第三話 再開
「もしもし?お母さん?」
夜見月はスマホを耳に当てて話し始める。
俺の迷惑になるかもしれないと思ったのか、部屋の扉の近くまで行く。
「うん。そっか。こっちこそごめんね?」
扉の近くに行ったといっても病室は案外狭いので声は聞こえた。
でも、夜見月のお母さんの声は聞こえないので話の内容は全く分からない。
ごめんなさいと言っていたので喧嘩でもしていたのだろうか。だから電話に出るのをためらっていたのだろうか。
「あのさ、今病院にしてね。男の子に出会ったんだ」
「彼氏って、まだ初対面だよ?あ、まだっていうのはそういう意味じゃなくて......」
どうやら俺の話をしているようだ。特におかしなことも後にめんどくさくなるようなことも話していなさそうだ。
「うん。うん。わかった。早めに帰るね」
電話が終わったようで、スマホの電源を切ってこちらへ戻ってくる。
「そろそろ帰りますね」
仲直りができてうれしいのか先ほどとはくらべものにならないほどの声色と表情を浮かべて俺に言う。
「一ついいか」
「はい何でしょうか?」
俺はこれからのことを考えて、伝えるべきことを夜見月に伝える。
「これからも多分、俺のところ来るだろ?」
「はい。だってあなたのこと死なせてはいけないので」
夜見月は当然の理のように言う。
俺はこの世界はアニメだとずっと思ってきた。
かっこよく言えば、一人ひとりに人生という物語があって、いろんなことが訪れて最終的にはハッピーエンドかバットエンドになる。
だからこそ俺は、こいつは俺の物語の中でこういう役割だ、という考えを常に巡らせている。ヒロインとか、悪役とか。それが厨二病ということもわかっているし、それを自覚して保険をかけている姿がイタいということもわかっている。
「これからお前に恋を抱いていく展開だと思うが俺は全くそうは思えない」
「俺がお前に恋をできるようなお気楽な奴だったらよかったのかもな。正直、もうどうでもいいんだ」
確かに、母さんに叱られている瞬間や彼女に別れを告げられた瞬間よりは楽しかったかもしれない。
でも、俺は本当に楽しかったのか?と思う。
比較なんて二つの事象があれば絶対に起こりうる。そんな思考がずっと頭の隅にあって、申し訳なささえ感じていた。
だからこそ、俺は夜見月に対して何もできないし、もっと迷惑かける自信がある。正直に言うとそれでもいい。それもどうでもいい。どうせ押し切って死ぬだけだ。
そうだとすれば、こいつは俺の物語の一日だけに現れたただの無意味な存在だ。
結局結末に全く影響しないモブキャラともいえるだろう。俺の物語はどうも登場人物が少ないみたいだが。
「.....はい。そう......ですね」
若干、笑顔が曇った気がしたが、見ないふりをしてやり過ごす。
俺は何にも感じていないような真顔を決めて、ベットの横のボタンを押して上半身を寝かせる。横を見ると、藍色の空はもう暗かった。
「では、さよなら!!」
俺はそっと瞼を閉じた。
■ ■ ■
昨日は災難だった。
俺が勇気を出して自殺したのに、身勝手に助けて、ヒーローぶっている奴がいた気がする。そういうやつを俺は憎んでいる。
そういうやつらは大抵、人生を希望かなんかだと思っているのだろう。死んだ先の世界が無の世界なら、プラスマイナスゼロだ。この世界はマイナスのことの方が多い。なら、死んだ方がいいんじゃないか?
死んだとて何も残らない。世界の教科書に載ったとしてもそれは勉強のために学ぶだけであって、本当の意味で知っている人なんて、残ったものなんてない。
今日は夜見月は来ていないようだ。なんとなくの気配でわかる。近くの椅子から人の気配を感じない。
両手の拘束も解かれているようだ。夜見月は昨日俺が寝付く前に帰ったので、俺が就寝したことを確認した看護師が拘束を解いたのだろう。
「やっと起きた?
「母......さん?」
「あんた本当に面倒なことをするのね。高校に落ちて私の努力を無駄にしたと思ったら入院して、お金とかどうするつもり?私、払うお金も余裕もないけど」
「なんでここが......分かっ......」
そうだ。一番気になるところはそこだ。俺の家の近くには病院がないし、最も近いところは複数個ある為、ここを特定するのは難しいはずだ。
俺は恐怖の感情で声にもならない声を出しながら、母さんに聞く。
「病院から、巡り巡って私のところまで電話が来て、病院側もあんたの名前知らなかったから病院内探してたら廊下の女の子が教えてくれて。あんたの彼女は別れたって聞いたけど?あと、」
女の子。あいつだ。
「もうめんどくさいから一万円だけ置いとく。連絡先も絶つからあとは適当にやって」
そういうと母さんは机に一万円をドンッと音を立てておいてからそそくさと去っていった。
会いたくも、話したくもない存在が去ったことに安堵なんてする暇もない。
あいつから逃げるために自殺したといってもいいのに、なんであいつがこんなところにいるんだ。
太陽の角度的に、時刻は十時か十一時くらいだろう。休日も含めて仕事をしている母さんがここにいる理由が全く持ってわからない。
うるさい。ウザイ。クソ。最悪。
そんな汚い言葉を並べる事だけが、この心に秘められた複雑な感情と煮え滾るこの感情を正当化し、抑えてくれた。
廊下では、はぁ、はぁ、と声を荒げている女の子がいた。
■ ■ ■
「桙風さん。」
「消えろ」
俺はすぐさまそいつに言葉をぶつけたぶつけた。
俺の母さんだった人が部屋から出て言ったあと、俺はずっと真顔でぼーっとしていた。だが、夜見月にそう声をかけられそれが解けた。
「え、あ、っす、すいません。私、何かしてしまいましたか?」
「何であいつに俺の場所を教えた」
「あ、その、困って......いそうだったので」
「知るかそんなん。」
夜見月からいい迷惑だというのは冷静になればすぐにわかることだが、今の俺にはそんなことは不可能だ。
俺はベットから立ち上がり病室の扉へと直行する。
点滴が左手についているがそんなものは関係なく、点滴を引きずっていくような感じで移動していく。
「ちょっと、どこに行くんですか!!」
「消えろと言っただろ。お前に関係ない」
案の定、予想通り後ろから夜見月がついてくるので、先ほどの言葉を繰り返す。
本当にこういうやつは自分のしたことの反面の責任を持たず、常識の善が誰にも適応される善だと思っている。
そう、怒りを神経に宿していると、突如首のあたりから強い締め付けを感じ、さらには腹痛、頭痛が起こり、冷や汗を滝のように流す。
「うっ!がっ!!ごほっ、ごほっ!!がぁぁ」
「どうしました!?」
こんなにしんどい状況になっても、やっと楽になれる。そんなことを思っていた。
夜見月はそんな俺の顔を見ながら泣いていた。
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