第1章 第18話 春学期(1)

春学期がはじまり、既に1週間経っている。


 春季休暇は実家に帰省するには短く、しかし宿舎でだらだら過ごすには長い休暇である。そのため、多くの生徒がこの春季休暇を機に社交の場に顔を出したり探索者シーカー活動をはじめたりと、何かしら新しい事をはじめる良い機会になっていた。


 春季休暇も明けて1週間経つというのに、周囲からは春季休暇をどう過ごしたか等の会話がそこかしこから聞こえてくる。意外と探索者シーカー活動をはじめたという声もあり、つい耳が拾ってしまう。

 探索者シーカーの後輩達の今後の活躍を心の中でお祈りしつつ、アーデルフィアとユイエはマインモールドの工房に向かった。


「検品と見積り、終わってますかね?」

「どうかな?かなり量も多いし、まだ検品中かもね?その時は見積り終わる頃を教えてもらってまた来ましょう」

「それもそうですね。承知いたしました」



 マインモールドの工房に着くと馴染みの店員ことゼッペル氏が現れた。


「検品と御見積りの件ですね。すみません、まだ完了していないのです」

「そうですか、分かりました。いつ頃来れば無理なく終わりそうですかね?」

「そうですね。余裕を持って2日後に来て頂ければと思います」

「承知いたしました。それでは2日後にまた来店させていただきますね」


「あ、お客様。店長からの伝言です。マインモールド領の本店から腕の良い職人と付与師の応援を呼びました。きっとご満足いただける品をご用意いたします、と」


「そうですか、確か【自動修復】の付与なんかは本店でしか扱っていないと以前に訊きましたが、もしかして【自動修復】を使える付与師がいらっしゃるんですかね?」

「えぇ、その様に手配してございます」

「それは頼もしいですね。では、2日後にまた御見積りの確認に参ります。あ、その時には追加のドラゴン素材をお持ちできると思いますので、よろしくお願いしますね」


「ひぇっ」

 ライゼルリッヒ店長がドラゴン素材の追加納品を知らされ、白目を剥いた。


 マインモールドの工房を後にすると今度は探索者シーカーズギルドに顔を出し、昨日の指名依頼の件の依頼票を提出して完了報告すると、報酬は口座に振り込んでもらった。

 ドラゴンの肉や内臓など、探索者シーカーズギルドを介して売却した素材の代金も振込まれており、共同運用資金が過去最高金額を更新し続けていた。


◆◆◆◆

 

4月になり春学期がはじまって10日目。


 この日の受講している講義が終わると、二人はマインモールド工房に素材の検品と見積りの結果を確認しに行った。


「お待ちしておりました。さぁ、こちらへどうぞ」


 ゼッペル氏の案内で早々に応接室に案内されてしばし待つ。ライゼルリッヒ店長とともにゼッペル氏が戻ってきた。


「お待たせいたしました。こちら、検品と見積りの結果となります」


 ライゼルリッヒが皮革製品のファイルを開き、その中に挟んでいた紙の見積り明細を提示した。アーデルフィアとユイエがファイルを受け取って紙に目を通す。


「検品したところ、状態の良い素材が多くて良い御見積り結果が出せたと思っております」


 ライゼルリッヒ店長の言葉を聞きつつ、目は見積書の明細を追う。


 緑種と赤種のそれぞれの素材項目が並び、査定金額が記載されている。素材の破損が大きい物の分だけマイナス査定で記されていた。


 ユイエとアーデルフィアとしては門外漢なので、その御見積り明細の妥当性が正直分からなかったのだが、そこはマインモールド工房を信じると決めた以上、文句はなかった。


 アーデルフィアがユイエに頷いてゴーサインを出すと、ユイエが口を開いた。


「分かりました。この金額で全素材の買い取りをお願いします」


「畏まりました。以前お話に上がっていた通り、物々交換や受注生産をお受けする事でお支払いする現金を減らす事もご検討いただければと思っておりますが、いかがなさいますか?」


「マインモールド領の本店から腕の良い職人と付与師がこちらへ向かっているとお聞きいたしました。その方々に受注生産を請け負って頂きたいと思います。受注生産のご相談と御見積りをして頂き、素材の買い取り金額から差し引いてもらって現金を減らしましょう。それと、確かドラゴン素材より上の素材の武器もありますよね?それらも検討させて頂くことにして、なるべく現金での支払い額を減らしましょう」


「畏まりました。来週末までには職人達が到着する予定ですので、来週末にお打ち合わせをいたしましょう。それまでドラゴン素材は手をつける予定はありませんが、このまま工房でお預かりしておきます」


「お手数をお掛けしてすみません。その頃には探索者シーカーズギルドからドラゴン素材の追加の納品が届いていると思いますので、よろしくお願いいたします。赤種36頭、緑種19頭、黄種48頭、計103頭の追加納品です」


「ヒィッ!?」


 なにやらライゼルリッヒから悲鳴が聞こえた気がするが、そこは気にしない。

 打ち合わせが終わるとユイエとアーデルフィアは皮革ファイルに挟まれた御見積り明細の紙を魔法の鞄マジック・バッグにしまうと席を立った。


「それでは、また来週末に」

「はい、お待ちしております」



 マインモールド工房からの帰り道、ユイエとアーデルフィアが話し合う。

「買取価格とかどうでしたか?」

「前に見たドラゴン素材の装備の販売価格からすると買取価格は意外と安かったわね。加工する技術料と付与魔法料が乗って売り物になる事を考えれば、職人達の腕を安売りしないって話しかな?とは思ったよ」

「なるほど。とはいえドラゴン12頭分の素材から作り出せる装備の量は少なくないでしょうし、私達4人分の装備の更新は十分出来そうですね」

「そうね。武器なんか竜素材を飛ばして神鉄鋼アダマンタイト合金とか買っちゃう?」

「悩みますね。成長期で身体も今より大きくなる事を考えれば長剣で考えたいですが、まだ小剣がお似合いのサイズですしね」


「それと、そろそろ同年代でちゃんとしたパーティ組んだ方が良い気がするのよね。サイラスとメイヴィルは頼りになるけど、あくまでウェッジウルヴズ家の騎士だし。学校を卒業して成人すれば、私達の探索者シーカー活動についてくる訳にもいかなくなるでしょう?」

「それは確かに。でも同年代でサイラスとメイヴィルに匹敵するような仲間、見つかりますかね?」

「見つからないなら育てるしかないんじゃないかしら?」

「育てるんですか?厳しいなぁ……」


 自分達の修練の積み方が、同年代からすると常軌を逸している事は十分自覚していた。その上で、自分達について来られるような人材となると、学園内だけでは見付からないのではないだろうか。




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