恋は盲目なのでコスプレを着ます
ある夜、恵流が俺の部屋にやってきた。
「あの、カケルン……見て欲しいものがあるんだ」
扉を開ける。恵流の手元には何もなかった。
見て欲しいものとは、服だとすぐにわかった。
「この服、新しく作ったの。どう、かな?」
肩周りが露出するタイプのニットセーターだった。
恵流の白い二の腕が曝け出され、妙に色っぽい。
ピッチリとしたサイズにより、恵流の形のいい胸がくっきりと浮かび上がっている。
下はフレアのミニスカートで、艶めかしい脚線美を堂々と見せつけている。
恵流は恥ずかしそうに髪を弄りながら、潤んだ瞳でこちらを見つめる。
「……カケルンに見て欲しくて、作ったの。そしたらね? いままでと比べものにならないくらい、上手に作れたの」
恵流の声は弾んでいた。
自ら作り上げた衣服を、愛しそうに撫でる。
「あーし、気づいたんだ。服って、誰かに見せるためのものでしょ? 見せたい人のことを考えてデザインしたら、これができたんだ。カケルンは、どう? この服、好き?」
期待を込めて、恵流が聞いてくる。
しかし、俺はそれどころではなかった。
沈黙していた機械に、とつぜん熱い燃料を注ぎ込まれたように頭が沸騰していた。
「……恵流、部屋に入って」
「え、カケルン? ……きゃっ!」
ほぼ強引に、恵流の手を取り、部屋に招き入れる。
「カ、カケルン……そんないきなり……」
「ごめん、しばらくそのままで」
「え?」
「何か、掴めそうなんだ。頼む」
俺はスケッチブックを取り出し、すぐに恵流を描き始めた。
三人目のモデル……だが、璃里耶や青花のときのように服を脱がせない。
必要ない。いまの時点で、充分に色香を感じるのだから。
これまでエロスをテーマにした絵は下着姿ばかりだった。
そこに囚われすぎていた。
たとえ衣服を身につけていても、女性の扇情的な美は形にできることに気づけた。
欠けているパズルのピースのひとつが、嵌まったような気分だった。
「カケルン……凄い、真剣な目……」
恍惚と見つめてくる恵流の表情も良かった。
恥じらいと喜びが滲んだ乙女らしい顔つき。
筆が乗りに乗った。
あっという間にラフができあがった。
「ありがとう、恵流。君のおかげだ」
礼を言うと、俺はすぐに清書に取りかかった。
* * *
絵を描くことに集中しだしたカケルの後ろ姿を、恵流は夢見心地な顔で見つめた。
「カケルン……いつもこんな風に、描いてるんだ」
衣装の感想は言ってもらえなかったが……充分だった。カケルは言葉ではなく、態度で語ってくれている。
恵流は嬉しかった。衣装がうまくできたことよりも、その衣装のおかげでカケルの役に立てたことが。
恵流は胸を高鳴らせながら、絵に没頭するカケルに見惚れた。
「素敵。カケルン、かっこいい」
ふと口から零れで出た言葉に、恵流は驚いた。
そして、ようやく自覚した。
この最近、ずっとカケルを目で追ってしまう理由を。
「そっか。あーし、そうなんだ」
鳴り止まない胸の鼓動。恵流は宝物を抱きしめるように、胸元に手を置いた。
* * *
・今回は露出が少ないですね~……でもなぜかエロい!
・服着ててもエッチに感じるなんて!
・肩が露出する服って最高だよね
・表情も良いな~女の子のドキドキしている感情が伝わってきそうだ
・いままでの絵で一番好きかも……見てると、こっちもドキドキしてくる
・わかる、なんか女の子が目の前にいるような錯覚を起こす
・俺には感じられるぞ! この子の体温と匂いが! ……いや、真面目に生々しさとリアリティーレベルがヤバい
毎度のように、衝動のままに投稿したイラストはまたしても好評だった。
しかし、以前ほど俺は後悔していない。
今回のイラストは、あからさまに肉欲を煽るような内容ではない。
なにせ服を着ているのだから。
ついつい色っぽく描いてしまったが、ここから健全な方向に修正することは充分に可能なはずだった。
……イケる。俺は、ちゃんと女性を普通に描くこともできるんだ!
