第5話 ※アレクサンドロア・ブレイブ視点

ブレイブ王国国王 アレクサンドロア・ブレイブ


その時何が起きたのか理解できたのはたった一人目の前で神を殺した人狼だけだろう。

彼、人狼のイチロウ殿との会話をしようと思ったら突然光が世界を包んだ……と思えばその次の瞬間にはこれまで見たこともない高位の存在が現れた。

その瞬間、自分は家臣が自らにそうするように膝をついて頭を垂れていた、目の前の存在は自分よりも高位の存在であり、決して自分と同じ世界の存在ではないと思い知らされた。


視線を合わせることすら不敬そんな偉大な存在相手に人狼のイチロウ殿は何かを話しかけている、最初は何を言っているのか理解できなかっただが、彼等の会話が我が国の、私が死地へと送り出した勇者の話だと理解した瞬間、頭にかかっていたもやが晴れるようにその会話が頭に入ってくるようになった。

そしてイチロウ殿が発した次の質問が私の頭にかかった霧を完全に払う。


「勇者が命を散らしたのはお前の命令か?剣士はお前の命令が不服そうにして俺を殺そうとしたが?僧侶は死ぬときに涙を浮かべていたそれでもあきらめたような顔をしていたが?魔法使いは絶望した顔でせめて痛みが少ないようにと自ら首を差し出してきたが?勇者は仲間を殺してしまったことに最後まで後悔し俺に何度も何度も人類を救ってくれと壊れたように言っていたが?」


その言葉に私の胸は締め付けられるような痛みを覚えた、横から音が聞こえてきて首を向けてみれば娘が唇をかみしめ涙を流しながら怒りと悲しみに震えていた。

まだ幼かった少年少女を前線に送り十分な準備も訓練もさせずに敵地で死なせた無能な王、もし彼等に十分な訓練と装備を与えられていたのなら目の前の神がいうように人類の守護者として彼らは死ぬことがなかったのというのか……


そんな私の後悔に答えるかのように神は言葉を紡ぐ。

神から自分たちが生贄として捧げられると告げられた彼らは一体どれだけの絶望の中で私の命令を聞いたのか……

王とは、私は一体何を……


私が後悔の中物思いに沈んでいるうちにも物事は進んでいく。

人狼であるイチロウ殿は目の前の神を殴り飛ばすとその首元に噛みつき、その肉を食い破ったのだ。

完全に聞き取れたわけではないが、イチロウ殿はいつのまにか位階4へと至っていたのだという。

勇者とその仲間を殺し、魔王軍の将軍を殺したことでお膳立てされたように位階4へと至った彼は目の前の神を殺すことも神自身の計画だったと告げていたが、神自身は恨みがましい目で彼を見ていた、おそらくこれは神の計算外だったのだろう。


「ブレイブ王よ、今ここで神は死んだ、そして神を殺した俺は神となったそれを認めて俺を神と崇めよ」

目の前でイチロウ殿が私を見下ろしながら告げる。

だが……それは無理だろう、この世界には長い期間の間崇められた神とその教徒たちがいる、ここで急に今までの神は死に新しい神を国教とするなどと言ってもこれまで神の名を語り利益を得ていた者たちは多く、その利益が失われることを認めないだろう。


「ブレイブ王よ、もし勇者やその仲間に対して後悔の念があるのなら俺を神と崇めよ、そうすれば彼等を蘇らせることができる」

びくりと体が震える、その言葉に私は思わず縋ってしまいそうだった、私のふがいなさで殺した有望な若者たちを生き返らせることができるのであれば彼を神と崇めても……


「ブレイブ王よ、まさかこのような話を受けるつもりはなかろうな?」

後方から声がかけられ振り返れば現在我が国で強い権威をもつゼファー教会の神官がこちらに対して声をかけてくる。

このような地にいる以上高位の神官ではないだろうだが教会所属の生臭であることは間違いない


「もし王がこのような亜人を神と崇めるのであれば我らとは道を違えることとなるでしょうな、私はそのような獣臭い存在を神とは認めませぬ故」

そういって鼻をつまみ手で仰ぐようにイチロウ殿を馬鹿にする。

こいつは馬鹿なのだろうか、目の前の彼は陣地を超えた位階4の神を殺した存在だ、彼がその気になればこの砦を、いや、人の世界も魔物の世界も滅ぼせるであろう存在であるというのに。


「……イチロウ殿、アレクサンドロア・ブレイブの名において誓おう、これより我らブレイブ王国は貴方を神と崇めることを、もし逆らう貴族やそれ以外がいるのならば我らは全力をもってその火の粉を振り払うと」


私の言葉にイチロウ殿以外全ての人間が驚き一瞬時間が止まったかのように動くものはいなくなった。

当たり前だ王が自ら新しい神を認め、その神の信徒となると誓ったそれはつまり王家の崇める神が教会と異なったのだ。


「王よ、今の発言我ら教会との決別のように聞こえたのだが?」

ゼファー教の神官がこちらに声をかけてくる、その顔は真っ赤に染まっており体は小刻みに震えていた。


「娘よそして騎士団長よ、私は彼を新たな神と認める、ただしそれは彼が私の愚かさで殺してしまった4人の少年少女を蘇らせてくれたならばだ、かまいませんなイチロウ殿」

私の言葉にイチロウ殿は「俺が蘇らせることができないなら改宗してかまわない」そう答え頷く、私たちのやり取りを見ていた教会のものは顔をしかめた後、教会の戦力を引き連れて砦から離れていく。


これで私達王家と協会は決定的に決別しただろうだが、構わない、私はもう勇者を殺した神を崇めることができないのだから。

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