第2話 陸上界のマドンナ

澤部美帆は大学のトラックで入念にアップを繰り返していた。

一時より空気が少し肌寒く感じられるようになり、その分身体を温める時間を長くとるようにしていた。

関東女子体育大学の三年生になってから急速に力を付け、ついにはこの九月のアジア大会で、福島選手以来となる短距離二冠を達成していた。

澤部美帆は、その美貌と健康そうで伸びやかな肢体で、実力と相まって競技関係、一般を問わず人気は相当なものだった。

「調子良さそうだね。」

当大学の陸上短距離コーチ山下裕史が強化委員の橋本を伴ってやって来た。

橋本の掛け声に肯くだけで応答し「それよりこの間の関東大会の時、山県さんが見に来てたみたいだけど、何か言ってませんでした。」

「うん、無駄のない完璧に近いフォームで素晴らしいって褒めてたよ。」

「そう、山下コーチと一緒にやってくれるトレーナーを募集してたから、うちに来てくれるのかなと期待してたんだけど。」

「山県さんは、澤部さんは完璧で自分の出る幕はないとか言ってたな。」

「それって喜んで良いのかな。」

「そうだよ。改めておめでとうって言うけど、アジア大会の短距離二冠だからね。」

「山県さんは今、誰に付いてるの。」と山下コーチが聞いて来た。

「今、地元千葉の実業団サンシャイン工業でトレーナーをやってるよ。」

「関東大会の後、サンシャイン工業と契約して、短距離に限らず幅広く視ているみたいだね。」

「契約したばかりじゃうちにはこないか。」

「そうね、無理なようね。」と美帆もつぶやいた。

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