優しさと甘さを履き違えてはいけない



 ここから書く事は完全なる自論です。これを読んで、私の事を差別主義者と思ってくれても別に構いません。最初にここだけは注意書きとして書かせて頂きます。


 日本人の好むものとして『判官びいき』なるものがあります。これは弱い立場の者に対して同情して味方をし、援助する事を指します。


 由来としては日本における悲劇的英雄、判官源義経に同情する気持ちから生まれた言葉です。源平合戦において獅子奮迅の活躍を見せた源義経が、最終的に兄である源頼朝に無情にも滅ぼされた事から、同情をする気持ちから生まれた言葉です。


 まぁ、源頼朝は別に義経以外にも弟の範頼を殺してますし、また他にも源平合戦で武功のあった者も粛清してたりするので、義経だけが特別に殺された訳ではありませんけど。


 ちなみに割と落ちぶれてから、もしくは低い身分から成りあがった者の特徴として、粛清をする傾向って結構あると思います。源頼朝も父親である源義朝が平清盛に負けた事で死罪を命じられてから清盛の母親の温情で流罪になってますし、歴史上から見ると昔の中国、漢の高祖である劉邦や明の光武帝である朱元璋、日本でいうと豊臣秀吉もその傾向にあります。まあ、自分が成り上がって今の地位を築いてしまったから、他の者も自分と同じ事をするのでは、と疑心暗鬼になっても仕方ないと思いますけどね。


 以上、閑話休題。


 で、本題なんですが……この判官びいきなる日本人の傾向からなのか、職場においてやたらと外国人に対する、同情的な見方がとても強く見えると私は思います。


 遠い外国から日本にやってきて、その上で頑張って働く姿勢を見ると応援したくなる。そんな気持ちからなのか、本当に過剰なまでに優しくされます。


 ただ、私は思うのです。それって、別に……日本でも他の地域から引っ越してきて、その土地の文化や方言に慣れない日本人と、そうした外国人はさして変わらないと。そう思う訳です。


 ただただ国籍が違うという点だけにおいて、全員の主観が何故か可哀想だとか、不憫だとかに傾いて、一方で同じ日本人には大してそんな気持ちも向けない。そこが良く分からないのです。


 なので、私は例え相手が外国人であっても、日本人と同じ指導や接し方を行います。日本に来て出稼ぎをするという事は、相手も多少の覚悟を持って来日している訳で、外国人だからと特別扱いするのは間違っていると思うのです。


 そして同じく職場で働くアルバイトや日本人スタッフからすれば、外国人だけを特別扱いするのは贔屓が過ぎると思うでしょう。だからこそ、私は絶対に特別扱いはしない様に心掛けています。


 しかし、私の考えは他の人の考えと掛け離れているのか、良く職場にて衝突する事がありました。日本人スタッフでも間違える事を外国人へ指導していると、「あんた、○○さんが可哀想だ」とか「○○さん(私)が外国人スタッフをいびっている」とか、色々と散々に言われてました。


 別にいびっているつもりはありません。私だって怒らずにいれるなら、そうして指導をしています。しかし、中にはアレルギーに対する知識や、お客様に対する誠意について、何度教えても守らない様な、そんな外国人もいました。


 アレルギーは命に係わる事ですし、お客様に対する誠意については、接客業において当たり前の事ですし、それが守れない事には働く上での基本を逸していると思います。


 ですが、どんな内容はさておいて、とにかく外国人へ強く当たっている事だけに対して何故か過剰反応されて、相手が間違っていても私が全面的に悪いという良く分からない流れと仕組みがいつの間にか出来上がっていました。


 確かに遠い外国から来て働くのは色々と大変かもしれません。言語の違いや文化の違いなど、向こうにもちゃんと言い分があると思います。しかし、日本に来た以上はこっちのやり方に合わせて貰わない事には一緒に働く事は出来ないと思います。


 私はそんな同情を第一として、とにかく外国人が可哀想、怒る日本人が悪いと脳死で考えている人たちは、反捕鯨運動をしている連中を変わりないと考えてます。


 あの連中はクジラが可哀想だ、クジラは知性のある動物だといって、無暗に同情をして保護活動を行っていますが、そのせいでクジラの頭数が不自然に増えてしまい、クジラがエサとする魚たちの減少に繋がっている。クジラを保護するあまり魚が減っている事にまるで気が付いていないのです。


 だから、人もクジラも同じです。人の感情で可哀想だとか、同情する気持ちで助けようとするのは、優しさじゃなくて甘やかしているのです。そしてどちらも調子に乗れば会社にも社会的にも手痛い返しが待っているのです。


 少なからず、脳死で外国人ばかりを優遇する考え方は止めた方がいいと思います。一緒に働く職場なのですから、どんな人だろうとみな平等です。変に肩入れをせずに同じ仲間として考えて貰いたいと私は思います。



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ADHD・双極性障害を患う労働者が語るカレーなる生活 八木崎 @yagisaki717

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