第1章 学園編・1年目
第1章 第1話 皇立カグツチ学園
皇都には学園が複数あり、政治経済、領地運営などの文官教育の専門学校や騎士や魔法士になるための専門学校もある。それでもユイエとアーデルフィアの志望は初志貫徹で皇立カグツチ学園に定めていた。
皇立カグツチ学園はカリキュラムを自分で選ぶ仕組みで、卒業までに定められた単位をとっていれば卒業できる。騎士科、魔法士科、政経科、法学科から専攻する科を選んで入学し、基本的には卒業まで同じ専攻課程で学ぶ。
ユイエとアーデルフィアの場合、お互いに貴族として実家を継ぐ予定がないため科の選択には自由が利く。しかし文官系に進むのは性に合わず、騎士科は普段の訓練で十分足りていると考えている。となると、自然と専攻する科は魔法士科志望となっていた。
そして魔法士科に関する設備や教育レベルは、皇都にある魔法士科の専門学校よりも皇立カグツチ学園の魔法士科の方が上であるらしい。
卒業後の進路は未定だが、騎士か魔法士、あるいは
皇立カグツチ学園の入学試験は教養科目の座学の試験、武術の実技試験、魔法の実技試験の3項目に分かれている。
文官系の科は実技2項目はあまり重視されないが、騎士科なら武術の実技、魔法士科なら魔法の実技の配点が高くなっている。
試験当日、二人は普段通りに早朝訓練をして朝食を摂ると、昼食の弁当を受け取ってから試験会場へと向かった。午前中に座学の試験が行われ、昼休憩を挟んで午後から実技の試験である。
座学は家庭教師が指導してくれた内容が多く出ていたため、問題なく合格水準に届いた手応えを感じた。
「(試験対策がばっちりだったわね。家庭教師にボーナスの追加報酬を出してあげなきゃ)」
武術の実技は現役の皇国騎士団員が試験官を務める。二人とも試験官から1本取って合格を確信した。
「(これはまぁ、散々訓練してきたのだから順当よね)」
残る魔法の実技では【発火】や【水生成】、【清浄】、【治癒】、【疲労回復】などの基本的な魔法の確認が行われ、その後に
「(うーん……基礎魔法と
◆◆◆◆
試験から3日後、学園で合格発表が行われた。ユイエとアーデルフィアは魔法士科に揃って合格を果たした。
合格発表の当日から物販会場が設営され、制服や教材等の販売が行われていた。二人はその日の内に不足なく購入して
皇立カグツチ学園の制服は【自動サイズ調整】、【自動清浄】、【環境適応】、【自動修復】まで付いた大変高性能な制服である。男子はズボンで女子はスカートといった違いはあるが、基本的なデザインは共通している。皇立カグツチ学園は実力さえあれば平民でも通えるため、合格者に限るが平民でも手が届く価格でこの高性能な制服が販売される。
帰宅するとお互い制服に着替えて披露し合う。
「制服姿、似合っていますね。とても可愛らしいですよ」
「ありがとう。ユイエ君も似合っててかっこいいわよ」
新しい装いに照れ笑いしつつ、合格を祝福し合う。
合格の報はウェッジウルヴズ家の屋敷からアズライール家の屋敷へと伝えられ、アズライール家からエーギス領の領都まで早馬が出されていた。
ユイエは実家で過ごした日々よりウェッジウルヴズ家で過ごした日々の方が長くなっているため、実家に知らせるという事をすっかり失念していた。後で使用人から連絡済みだと教えられ、その配慮に感謝することになった。
◆◆◆◆
時は進んで秋になり、制服を着用して入学式に臨んだ。
大講堂で来賓や上級生の先輩方、学園長の挨拶と続き式は流れていく。
二大大公家の挨拶は流石に真面目に聞いておいたが、上級生や学園長の話となると退屈してしまい、うとうとと舟を漕いでしまう。アーデルフィアも同じ様子だったため、お互いに肘で突き合い起こし合っていた。
来賓席にいたリオンゲート・フォン・ウェッジウルヴズ大公と目が合ったので、舟を漕いでいたのもばっちりバレていた。リオンゲートの横には見慣れない
初日は入学式の後にオリエンテーションで、カリキュラムの一覧や学科による必須授業、共通単位の取り方などの説明会が行われ、資料一式が渡された。
