第1章 第8話 高威力魔法の実戦

 第3演習場を出たユイエとアーデルフィアは、学生食堂に向けて歩いていた。


「アーデルフィア様、高威力魔法の足掛かりが出来て良かったですね」

「うん、そうだね。でも、もうちょっと練り込めばもっと強い魔法が作れる気がするんだよね」

「さっき以上の、ですか?」

「うん、さっき以上の」

 アーデルフィアがユイエに振り向いて悪い顔で笑った。

「自然科学というか物理現象というか、そういうのを応用すれば良い感じに大規模破壊魔法とか作れそうかな~と思ってるよ」

「あぁ、あの学問ですか。あの水が温度で姿を変えるとか、火は大気中の酸素を使って燃え上がる、でしたっけ」

 ユイエはアーデルフィアの発言の意味を理解して続きを促す。

「そう、そういうの。例えば風魔法で大気中の酸素を集めて圧縮して、それに【劫火】を放り込んでごらん?そうすればさっきの火柱より強い魔法になるから」

「逆に酸素を取り除いてしまえば、水を使わなくても火を消せるって事ですよね?」

「そうそう。そういう知識を持ってるかどうかで魔法の効果が変わるんだよね」

「秘密知識の軍事利用ですね。どんな魔法が作られるのか楽しみにしときます」


「とりあえず、次の週末に大亀退治に行ってみよう?」

「分かりました。サイラスさん達に伝えておきますね」


◆◆◆◆


 時は流れ、今週最後の講義が終わった二人はウェッジウルヴズ家に急いで帰ってきた。今回は陽が落ちる前に魔馬で≪樹海の魔境≫のベースキャンプを目指す計画だった。


「荷物は纏めておいたから、帰って着替えたらすぐ出ちゃいましょう」

「分かりました。着替え急ぎますね」


 ウェッジウルヴズ家に到着すると、それぞれ自室で制服を脱いで探索者シーカー装備に着替える。先に準備の終わったユイエが、扉越しにアーデルフィアに声をかける。


「こちら準備終わりました。先に外の魔馬車の準備の状況をみてきます」


 アーデルフィアからの返事を聞かずに屋敷を出ると、ジョセフが御者役で魔馬車を玄関前に回して来ていた。

「お疲れ様です。ポールさんとマーカスさんは馬車の中ですか?」

「えぇ、二人は既に馬車に乗ってますよ。サイラスとメイヴィルも乗り込んでます」

「分かりました、ありがとうございます」


 ユイエはアーデルフィアが屋敷から出てくるのを待ち、合流してから魔馬車へと乗り込んだ。


「皆、急がせて悪いわね。間に合わせてくれてありがとう」

 馬車の中から小窓を開けて御者台にいるジョセフにも礼を言っていた。


 昼食も馬車内で済ませる程に徹底して移動時間を確保した結果、冬の日暮れ前に何時ものベースキャンプ地に辿り着けた。

 多少遅れても【照明】の魔法で灯りを付ければ十分設営出来るのだが、アーデルフィアの思いつきで今日はタイム・アタックのようになっていた。


「さて、明日の本命のために今日は夕食を摂ってしっかり寝るわよ」

「わかりました」


 やる気満々な様子のアーデルフィアをみて微笑みつつ、夕食の支度に取り掛かっていった。


 夕食後は不寝番を護衛兼御者の3名に任せ、探索者組は早々に寝入る事になった。



 翌朝、日頃の習慣のお陰で日の出と共に起床すると、アーデルフィアがユイエの右腕を抱き込んで寝ていた。14歳になり、日に日に女性らしさを増していくアーデルフィアの柔らかさに思春期男子は思わず硬直したものの、なんとか理性が勝利してそっと右腕を抜き、朝の支度に取り掛かった。


 魔馬車から出るとポールが不寝番をしていた。朝の挨拶をすると朝食の準備に取り掛かる。

 朝食は野菜スープとパン、腸詰とハムを焼いて添えた物である。野営飯としては良い方だろう。匂いに釣られたのか、サイラスとメイヴィル、アーデルフィアまで起きてきた。


 起こしに行く手間が省けたというものだ。起きている人数分の追加を焼くと皆で食事を摂った。朝食後、甲冑姿に着替えを済ませると本日の目標を再確認する。

「今日の目標は大亀の打倒よ!対策に氷魔法も強化してきたから、皆で頑張りましょう」

 アーデルフィアの宣言に重々しく頷き返す。

「あの大亀は西側のBランク域かAランク域ですよね。すぐ見つかると良いのですが」

 行動範囲がどのくらいなのか分からないため、もしかしたら見つけるまでが山場かも知れない。


 午前中から以前大蛇サーペントの死骸を放置した場所まで行くと、そこから西側に回り込んでいく。途中大蛇サーペント2匹と兎熊を2頭倒しつつ移動していると、アーデルフィアの【魔力マナ探査】にそれっぽい高魔力マナ体が見付かった。ユイエの【魔力マナ探査】にはまだ引っ掛かっていないため、アーデルフィアの先導に任せて後ろからついて行く。


