第1章 第9話 ≪樹海の魔境≫のAランク地帯

 大亀の甲羅を無事に入手できた事で弾みがつき、いよいよAランク地帯に挑戦する事にした。探索者シーカー組の4人はベースキャンプ組の3人に一段階深いところへ潜る旨を伝えると、再び森の中へと戻って行った。


 何時もなら東か西に進路を変えるあたりまできた。今回は敢えてこのまま真っ直ぐに進む。4人は【魔力マナ探査】を常時使い続け、アーデルフィアだけが魔物の反応に気付き、アーデルフィア先導のもとで進路を微調整していく。


 いつもより奥に潜っていく。しばらく真っ直ぐ進んでいると、ユイエ達の【魔力マナ探査】にも魔物の反応が感知できる距離になった。


「あの大亀より魔力マナ総量は高そうですね……。奥に入っての初戦、戦い易い魔物だと嬉しいんですけど」

 ユイエが緊張しつつ、アーデルフィアより前に出て行く。


「今のところ、単体でうろついている感じだね。戦闘中の横槍は無さそうで良かったわ」

 アーデルフィアの広い感知範囲での確認結果なら信頼できた。


 魔力マナ反応に向かって歩いていくと、ギリギリ目視できる距離にまでやってきた。

 視界に入ったのは、陽の差し込む岩場で蜷局とぐろを巻いて休んでいる、蛇のような胴体をした魔物だった。体躯は蜷局を巻くほどに長いのに、前足と後ろ足が付いているようにみえる。

 顔は蛇というよりわにに近く、枝分かれした牡鹿のような角が生えている。全長としては大蛇サーペントと同程度にありそうにみえ、胴回りは大蛇サーペントよりは細そうだった。


「龍種、かしら?はじめてみるわ」

「龍種にしては小さい気がしますね?少し離れて図鑑を見てみますか?」

「そうね、気付かれる前に離れましょう」


 蜷局とぐろを巻いた生き物から離れた木陰でユイエが魔物図鑑を取り出してパラパラとページをめくって行く。


「……これ、ですかね?」

 ユイエが開いたページを皆にみせた。


「亜龍?なるほど、龍種の格下って事ね」

 書かれた絵と解説文を読んで納得する。

「ちゃんとした龍種と違って、飛べないようです。討伐証明は2本の角で、感電する電撃の息吹ブレスを吐くそうです」

 ユイエが注意事項を指差しながら情報共有する。


 「大亀みたいに爬虫類系らしく、低温で動きが鈍くなったり仮死状態の冬眠に入るらしいので、対策としては大亀と同じように氷結系の戦法で戦えば良さそうですね」


「電撃の息吹ブレスは厄介そうなので、顔の正面に立たない様に注意します。魔力マナを魔法耐性に回して注意を惹きますので、氷結魔法でやっちゃって下さい」


 サイラスが大楯持ちとしての立ち回りを宣言し、攻撃はアーデルフィアとユイエの魔法に任せるスタンスを表明する。


「わかったわ、その作戦でいきましょう」


 アーデルフィアも同意し、先程の岩場に戻って行く。

 亜龍は変わらず蜷局とぐろを巻いているので、遠距離からユイエとアーデルフィアの二人掛かりの氷結魔法、【氷牢】を叩き込んだ。大亀のような防御力は無かったようで、氷槍の殆どが亜龍に刺さり、瞬く間に凍結していく。


「……≪鑑定≫で死亡を確認したわ」

「あれ?あっけなかったですね……」

 さすがにメイヴィルも拍子抜けという顔をしていた。


 亜龍の死骸に近付くと、火魔法で氷を炙って溶かしながら解体する。討伐証明に角2本、皮革は穴だらけになってしまったが、一応剥いで持って帰る。最後に魔石を摘出すると、土魔法で死骸を埋め立てておいた。


 不意討ち1発で終わってしまうとAランク地帯の魔物と戦った感が全くなかった。不完全燃焼のため次の魔物の気配を探して歩く。


 うろうろしていると再び魔物の気配をアーデルフィアが察知し、そちらへと向かって行く。今度は這いずる様にうねって歩く亜龍を目視できた。


「また同じやつね。なるべく皮革を傷付けないように倒してみたいところだけど、さてさて」


 いざとなればまた【氷牢】を使うのも辞さないが、あれで倒すと素材が駄目になる。なるべく綺麗な状態で倒すのを目標に定め、亜龍の周囲の大気を冷気で満たす。冷気で行動が鈍くなったところで接近戦を仕掛け、小剣2振を首に刺し、斬り開くように小剣を振り抜くと、それだけで亜龍は絶命した。


「今度はうまくいきましたね。皮革を綺麗に剥いで持って帰りましょう」

 ユイエが満足そうに言い、解体に取り掛かる。

「随分丁寧に倒したわね?」

 アーデルフィアが討伐部位の角を切り取りながら訊くと、ユイエは手を止めずに答えた。

探索者シーカーになった時に買った私達の装備、亜竜製品だったじゃないですか。Aランク地帯の魔物なら、ひょっとしたら新しい装備の材料になるんじゃないかと思って」


 ユイエの答えを聞いて納得する。今の装備も長く使い続けていて愛着はあるのだが、装備のアップグレードというのも戦う者にとっての一大イベントであり、ワクワクするものだ。