「大学みたいな感じなのね」
「ダイガク、ですか?」
「そう、クラス分けしてクラス毎に授業が決まるんじゃなくて、こういう風に一コマずつ授業を自分で選んで時間割を作るのよ」
「そうなんですね。必修科目とか逃すと大変そうですし、後で一緒に考えてもらえませんか?」
「そうね、そうしましょう」
初日の予定はそこまでとなり、ウェッジウルヴズ家の屋敷に帰宅すると二人で必修科目を押さえて魔法関連の授業を多くした時間割を考えた。
必修科目を押さえていくと、意外と騎士科や政経科、法学科などの基礎科目も嗜む必要がある事に気付く。これらが皇立カグツチ学園の最低限の教養科目になるのだろうという事が窺えた。
「必修科目は3年間のどこかで取らなきゃいけないし、後回しにしておいたら取らなきゃいけない必修科目同士が同じコマにしか無いってなると大惨事よ。取れるだけ先に取っちゃいましょう」
「なるほど、後回しにして良い事はなさそうですね……。1、2年の内に取り終われるように頑張りましょう」
入学して最初の2週間はお試し授業といった感じで授業が行われていた。取ろうと思った授業が思っていたものと違うとなった場合、他の授業に切り替えられるように配慮する期間である。
3週目あたりからカリキュラムを確定させて提出するようになっていて、提出期限は9月末であった。
以前に
第1章 第2話 絡まれる
入学してから1ヶ月経つ頃には講義で見かける顔ぶれも何となく覚えはじめる。アーデルフィアとユイエはいつも一緒に行動しているし、良くも悪くも目立つ容姿と実力である。貴族家の派閥争いを学園に持ち込んだ様な、訳の分からない因縁をつけられたりもしている。
「アズライール伯爵家の三男、ユイエ・アズライールに決闘を申し込む!」
この日も、実技の訓練場で人が多い時間に絡まれた。
「
困惑したユイエが問いかける。
「貴様ッ!バウムシュタイン侯爵家の嫡子である俺を愚弄するかッ!!」
「愚弄しているつもりは毛頭ありませんが、存じ上げないお顔でしたので。お名前を伺っても?」
「バーラント領の領主、セガレノ・フォン・バウムシュタイン侯爵の長子、イキリノート・バウムシュタインだ!ユイエ・アズライール!伯爵家程度の貴様は公女殿下に相応しくないと証明してやる!決闘を受けろ!!」
「バーラント領の侯爵の家の方でしたか。イキリノート・バウムシュタイン殿、お名前は分かりました。が、相応しいかどうかとか決闘する理由が意味不明です」
意味の分からないウザ絡みに辟易しつつ、穏便に着地できるように決闘の回避を試みるが、かえって逆上させてしまう。顔を真っ赤にしてヒートアップしていくイキリノートをどう宥めようかと思案するも、大声で叫び散らすため段々周囲に野次馬が集まって来ている。
「さぁ決闘の観客が増えていくぞ?この衆目すべてが証人だ!!」
確かに周囲を囲む人の輪が大きくなっていく一方である。イキリノートも観客も決闘なしでは終われないような雰囲気が出来上がっていく。
「(参ったな……面倒だけど受けた方が早いかな)」
溜息を吐きつつ、ユイエが決断する。
「決闘と公女殿下と何の関係があるのか全く意味が分かりませんが、決闘を受けましょう」
仕方なく決闘を受ける事にしたが、ルールだけは取り決めておきたい。
「ただし、勝負は訓練用の木剣で行う。戦闘不能に陥るか、負けを認めて降参するかで決着とする。決着が付いた後の攻撃、故意に命を奪うような攻撃は認められない。賭けるモノはお互いの名誉だけ。これで良いですか?」
「よかろう!」
二人は訓練用の木剣を手に取ると、訓練場の中央へと進み出た。
何時の間にか観客の輪に混ざっているアーデルフィアをみると、ニヤニヤ笑いを浮かべていた。この状況を楽しんでいるらしい。他人事の様に見物を決め込んでる姿に若干イラッとする。
「誰か審判を頼む!」
いちいち大声で話すイキリノートに、男子生徒が審判役を買って出てきた。
「準備は良いか?」
「いつでも」