 しばらく進むとユイエの【魔力マナ探査】にもそれらしき反応が引っ掛かった。

「やっと【魔力マナ探査】に引っ掛かりました。アーデルフィア様の【魔力マナ探査】、範囲が広すぎませんか?」

「倍くらい違うのかしら?【魔力マナ探査】を常時切らさない様にして生きてれば、その内追いつくわよ」

「……その前に寿命で死にそうですけど」

「多分それは平気だと思うけど」

「? どういう意味ですか?」

「そろそろ見えてきたわよ?大亀に集中しましょ」

「あ、はい」

「メイヴィルとサイラスも作戦通りに。頼んだわよ?」

「「仰せのままに」」



 遠目に見える大亀に対し、サイラスとメイヴィルがそれぞれ左右から迫るところまでは前回と同じ流れである。接敵後、サイラスとメイヴィルが大亀の脚や頭に【放水】の魔法で水を掛けていく。

 【放水】は【水生成】より多量の水を生成して放つことが出来る魔法だが、ダメージ源としてはあまり期待はできない。しかし今回の作戦では重要な役割を担う。


 二人が大亀を挟んで【放水】した後にアーデルフィアとユイエがメイヴィルとサイラスの後ろに付いて挟むように接近すると、氷魔法を使って大亀の周囲の熱を一気に奪っていく。大亀の動きがあからさまに鈍化していくのを確認すると、対策に誤りは無かった事を確信する。


「「【氷牢】!!」」


 大亀の甲羅からはみ出た首と脚の根本など、比較的柔らかな部位には【氷牢】で作った氷の槍が突き刺さった。頑丈な箇所には氷槍は弾かれ刺さりこそしないものの、その冷気と氷結効果は発揮されて、【放水】で撒かれていた水ごと、【氷牢】の魔法が大亀の全身を冷気と氷で覆い尽くしていった。


 完全に動きを封じられた大亀にサイラスとメイヴィルが近付き、戦棍メイスを取り出すと大亀の頭に殴打を繰り返す。


 アーデルフィアは≪鑑定≫で大亀の状態を確認していると、仮死状態から絶命に変わった事を確認し、サイラスとメイヴィルに声を掛けた。


「そこまで!大亀は絶命したわ!」

 その声を聞いて大亀の頭部を殴打し続けていた二人はようやく手を休めた。


「なんとか倒せましたね」

 ユイエも【氷牢】に回していた魔力マナを停止し、ようやく脱力した。


「さて、討伐部位はどこだったかしら?」

 アーデルフィアは魔法の鞄マジック・バッグから魔物図鑑を取り出すと、パラパラとめくって今回の魔物の情報を探し始める。それをみてユイエも魔物図鑑を取り出し、この大亀に関する情報を探して目を通す。


「討伐証明の部位が背中の甲羅……」

 刃が通らずに困っていた相手なのに、捌いて甲羅を持ち帰れという。ユイエとアーデルフィアが思わず顔を見合わせて途方にくれた。



 折角倒した大亀の討伐証明を諦めるのも業腹だったため、【劫火】で火葬してみることにした。【放水】で撒き散らしていた水と氷が蒸発していく。サイラスとメイヴィルが周辺から燃えそうな枝などを集めてきては放り込み、燃料の足しにしようと動いてくれていた。


 しばらく【劫火】で蒸し焼きし続けていると、ようやく死骸の肉も燃えはじめ、甲羅からはみ出ていた脚と首が燃え尽きたのを確認した。ここまでやれば甲羅の内部の胴体も熱で収縮し剥がし易くなっているだろうことを期待して、皆で大亀の甲羅をひっくり返して腹側がみえる状態にした。


 背中の甲羅と腹側の甲殻の隙間に皆で解体用に持っているナイフの刃を突き立て、剥がしに掛かった。死んで魔力マナによる身体強化が解けたからか、それとも火で炙った成果なのか、身構えていたよりかは楽に剥がす事ができた。甲羅の内側にへばりついていた肉もこそぎ落とし、【清浄】魔法で汚れを払うと、背嚢型の大容量魔法の鞄マジック・バッグに甲羅をしまってベースキャンプへと持って帰った。


 ベースキャンプに巨大な甲羅を持ち帰り魔法の鞄マジック・バッグから甲羅を取り出すと、留守番組の3人が呆気にとられたのか呆けていた。


「この甲羅が討伐証明らしいから、なんとか持って帰るわよ」


 公女殿下からの指示に3人は我に帰ると頷き返した。マーカスが持って来ていた背嚢型の容量の大きな魔法の鞄マジック・バッグが空だったため、そこに収納を試みると素直に収納し切ることができた。


「宿敵に打ち勝つ事が出来たところで、次はいよいよもう一段階深いところまで潜ってみましょう?」


 アーデルフィアの提案に今度は素直に頷く事ができた。




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