序章 第6話 実戦経験(1)

 翌朝、宿屋で朝食を頂いた後に早速魔物狩りをする森へと向かう。森の浅いところまでは騎馬で移動し、下馬するとエーギス領の兵士達に馬の番を頼む。

 ここからはエーギス領の騎士を中心に森の中を歩きで移動する。3名の斥候を先行させ、魔物を探しながら森の奥へと向かって行く流れである。


 進行方向に対し左の方に配置していた斥候から魔物発見の合図を確認し、ユイエ達はそちらに向かう。斥候が見張っていたのは小鬼ゴブリンの集団だった。苔むした大岩がつくる穴倉を巣にするように群れている。数は見える範囲で10匹はいた。


「初戦には丁度良いわね?」

「そうですね。でも油断はしないで下さい」

「分かってるわよ」


 初陣となる二人が短槍を手に先陣を切って飛び出していく。エーギス領の騎士達が包囲するように移動し、サイラスとメイヴィルはそれぞれの担当のフォローへと向かう。


 突然の襲撃者に小鬼ゴブリン達が騒ぎ出す。


 ユイエとアーデルフィアはそれぞれ手に持つ短槍の一突きで一殺を決めていく。4匹目を屠ったところでアーデルフィアの槍が深く刺さり過ぎ、槍を引いても小鬼ゴブリンから抜けず、穂先に纏わりついてしまっていた。


「(しまった……。深く刺し込み過ぎるのも危険なのね)」


 アーデルフィアは慌てずに穂先に絡まった小鬼ゴブリンを蹴り飛ばして穂先を抜き、槍の自由を取り戻した。


 一方、ユイエは深く刺し過ぎにならない様に立ち回っていたが、2匹同時の左右からの接近で槍の間合いの内側に入られ、咄嗟に短槍を手放して小剣で対応していた。


「(今のは失敗だったな……。片方を穂先で、もう片方を石突で捌けば槍を手放さずにやれた気がする)」


 サイラスとメイヴィルが二人のフォローに入るまでもなく、二人で小鬼ゴブリン12匹を倒し切っていた。

「お疲れ様です、アーデルフィア公女殿下、ユイエ様。お噂はかねがね聞いておりましたが、想像以上の腕前ですね」


 エーギス領の騎士のまとめ役、ガラッドが声を掛けてきた。


「いえ、反省点ばかりです。やはり実戦となると勝手が違いますね……」

「そうね。私も深く刺し過ぎて抜けなくなるとか、訓練じゃ起こらないから少し慌てたわ」


 ユイエが手放した槍を拾いつつ、アーデルフィアも苦笑いして答えた。

 ガラッドと話している間にエーギス領の騎士達が小鬼ゴブリン達の胸部から手際よく魔石を回収していく。

 魔石の回収が終わると、土魔法の得意な者が墓穴を掘って死骸を投げ込み、埋め立てて死骸を処分していく。


 その後も豚鬼オークの群れや上位種のいる小鬼ゴブリンの群れなどと戦い、順調に実戦経験を積んでいく。

 豚鬼オーク小鬼ゴブリンより身体が頑丈で力も強く、小鬼ゴブリン相手に刺す時と同じ感覚で刺すと分厚い皮下脂肪と筋肉で刃が止まってしまい、内臓までダメージを与えられなかった。一刺しして感触の違いに気付くと、次はより強い力を込めて突きを放つ。魔力マナによる身体強化で増幅されたアーデルフィアとユイエの突きは一度感触を覚えれば難なく心臓を穿ち、首を刎ねるようになった。

 上位種のいる小鬼ゴブリンの群れは組織的に連携して襲って来たが、豚鬼オークの集団の方が余程歯応えがあった。


 そろそろ野営の準備をしようかという頃に、進行方向右手側の斥候から合図が確認された。駆け付けてみると、斥候が見張っていたのは2体の食人鬼オーガだった。身長は2メルを越えて筋肉質であり、赤銅色の肌が威圧感を放っている。2体は手に棍棒を持っているのが分かった。