「無論だ!」
「では……はじめッ!」
審判役の男子生徒が上げた手を振り下ろして開始を合図すると、イキリノートは木剣を上段で突きの姿勢に構えた。貴族が嗜む決闘剣術の構えである。
イキリノートが中々に鋭い突きを繰り出して来るのを、体捌きで回避しつつ様子を窺う。ユイエは回避された後の軌道変更で横薙ぎが来るかと警戒したのだが、イキリノートは剣先を素直に引いて再び突きを放って来た。
イキリノートの攻撃は決闘剣術らしく突きと剣先での斬撃を中心に組み立てられている。新入生にしては出来る方なのだろうが、日頃から現役の騎士やアーデルフィアと稽古をしているユイエにとっては温すぎた。
木剣での受け流しもせず、ただ体捌きだけで躱し続ける。
「このッ!臆病者めッ!」
剣すら使われずあしらわれているのに業を煮やしたイキリノートが、大きく踏み込んで突きを放って来る。それに合わせてユイエも踏み込み、前進しながら剣先を躱すと、すれ違い様に木剣を左薙ぎに一閃した。
「ぐぁッ!?おぇぇ……」
ユイエの放った一撃がイキリノートの鳩尾を抉り、イキリノートは背を丸めて倒れ込むと激しくえずき、のたうつ。
ユイエはイキリノートの首筋にそっと木剣を添えて、審判役の男子生徒に顔を向けた。呆然としていた男子生徒が我に返る。
「……あっ、勝負あり!勝者ユイエ・アズライール!!」
イキリノートは、自分で用意した衆人環視の舞台の中で、一振りで負けるという大失態を演じたのだった。
◆◆◆◆
決闘の勝敗がつくと、人の輪は散りはじめた。ユイエは木剣を元あった樽に戻すと、アーデルフィアの元に戻っていく。
「ユイエ君、お疲れ様。折角勝ったんだからもうちょっとアピールとかしても良かったんじゃない?」
「アピールですか?何のです?」
ユイエがきょとんとしてアーデルフィアを見返すと、アーデルフィアが悪い笑顔を浮かべた。
「それはほら、アーデルフィアは俺の女だから手を出すな!とか?」
「な……冗談でもそんな発言したら大変な事になりますよ」
ユイエが顔を赤くし、目線を彷徨わせながら抗議する。
「いいじゃない。そうしてくれれば余計な声掛けも減りそうだし」
「虫除けですか」
今でも十分に虫除け効果を発揮しているのだが、思春期の少年にそんな事は気付けない。アーデルフィアがユイエの様子をみて楽し気に笑う。
「それより早く食事にしましょう?出遅れてますし、席が空いてなければ購買でサンドイッチくらいしかないかもしれませんが」
「そうね、私もお腹が空いたわ」
結局食堂は空いている席を確保するのが大変だったため、購買でパンを買って中庭のベンチで食事をする事になった。
一方、ユイエ達が知らないところで今日の決闘騒ぎについて校内は盛り上がっていた。
「公女殿下の腰巾着、めちゃめちゃ強くなかったか?」
「あぁ。相手だったイキリノートって、騎士科でトップクラスに強いって話じゃん?なのにまるで相手にならなかったな。プロと素人の戦いみたいになってた」
「あれで専攻は魔法士科なんだから良く分かんねぇよな。騎士科選んでたら絶対に騎士科の首席だったろうにな」
「あぁ、ほんとそれ。騎士科の奴らが大分荒れてたわ」
「そりゃあ騎士科の本分で戦って遅れを取ったんだから、面子が丸潰れだしな」
「てかあんだけ顔が良くて剣も一流、更に顔が良すぎる公女殿下のお気に入りって、世界は不公平に溢れてる」
「ほんとそれ」
「今日のユイエ様のご活躍みました?」
「みたみた。売られた喧嘩だったのに、最後まで紳士的で素敵だったわ」
「あんなに強くて顔の良い幼馴染がいるとか、公女殿下が羨ましいわね」
「でも幼馴染は負け組っていうじゃない?あの二人の場合はどうなのかしら?」
「私はユイエ様は美しいとは思うけど、もっとこう……男らしい見た目の男性が好みかなぁ」
「好みは分かれるわよね。私は男くさい感じが苦手だから、ユイエ様が理想的なのよ……」
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