弱い自分を受け入れろ



 ビッグマウスだ。


 君は何でも出来るって言うよね。


 そんな言葉を、私に向けて言ってくれた方がいた。心を病んでいる最中の私に対して。


 それを聞いた時、私は失礼だなとは思わなかった。だって、それは事実だったから。


 虚勢を張って、見栄を張って、自分を大きく見せようとしてきたのが、これまでの私だったから。


 その言葉は真実を捉えれていたからこそ、素直に受け入れる事が出来たのだ。


 私は臆病な人間だ。とても繊細で傷つきやすい、身体は大きいけど中身はちっぽけな、そういった弱い人間である。


 そんな私はいつも普通に憧れていた。それは周りと比べて普通じゃない、自分が抱えるコンプレックスだった。


 みんなが出来る事が普通に出来ない。周りと違って変わった男の子だ。いつも怒られてばかりで、周りに迷惑を掛けてしまう。


 そうした日常を繰り返し過ごしてきたからこそ、より普通に憧れた。みんなの輪の中に入れない様な、そんな自分にはなりたくなかったから。


 だからこそ、私はこれまで普通でいる為の努力をしてきた。周りを良く見て観察をして、誰かの真似をしながら普通はどういうものかを研究してきた。


 だけど、どれだけ真似しようと、研究しようと、私にとって普通に近付く事は凄く苦労と葛藤のいる行動ではあった。


 真似をしようとも所詮は猿真似。上手く擬態が出来ないからこそ、より周囲から浮いて更に注意を受ける事になる。


 研究する度に普通とは違う自分が嫌になり、どんどんと自分の事が認められなくなっていく。


 そうした幼少期を過ごしてきたからこそ、私は自己肯定感の低い自分へと成長をしていった。普通でいたいけど普通が出来ない、そんな悩みを抱えた人間になっていった。


 心の中ではいつも消えたいと思っていた毎日だった。何でもない日々を過ごす事が苦痛な、そんな青春を送っていた。


 そんな軌跡を辿ってきたからこそ、私は弱い自分を受け入れる事が出来なかった。認めたくなかったのだ。だからこそ、必要以上に虚勢と見栄を張って生きてきた。


「これを頼むよ」


「お前に任せるから」


「しっかりやれよ」


 そんな周りからの声に対して、私は出来ないとは言えなかった。出来ない自分を知られたくなくて、無理をして出来ると言ってしまうのだ。


 そして努力をして、余計な負荷を抱えて何とか上手くいったとしても、また次の問題が立ち塞がってくる。より出来ない事を押し付けられて、でも出来る様に無理をして、限界まで頑張った。


 相手の期待に応える為に頑張った。周りからの信頼を裏切りたくないから頑張った。それは自分に言い聞かせる為の言葉だ。


 本当は失望されたくないというのが本音だ。出来ない自分を見られて、こんな事も出来ないのかと言われるのが嫌だったから。


 そうして努力をしてきた私だった。自分に対して厳しく当たり、自分はまだ出来ない人間で、何もかも足りてない人間だと口にしてきた。より自己肯定感が下がっていった。


 けど、そうして頑張ってきた私に必ず掛かる言葉があった。言われてきた言葉があった。


「お前は自分には甘いよな」


「お前ってズルい人間だよな」


 必要以上に自分に対して厳しく当たってきたからこそ、周りにもそうした基準を当たり前の様に求めてしまう。そして厳しい目で見てしまう。強く当たってしまう。


 だけど、周りから見れば私はそれほど自分に厳しい訳でもなく、それでいて周りや後輩には高い水準を求めようとしている。そんな身勝手な人間でしかないのだった。


 そんな言葉を掛けられた時、酷く傷付いた。そして思ってしまうのだ。お前に何が分かるのだと。これまで努力をしてきた自分を知らないくせに、何でそんな事を言ってくるのだ、と。


 だけど、そんな言葉を口には出来なかった。言ったとしても、相手に受け入れられないだろうからと思ったから。だから、傷付いた上に更に自傷を加えて受け入れるしかなかった。


「自分が間違っていました」


「次からは気を付けます」


「すみませんでした」


 言いたくない言葉を口にして、我慢を積み重ねた。そして相手からの、周りからの提案や言葉を断る事がどんどん出来なくなっていき、減っていった。


 そうして負債の山が積み上げられていく。ストレスが、疲労が、心労が、葛藤が、悩みが、借金が。周りに合わせる為に、相当な無理と限界を超えてきた。


 だが、そうしたものが膨れ上がっていくのと合わせて、虚像の自分という存在が肥大化していった。でも、これは自業自得でもある。出来ないのに、弱い人間だと分かっているのに認められず、無理をしてきた結果だから。


 その結果、私は見事に壊れてしまった。色々な事に歯止めが利かなくなり、本当の自分から掛け離れていく。やりたくない事でも、やってしまう、やってのけてしまう自分になっていった。


 そして遂には働けなくなるまで自分を追い詰めてしまった。生活が出来なくなるまで追い詰められてしまった。


 普通を目指していたはずなのに、それどころかいつの間にか普通から遠ざかっていた。それが今の私である。


 出来ないのに無理をして、余計な負債を抱え込んでしまった結果がこれである。


 私は自分を許せない。……だけど、そんな私を許してくれる人がいた。人たちがいた。


 それは周りの人たち。今まで関わってきた人、それから親や親族、働く仲間たちだった。


 私は周りに対して助けを求めるつもりは無かった。だけど、周りは私を助けてくれようと頑張ってくれている。


 自分一人で抱え込んで、強く生きようと思っていたけれども、それは甘えだった。強さどころか、完全なる甘えだった。


 だからこそ、私は周りからの言葉を受け入れて、今は独りで抱え込まず、周りに助けて貰う選択をした。


 それは弱い自分を受け入れなければ、決して出来ない行動だった。自分は独りでも強く生きていけるだなんて、幻想でしかなかった。


 なので、もし……もしも今は無理をして、虚勢を張って生きている人がいるなら、私はこんな言葉を投げ掛けてあげたい。


 無理をするな。自分だけで抱え込むな。本当の自分を受け入れてあげて。あなたは孤独じゃないんだよ。


 人は決して一人では生きていけない。それが分かるまでに相当な時間が掛かったけれども、まだ遅くはない。


 これから立ち直る為にも弱い自分を受け入れて、そして前に進んでいこうと思います。


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