食人鬼オーガですね。また私とアーデルフィア殿下が挑んでみます。逃走防止のための囲い込み、お願いしますね」


 ユイエがガラッド達に配置について指示を出す。


食人鬼オーガともなると一撃の威力が違いますので、念のため私とサイラスも同行します。マズいと思った時には即介入しますので、予めご了承願います」


 メイヴィルからの同行の申し出は素直に受ける事にする。護衛の同行を断って大怪我でも負ったら、しばらく実戦訓練の許可が降りなくなってしまう。


「分かりました。いざという時はお願いします」


 エーギス領の騎士達が包囲の配置に着くと、アーデルフィアとユイエ、その背後からメイヴィルとサイラスが食人鬼オーガの前に身を晒した。


 食人鬼オーガは現れた人間を見て口角を上げると、棍棒を構えながら近寄って来る。

「アーデルフィア様、私が左のをいただきますので、右のをどうぞ」

「わかったわ!」


 二人はそれぞれの標的の注意を引きつつ二手に分かれ、2体の食人鬼オーガを離れさせる事に成功する。十分に距離を離したところでそれぞれの標的との戦闘を開始した。


 食人鬼オーガに体格差と棍棒の長さが合わさり、短槍を手にしていても間合いの有利を感じられなかった。棍棒を大振りに振り回しているだけで、今までの敵の比じゃない脅威を感じる。


「(一発貰ったら退場、かな)」


 とは言え、ダメージを貰わなければ問題なしである。小柄なユイエ相手に棍棒を振り回す食人鬼オーガは、自然と腰を落として前傾姿勢になっていく。


「(首や心臓が狙い易くなってるよっと)」


 ユイエは棍棒の振り下ろしを身を捻って躱しつつ、踏み込んで魔力マナをたっぷり纏わせた槍を突き出す。心臓狙いで突き出した槍だったが、食人鬼オーガが咄嗟に片腕を犠牲にして受け止めた。


 ユイエの槍は食人鬼オーガに柄を握り込まれてしまったため、槍を手放して小剣を手にする。一瞬で小剣に魔力マナを纏わせると、【身体強化】で増幅された瞬発力で一気に踏み込み、食人鬼オーガの首元を半分ほど断ってみせた。


「かひゅッ」


 呼気を漏らして倒れ込んでくる食人鬼オーガからの追撃に備えて体勢を整え残心するが、今の一撃が致命傷となったらしく食人鬼オーガはよろけながら俯せに倒れていった。


 死んだふりで不意討ちをされるのを警戒し、念のため背中から心臓にも一突きしておく。ちゃんと死んでる事を確認すると、アーデルフィアの方に眼をやった。


 アーデルフィアはユイエと同じように身軽に回避して翻弄しつつ、大振りの振り下ろしを十分に引きつけて回避し、前傾姿勢になって下がって来た頭部、その喉元へと槍の穂先を突き刺してみせた。穂先が頸椎を断ち、首を貫通していた。

 深く貫いたため、食人鬼オーガの胴体に蹴りを入れて反発する作用で穂先を抜きとると、残心する。アーデルフィアは≪鑑定≫で死亡した事を確認するとようやく構えを解いた。



「お見事です。10歳の子供の胆力と動きとは思えませんな」


 ガラッド達エーギス領の騎士達が集まって来ると、そう声を掛けてきた。


「ありがとうございます。でも私は槍を奪われ小剣を抜かされました。公女殿下は槍だけで見事に制圧されておられましたので、私の方はまだまだです」


 褒められても有頂天にならず謙虚に反省する様子をみて、エーギス領の騎士達が頬を緩めた。


「今回の戦いの様子と立ち居振る舞いについて、しっかりご当主様に報告させて頂きます。必ずや喜んで頂けるでしょう」


 ガラッドが優しい眼差しでユイエにそう言った。


「(ちょっとかじってやれる気になった子供ガキの世話かと思って来たが、中々どうして。うちの騎士よりも良い動きをする……。これは将来が楽しみな逸材だな)」


 その後、斥候の仕事を学びながら魔物探しをして食人鬼オーガ豚鬼オークを追加で間引き、陽が落ちる前にエーギス領の兵士達が馬の番をしてくれていたキャンプ地に到着し、そこで野営をする事にした。


 不寝番の経験もしてみたかったが、「子供は寝て成長するものです。勿体ないのでちゃんと寝て下さい」とメイヴィルとサイラスに叱られ、ユイエとアーデルフィアは一足先に天幕に入って行った。


「ねぇユイエ君。今日の狩りはどうだった?」

「やっぱり訓練とは勝手が違うなと思いました。魔物といえど人型の相手でしたが、特に躊躇する事無く戦えたのは嬉しい誤算でしたね」

「次は野盗討伐に行ってみたいわね」

「野盗ですか。良いと思います。人間相手にもちゃんと戦えるようになっておきたいですから」


 それからしばらく物騒な話をしていたが、何時の間にか二人は静かに寝入っていった。



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