5.世界を脅かす者たち
燃えさかる村の中を歩く──冒険者ジーク。村と言っても、農業が栄えているという背景もあり、一般的なものに比べるとそれなりに大きい。
建物も王都のそれと変わらないレベルの造りで、火が燃え移ろうとも、すぐに倒壊することはなさそうだった。
「……ここも……居ないのか」
顔を手で覆いながら熱さに耐えるジークがそう言葉を漏らす。ドラゴン少女と別れてからというもの、かれこれ数件の住居や建物を捜索してきたが、中に人の姿は無かった。
おそらく──悪魔が荒らしたのであろう──散乱する内装があるのみで、そこに生物の影はない。
ジークはもう一度中を確認したあと、今にも崩れそうな入り口から外へ出る。村中の熱気により蒸し焼きにでもなりそうな冒険者だったが──。
「──あらぁ? あらあらあらぁ?」
目の前に居る“何か”の声によって、ジークの体温が一気に下がる。寒さ……悪寒と言って良いほどの“恐怖”が、彼のの五感を働きを阻害している。
脚は動かず、声も出ない。しかし“目”だけは、その光景をまばたきすること無く捉えていた。
「……っ」
声にならない声が、冒険者の喉を通過する。その目の前に居るのは……“人”だ。だが“人”じゃない。
姿だけを見れば人間だが、頭からは二本の角が生え、背中には翼を生やし、その下からは長い尻尾が生えている。
扇情的な服装。長い髪。そして──ジークを見る、好奇の視線。建物から出た彼を出迎えたのは──人型の魔物だった。
「……誰だ」
ジークは、なんとか声を振り絞る。その様子を面白がっているのだろうか──人型の魔物は口角を上げながら口を開いた。
「ふふふっ。他人に名前を尋ねる時はまず自分から……そうでしょう?」
「……はっ。そりゃ“人”に対するモンだろうに」
「……あらあらぁ」
反抗的な態度を取る冒険者に対して、魔物は笑う。
「それでぇ? 何をこそこそと探し回っていたのかしら? 人間さん?」
「……教えたところでどうなるってん……だ──っ」
人型の魔物の問いに、ジークはまともに取り合わない。それを面白く感じなかったのかは定かではないが──魔物は目のも止まらぬ早さで冒険者の目前へと移動してきたかと思うと、
「私、つまらない存在は嫌いなのよねぇ」
魔物の“手”が──ジークの腹を貫く。血。鮮血。赤色の液体が叫びと共に、身体を下へ下へと伝っていく。
「……くっ……はぁ……っ」
魔物の類いとの戦いを避けてきたジークにとって、初めて感じる痛み。のたうち回りたくなるほどの激痛と、身体が火に包まれているような熱さ。
息が止まらない。呼吸が激しくなっていく。脳内に浮かぶ──明確な“死”のイメージ。
「それで……何を探し回っていたのかしらぁ?」
「……ただの……人助けさ」
朦朧とする意識の中で、ジークは言葉を紡ぐ。それを聞いた人型の魔物は、
「ふふっ! 哀れな人間。他人を助けようとして、自らが死の窮地に陥るなんてねぇ」
「……言ってろ」
ぐりゅっ。冒険者の腹を貫く腕が
「……う……」
「あらあらぁ。“冒険者”とはいえ……この程度なのねぇ。拍子抜けだこと」
人型の悪魔は、倒れるジークの横へ歩いてきて、その鋭い目で男を見下ろす。傷口を脚で踏みつけながら。
「私は──ヴァリア魔軍の将軍“アリア”。哀れな人間。その惨めな姿に見合うように──殺してあげるわ」
「……っ!」
ジークには、もはや腰に身につけている鞘から、剣を抜き出す力も残っていなかった。魔物の手が、自らに向けられる。
死。魔法か何かは分からない。しかし、確実な“死”が、冒険者の目前に迫っていた。
「くそっ──」
ジークが動かない身体から言葉を発した──次の瞬間。
「──なんです?」
小さな爆発音がしたかと思うと、“それ”は魔物へ向けて飛んでいき、すんでの所で人型魔物は後方へと飛び退いてそれを躱す。
そんな、“彼女”の声が向けられた先には──冒険者の知っている顔が居た。
「……お……前」
「……ふん。手酷くやられおって」
自らをおとぎ話の存在である“バハムート”と名乗る、自称ドラゴン少女。先ほどジークとは別行動をとったその姿が、男の前にはあった。
