第一話 美少女がいた。

 目が覚めたときは知らない天井だった。真上に蛍光灯があったので眩しく感じて、ゴロンと寝返りをし、体の向きを左へと変える。

「起きましたか?」

 目をうっすらと開けると、死ぬ前に見た女の子がベットの横で座っていた。

 水色のスカート、白い服を着ているが、ところどころ血を消した染みのようなものができていた。

 スカートに置かれていた彼女の真っ白な手がナースコールまで伸びていき、ポチッと押した。おそらく俺が目を覚ましたことを報告するのだろう。


 目を覚ました。生きて.....生き.....。

「い、生き、生きて.....があははあああああああああああ!!!!」

 俺は点滴から左手まで通じる管をブチッと勢いよく抜く。手からひどく強い痛みと血を吹き出しながら、近くの窓まで這って行く。

 全身に感じる痛みを必死に耐えながら、しまっている窓を開け、身を乗り出す。


「ちょっと!!何してるんですか!!」

 少女が俺の体を無理やりおさえてくる。抑えられたところがズキズキとえぐいほど痛い。だが、そんなこと俺にはどうでもいい。

「はなせぇ!!!はなっっせぇ!!!ぐっ!!はぁ......」

 死ねなった。死に損なった。こいつの、この女のせいで助かった。そんな思考回路が俺の脳を支配し、抜け出せないよう檻をつくる。


 他の人の視線を感じる。病院にいる他の人が俺たちを見ているのだろう。

「もう!!あなたはけが人なんです!寝ててください」

 そこら中を怪我し、痛みの走る俺が万全の人に勝てるわけもなく押し返されベットに叩きつけられる。

 ドアの方を見ると女性看護師と、叫び声を聞いたのか男性の医師が立っていた。もう死ぬことはできないようだ。


 ■ ■ ■


「取り乱してすまなかった。誰だお前」

 ドア付近の看護師と医師を見てから記憶がないが、点滴が左手に刺しなおされているので時間は少なからず経過しているだろう。

 先ほどのいざこざで美少女は手を血で真っ赤にしていたはずだが、洗ったのかすっかり綺麗な手に戻っている。


「えと......私は、夜見月虹薔よみづきしほです。」

 と言われたことに戸惑ったのか一瞬だけ声を漏らしたあと、そう答えてくれる。珍しい苗字だと思った。

「そうか、なんで俺を助けた」

 俺は夜見月がいない右の方向へ顔を反らし、そう聞いた。

「あの、あなたが落ちるのが分かって、それで近くの人と協力して、それで助かりましたよ。病院の人が言うには本当に奇跡だって。それで......」

「そんなこと聞いてないし、興味ない。なんで夜見月は俺を助けた」

 俺は夜見月になぜ助けたかを聞いたはずなのに、俺が助かるまでの経緯を話し始めた。そんなこと俺にとっては興味がない。

「えっと、特に......理由なんて」

 夜見月は必死に理由を探してみるが最終的には何も理由がないというところに落ち着いたらしい。

「じゃあ、死なせてくれよ......。なんで理由もないのに助けるんだよ......」


「このままじゃ、また家で母さんに叱られて外に出されて、また死んで......。せっかく勇気を出したのに......」

 俺は涙も流さずに、夜見月だけに聞こえる小声で言う。

 また、なんで入院なんてしてお金を出させるの、と怒られるだけだ。そうならなかったとしても高校に行けないので無意味に働くだけだ。

 そんなんなら殺してほしかった。

「お前のせいで、俺は生きながら死んでいるんだぞ!!」

 夜見月に向き合って本気で睨めつけて言った。言ってやった。余計なお世話なんだ。

 人が自由に生きるのならば、自由に死ぬこともできてほしい。

 人が当たり前のように生きることができるのならば、人が当たり前のようにすっと消えられるようにしてほしい。

 



「ふっ」


「ふふっ、ははっ、あはははは!!!」

 夜見月は急に笑い声をだして、腹を抱える。

「何がおかしいんだよ!!」

 正直気持ち悪いほど憎たらしかった。

 俺が本気で訴えかけたのにそれを笑われ、正直もう話したくもないほどいらだった。でも、なぜか、なんでか俺は夜見月に対して、これ以上の暴言を言うことができなかった。

「いいですよ!自由にしてください。あなたが死にたいと思ったのなら死のうとしてみてください。でも、あなたが死のうとしたら私が全力で止めるので」

 先ほどまで笑っていた笑顔のまま、そんなしんどいことを軽々言うので、お気楽な奴だなと思う。


「じゃあ、さっそく......って何だこれ」

 俺は、さっそく死のうと体を動かそうとするが、両手が横で固定されており、身動きが取れない。トイレとかどうするんだ。

「あ、暴れると危ないので両手固定しちゃってます。あ、でも、これは看護師さんがやってくれたことですので、別に束縛とかでは......」

「はぁ。お前マジで」

 束縛は別に疑っていないが、まぁ聞かなかったことにしておこう。

 大きなため息を吐いてもう一度怒りを露わにした顔で夜見月を見つめるが、まったく聞いていないようで鞄の中をゴソゴソとしている。

「では、飲みもの買ってくるので落ち着いて寝てて下さいね!」

 そうかわいらしく微笑んでから財布を持って部屋の外に出ていった。

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