平凡冒険者は自称ドラゴン少女を拾う ~かつて世界を制した竜との旅~

めんてて

1.ある冒険者の話

 ここはドラゴニアと呼ばれる世界。ある日、前触れも無く現れた──魔物という存在に、この世界の人間達は脅かされていた。

 どこから来たのか、目的すら分からない存在。人々は恐怖し、ドラゴニアに暗黒の時代が訪れるかと思われた。


 しかし──そうはならなかった。ある辺境の村で、勇気ある民が少数の魔物相手に反旗を翻し、これを下したのである。

 魔物が支配しようとする中で、勇気をもって立ち上がった者達。彼らのおかげで“人間に魔物は殺せる”という事が周知された。


 そして、魔物を狩る者達を勇気ある者──勇者ゆうしゃと呼ぶようになったのだ。



「……こんなもんでいいかな」


 ドラゴニアの中でも強力な騎士団を有するヴァリア王国。彼らのおかげか、この王国を擁するヴァリア大陸では、街や街道に強力な魔物が出現するというのは希である。

 だからこそ──緑生い茂る大地で、ただ薬草を採って日銭を稼ぐだけの彼のような“冒険者”も、決してヴァリアでは珍しくない。


「……えーと、依頼書に書かれてある数は……満たしてるな」


 ヴァリア大陸にある、薬草の群生地。そこに立つ、一人の男。身には旅人用の服を纏っており、その下に軽い鎧を着込んでいる。

 腰に帯刀している剣は、ごくごく一般的な鉄のつるぎだ。特筆すべき事は無い。強いて言うのなら、新品同然の美しい状態である、ということだ。


「よし。じゃあ帰るかっと」


 彼は手に持っていた羊皮紙を腰の小型の鞄へとしまい込み、後ろを向いて歩き出す。その先には街道が見えており、行商人や馬車が通っていることがうかがえる。

 このような時勢ではあるが、商売が潰えることは無い。むしろ、彼らが雇う私兵も、街道沿いの魔物の殲滅に一役狩っている、という背景もある。


「……んー。良い風だな」


 袋に詰めた薬草を持つ冒険者へ、風が吹き付ける。サァーという音と共に、足下に広がる一面の草原が右へ左へと、振り子のように動いた。

 男は、その草を踏みしめながら、その視線の先にある──堅牢なヴァリス王国へと向かっていく。


 冒険者が街道沿いへ出ると、馬が馬車を引く音がより一層強まる。それに伴って、商人達の話し声も増えてきた。

 とても、人類が魔物に脅かされているとは思えない光景だった。ここだけ切り取れば、まさに平和そのものと言った感じだ。


 彼の耳に入る話し声。その中のある会話。


「……いやぁ、ウチは薬屋なんですがね? 材料が取れる場所に初めて魔物が出たってもう大騒ぎで」

「……いやはや、ここらもいよいよ、ですかなぁ。シュテルクへ渡る時が来ましたかな?」「いやいや、勘弁して下さいよ。いくら何でも“帝国”だけは」


 その後も、冒険者と併走する馬車からは、そんな会話が聞こえてくる。それを耳にした男は、特に驚くこともなく、ただ歩を進めていた。


「……魔物ねえ」


 ふと、彼がぽつりとそんなことを呟く。冒険者の剣が新品同然なのには理由があった。彼は──魔物と剣を交えたことが無いのだ。

 行動半径は王都の周辺。おまけに、採取や人探しなど、簡単な依頼ばかり。とても──“勇者ゆうしゃ”と呼べるような存在では無い。


「……はぁ」


 男はため息をついて、早足になる。そしてあっという間に、王都に入るための城門へと到達した。


「なんというか、いつ見ても凄いな、ほんと」


 冒険者が、その門を見上げて思わず言葉を漏らす。だが、それも無理は無いだろう。ヴァリス王国は、四方を魔物への対策として囲っている。空を飛ぶ有翼型の魔物ですら、簡単に内部へ侵入することはできない。