「防具の更新も良いと思うけど、そろそろ武器の更新も考えてみない?身長も伸びた事だし、そろそろ長剣も使えないかしら?」


 アーデルフィアの言葉を聞いてメイヴィルがくすりと笑い、自分の腰に佩いていた長剣を鞘ごと渡した。アーデルフィアはそれを受け取るが、意図が分からずきょとんとする。


「腰に佩いたつもりで当てて、抜いてみてください」

 メイヴィルに言われるまま、腰に鞘を当てて長剣の柄を掴み、その刃を一気に引き抜く……が、刃先が鞘から抜け切らず、引っ掛かってしまった。

 アーデルフィアは眉尻を下げて情けない顔をしつつ、メイヴィルに鞘に戻した長剣を返した。


「……もう少し小剣を使っておくわ」

「それが良いかと思います」

 メイヴィルがアーデルフィアから返された長剣を受け取りつつ、茶目っ気を出して柔らかく笑った。


 亜龍の皮革の剥ぎ取りと魔石の摘出も終わり、次の魔物を探して再び移動する。次に見つけたのは5体の豚鬼オークだった。


豚鬼オーク?いや、豚鬼オークより大きい?亜種ですかね」

「≪鑑定≫……。えーと、上位豚鬼ハイ・オークっていう種族みたい。豚鬼オークだけど食人鬼オーガ大食鬼トロールより余程強いね。油断は出来ないよ」

上位豚鬼ハイ・オークですか?豚鬼オークキングより上位なんですかね?」

「うーん……。キングみたいに他の豚鬼オークの戦力を上げる能力は持ってないみたいだから比較し難いけど、個体の戦力だけで言えば同じくらいか、ちょっと強いかな?」

「へぇ……。5体ですか。戦闘中に横槍入りそうな魔物いますか?」

「私の【魔力マナ探査】だと、効果範囲内には他の魔物はいないみたい」


 前回、豚鬼オークキングが率いる群れは探索者シーカーズギルドに報告だけして、自分達は手出ししなかった。

 あれから近接能力も魔法能力も上がっている。今なら5体同時でもこの4人なら十分にやれる気がしていた。


「やります?」

「やってみよう」


 風魔法の【消臭】と【消音】を掛け、更に【気流操作】で自分達の匂いを森の上空に逃がし、なるべく悟られないように接近していく。攻撃魔法が届く距離にまで詰めたところで、ユイエとアーデルフィアは小声で「火魔法で」と意識を合わせ、5体の上位豚鬼ハイ・オークをまとめて捉える範囲展開した【劫火】を放った。


 不意討ちは綺麗に決まり、上位豚鬼ハイ・オーク5体が火柱に呑まれた。地面を転がり火を消そうとしているが、ユイエとアーデルフィアは風魔法で酸素を供給し続け、火を絶やさないように仕掛けている。転がり回る勢いも落ちてきたところで、近付いて行き、生きている者から順に刺殺していった。応戦しようとする豚鬼オークもいたが、肉が焼けて引き攣った身体ではまともに動けず、サイラスとメイヴィルに刺殺されていた。


 5体とも止めを刺すと、周囲への延焼ごと火を消して回った。


「これでも豚鬼オーク豚鬼オークだから右耳が討伐証明だよね?焼けちゃったけどちゃんと査定してもらえるかな」

「討伐証明まで考えると、火魔法はちょっと使い辛いですね。倒す事だけが目的なら強いんですけど」


 査定してもらえるかは不明だが、一応5体分の右耳と魔石を摘出し終わると、土魔法で埋め立てておいた。


「殿下たちの魔法が進化し過ぎて、我々の出番が全然ないですね」

 メイヴィルが若干物足りなさそうにそう零し、隣でサイラスが頷いていた。


 その後、上位豚鬼ハイ・オークの別の集団を2度壊滅させた。【穿陣】と【雷閃】を試してみたが、右耳も残り易く回収も楽にできた。森の奥で狩りに夢中になりすぎて、周囲がだいぶ暗くなっていた事にようやく気付き、【照明】の魔法で照らしながらベースキャンプへと戻っていった。


「暗い森の中なのに、相変わらず迷いのない足取りですね」

 サイラスがアーデルフィアに声を掛けると、アーデルフィアはにやっと笑って返した。

「私の≪恩恵ギフト≫に地図みたいな便利な機能があるのよ。内緒よ?」


 この人はいったい幾つの≪恩恵ギフト≫を持っているんだろうと思いつつ、その後をついていく。ベースキャンプでアーデルフィア達の帰りが遅く、不安そうに待っていたジョセフ達に遅くなった事を謝罪し、用意してくれていた野営飯で食事にした。

 食後はユイエとアーデルフィアは魔馬車の中で横になる。サイラスとメイヴィルは天幕で寝ているはずだ。不寝番は相変わらず護衛の3名がやってくれている。いつもながらありがたいものだと感謝しつつ、眠りについた。




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