──バハムート。七つの天を支配した
「……」
得意げに言った少女──バハムートとは違い、ジークは相変わらず冷めた目で彼女を見ていた。
「ドラゴンだって? ……おとぎ話の中から出てきたとでも? バカバカしい」
「……何じゃと?」
「悪いな。こっちもお前に付き合ってる暇はないんだよ」
ジークは、その場にドラゴンを自称する少女以外に何も居ないことを確認すると、その祭壇を後にしようとする。
「じゃあな。こんなとこで遊ばずに村に帰れよ」
「……そうか。なるほどのう」
面倒事の予感を感じたのか……冒険者は早足で祭壇から離れようとするが、それをドラゴン少女が呼び止めた。
「──の、のう? どうじゃ? この美少女であるバハムートを連れて行く、というのは?」
「ッ!」
間髪入れずに……ジークは脚を高速で交互に出し、目にもとまらぬ早さでその場から逃げ出す。そして──。
「なっ──ま、待つのじゃ! 人間っ!」
置いてけぼりを食らった少女は、冒険者の後を追いかけていた。
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