 その姿は、まさに“城塞”だ。そして、どんな魔物を寄せ付けないからこそ、ここでは安心して商売ができる。ゆえに、多くの商人が街道を利用している。


 ひとしきりその様子を眺めた後、街へ入ろうとする男だったが……。


「止まれ」


 無機質な声がその足を止める。城門の傍らに併設されている通行所。ヴァリス王国へ入国できるのは、通行証を持っている人間だけだ。

 まぁ、こんな世界で、無秩序に民を受け入れれば、いずれ国が許容できる限界を超えてしまうだろう。


 衛兵は、少し驚く男の顔を見ると、先ほどまでの強面顔とは対照的に、まるで知り合いにでも会ったかのような柔らかい表情になった。それもそのはず。


「……おぉ、何だ。ジークじゃないか。また依頼に行ってたのか?」

「まぁ、そんな所だよ。ルーク」

「ははは。お疲れ様、ってところだな。……ほら」


 そう言った衛兵は、何かしらの文章が書かれた紙を冒険者──ジークへと手渡す。男はそれを見ると、


「いつもありがとな」

「いやいや、良いってことよ。冒険者ジーク?」


 男は、街へ入りながらも、ルークという名の衛兵へ手を振る。彼が渡した紙は、通行許可証だ。

 顔なじみで知らない仲ではない……ということで、諸々の手続きを飛ばしている。問題が無いと言えば嘘になるが。


「……あとでちゃんと礼を言っとくか」


 そう呟く男は、街の賑やかな声に歓迎された。露店の店主が呼び込む声や、街の市民の話し声など、それらは全て活気に満ちている。

 “暗黒の時代”が訪れようとしている、とはとても思えない平和さだ。


「よっと」


 そしてジークは、そんな街のメインストリートから少し外れた場所にあるある建物へ入る。“外れた場所にある”とはいえ、かなり大きい建築物で、人の出入りも多い。

 出入りする人間の格好も、冒険者男に近い服装で、鎧や剣を身につけている、といった様子だ。


 扉を開けるジーク。すると、チャリンチャリンとベルが鳴り、店の奥にあるカウンターに居る女性が、彼へ手を振った。


「お疲れ様です! ジークさん」


 明朗快活な様子で冒険者へと話しかける受付嬢。ジークは挨拶程度の返事を済ませて、依頼の品──薬草の入った袋をテーブルの上へと置いた。


「じゃあ、確認させていただきますね!」


 そう言って、受付嬢は袋を開け、中の薬草を数え始める。そのカウンターは大きく、ジークの右にも左にも他の冒険者が依頼の報告を行っていた。


「……はい。過不足なしですね! 今報酬のクルをご用意します!」

「あぁ。頼む」


 クル、というのは、ドラゴニアにおける通貨だ。特殊な“魔法”によって生み出された水晶で、重みは無く、その色によって価値が変わる。


「……はい、どうぞ!」


 少しして、女性が持ってきた袋。……お世辞も、膨らんでいるとは言いがたい。が、ジークはそれを受け取り、感謝を述べてその場を後にする。


「……まぁ、こんなもんだろうな」


 冒険者の“ギルド”を出て、袋の中身を見るジーク。明日生活できる分はギリギリ入っているが、それだけだ。

 正直な所、冒険者という職業は、命を張る割に実入りは多くない。依頼の斡旋料や紹介料、籍を置くための費用……など、諸々が引かれるためだ。


 だからというわけではないが、特にヴァリス大陸においては、命をかける依頼を行うよりも、ジークのように小粒の依頼で細く稼ぐ方が堅実なのだ。

 はっきり言って、地味で平凡ではある。


「……ま、宿代は払えるな」


 そう言ってジークは歩き出す。今度は、更にメインストリートから離れた場所へと。人通りはまばらで、商人よりも住民の方が多い。

 彼のように物騒な格好をしている者も少なく、いたって普通の住民街といったところ。


「すみませーん」


 そのジークの言葉とともに、ある建物の扉が開け放たれた。中は木造の、こじんまりとした宿のようだ。

 彼の言葉に気づいたのか、出入り口のすぐ傍にあるカウンターへ、中年の女性が裏口から姿を現した。


「おや、お帰り、ジークくん」


 少しふくよかなその女性は、優しげな物言いで冒険者を歓迎した。


「これ、今日のお金です。メアリさん」

「あらあら、いつもありがとねぇ」


 男は、クルの入った袋から、一定の量の“水晶”を取り出し、宿の女将に払う。払われた額からして、相場よりもかなり安い。

 知る人ぞ知る……というものでもないが、メアリと呼ばれる女将が営む宿は、ジークのような冒険者にとって安価で雨風をしのぐことができる良い場所だったのだ。


「もう休むのかい?」

「はい。ちょうど依頼が終わったところですから」

「そうかい。今日は寒くなりそうだ。暖かくして寝なよ」

「……いつもありがとうございます、メアリさん」


 ニコニコした顔で手を振る女将へ礼をして、ジークは二階への階段を上がっていく。そこには五つほどの小さな宿泊部屋があり、彼が寝泊まりしているのは一番奥の部屋。


「……」


 冒険者男はドアを開けた。寝具の類いは整えられており、窓からは冷たいながらも新鮮な空気が入ってきている。


「……ふぅ」


 ジークは息を吐くと、そのままベッドへ寝転ぶ。鎧も脱いでおらず、体も重い状態ではあったが、あっという間に彼は睡魔の虜になってしまった。



 ──ジーク。普通で、平凡。なんてことのない人間。剣を振るったことも無い、落ちこぼれ冒険者。

 だが──彼にとっては、今こそが“特別”な状態であり、もう手に入ることの無い“普通”であった。


 彼はそれを──“ある少女”と出会ったときに悟ることになる。“普通”のありがたみ、というものを。

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