「……なんで、ここに」
「なんでじゃと? 嫌な予感がしたからじゃ。ま。お人好しは面倒事に巻き込まれやすいと言うしの」
「……言って……くれるぜ」
普段のように言葉を返すジークだったが、その声色に力は無く、今にも消え入りそうなものだった。
“バハムート”は、男の傍へと来て、その傷口に手をかざす。
「……まったく。手のかかるやつじゃ」
すると……少女の“手の平”から、暖かな光が漏れ出した。その光に包まれた傷口は、あっという間に塞がる。
その様子を見て困惑するジークだったが、その顔をまっすぐ見て、少女は言う。
「しばらく休んでおれ。わらわに任せるがよい」
「……たの……む」
薄れ行く意識の中、冒険者は瞼を閉じる。そんなやり取りが終わったかと思うと──再び魔物が口を挟んできた。
「あらぁ? かわいい子供ねぇ? あなたも死にに来たのかしら?」
そう言葉を発する魔物。竜の少女は、その場から立ち上がり、魔物の方へ向き直る。
「悪いのう。わらわは外道と話す口をもっておらぬでな」
「……へぇ? 随分と生意気な子供なのねぇ? なら──」
──魔物の姿が一瞬にして消える。先ほどと同じだ。ジークの腹を抉った、いわば“貫き攻撃”。だが、過程は同じでも、結果がそうなるとは限らなかった。
「……は?」
困惑の声を上げたのは……ドラゴン少女ではなかった。魔物の方だ。長い髪を持つ、サキュバスのような人型の魔物。
その理由は単純だった。攻撃を躱されたからでもない。攻撃を防がれたからでもない。攻撃を……“受け止められた”からだ。
手を槍の用にしている魔物の腕。それを……バハムートは掴んでいた。
「……なんじゃ。この程度か」
少女は、ぱっと掴んだ腕を離す。咄嗟に後方へと退く魔物。
「……ありえない」
魔物女の目の前に居るのは──人間の少女と同じ見た目の、ただの子供だ。だが、そんな存在が、自分の攻撃を受け止めた。
受け止めると言うことは、同じ力で相殺し、かつそれを上回る力をもっている、ということの照明でもある。
躱すのでもなく、防ぐのでも無く、“受け止められた”。その事実が、魔物を動揺させる。
「……何者よ、あなた」
「何者じゃと? 分かっておるのでは無いか?」
「……は?」
魔物は目を見開く。少女の支離滅裂な言動に。だが──すぐにそれは、困惑から確信に変わる。確かに、魔物は少女が何者であるかを知っていた。
「──かつて七つの天を支配したわらわ達と争った記憶、忘れたと言わせぬぞ」
「……ッ!」
魔物女は何かを思い出したかのように、背中の翼を広げてその場から飛び去ろうとする。だが──遅かった。
「次は、こちらからゆくぞ」
瞬時。少女の後ろに“影”が現れる。真っ赤で、鱗を持ち、蛇のような瞳を持つ、巨大な影。“顔”だ。
「すぅ……」
少女は大きく口を開き、息を吸い込む。それに呼応するかのように、後ろの頭の“影”も口を開いた。村中の炎を、すべてその口が吸い込んでゆく。
ドラゴン。その姿はまさに、竜の名にふさわしいもの。
「っ! 逃げ切れな──ッ!」
「──滅却の
少女の背後の影の口から、“炎”が放たれた。不思議なことに──その火は建物や、倒れるジークに危害を与えること無く──ただ、魔物だけを燃やす。
その炎に、村全てが焼かれたとき。魔物の姿は嘘のように消え去っていた。
「……逃がしたかの」
少女の目に映るのは、羽根が黒くなりながらも、空を飛んでいく“魔物”の姿。それは、少女が“アリア”を逃したことを意味する。
しかし、少女はそれを一瞥したあと、すぐにジークの元へと駆け寄った。
「……まったく。こんな状況でよく眠れるのう」
空が薄く染まる。もうじき夜が明けようとしているなかで、少女は……。
「王都は……あれか。わかりやすい形じゃ」
遠目に見える、堅牢な城郭。そのシルエットを目指して──ジークを背中に背負い歩き出した。
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