イラストレーターを目指すならば、やはり女性も描けるようにならなければならないだろう。
だが露骨なエロスに頼る必要はない。
下着姿でなくとも、ヌードでなくとも、自分は女性を魅力的に描ける。
今回のことで、そのことがわかった。
恵流のおかげで、表現手段がひとつ増えたのだ。
弾んだ気持ちで部屋から出ると……いきなり誰かに抱きつかれた。
璃里耶だった。
「おわっ!? な、なんだ璃里耶、いきなり!!」
「新作を見たわ。おめでとう、カケル。あなた一人で試練を乗り越えたのね」
璃里耶は喜びに満ちた顔を浮かべて、ギュッと熱い抱擁をしてくる。
……うお、バカでかいおっぱいが胸板の間で押し潰れる!
そして、やっぱりめっちゃいい匂いするなコイツ!
「嬉しいわ。私のアドバイスがなくとも、あなたは新しい
「あ、ありがとよ。で、でも今回の絵は恵流のおかげでもあるし」
「ええ、そのようね。私としたことが盲点だったわ。エロスは裸体にしか宿らないと思い込んでいた。女性を魅力的に映えさせる衣装の力を侮っていた。だからこそ嬉しくもあり、悔しくもあるわ」
「え?」
俺から身を離すと、璃里耶はブスッと唇を尖らせた。
「あなた、随分と恵流には優しいのね。今回の絵、タッチも筆遣いも、恵流への思いやりの心に溢れていたわ。私をモデルにしたときと、まるで違うじゃないの。嫉妬してしまうわ」
「なっ……」
天才少女は絵の描き方から作り手の心情まで読み取れてしまうらしい。
確かに今回の絵は、とても穏やかな気持ちで描き上げることができたが……。
「私のときはケダモノのように貪る勢いの激しさだったけれど、恵流のときはまるでそっと肌を撫で回すような感じだったわ。ふんっ。なによ、女を知った途端、いっちょ前にテクニックなんか身につけちゃって」
「やめろ! いかがわしい言い方するな!」
「思えば青花をモデルにした絵も具体性と瑞々しさに溢れていたわね。あなたの絵が成長するのは素直に喜ばしいけど……やっぱり悔しいわ。私があなたの導き手でありたいのに」
璃里耶は胸元の前でキュッと拳を握り、切なげに顔を伏せた。
前回の絵といい、俺の成長に貢献できなかったことが璃里耶にとっては不服らしい。
「……変なところに拘るんだな、お前も」
「私だって乙女ですもの。特別な存在は、独占したいものよ」
「え?」
意味ありげな言葉を呟き、艶っぽい流し目を璃里耶は向けてくる。
「……瞳に光が戻ったわね。あなたは、やっぱりそうでなくちゃ。素敵よカケル」
「お、おい」
夢見心地な様子の璃里耶に迫られ、壁際まで追い込まれる。
璃里耶の白い手がそっと胸元に置かれ、じっと熱い眼差しを向けれれる。
いまにもキスでもしそうな距離に、心臓が早鐘を打つ……かと思いきや、
「さて、次のレッスンの内容を考えなくてはね」
あっさりと調子を切り替えて璃里耶が離れたので、思わず腰から力が抜けた。
「絵の調子を見るに、モデルとなった恵流には恥じらいがあった……あれは、使えそうね」
にやり、と悪い笑みを浮かべて璃里耶は一階に下りていった。
なんか嫌な予感がするぞ。
「ったく、本当にワケのわからん女だ……」
マイペースな璃里耶に振り回されてタジタジになりながら、俺も一階に降りた。
すると、ちょうど部屋から出てきた恵流と鉢合わせた。
「あっ……おはよう、カケルン」
「おう、おはよう」
俺の顔を見るなり、恵流はとろんと嬉しそうな笑みを浮かべた。
「ねえ、聞いて。あれから、ずっと調子がいいの。作りたい服のアイディアがどんどん沸いてきちゃってさ。いますっごく服作りが楽しいの。カケルンのおかげだよ」
「俺も、恵流のおかげで良い絵が描けたよ」
俺はスマートフォンに映った新作を恵流に見せた。
いつもなら躊躇うところだが、恵流なら見せてもいいと思った。
恵流は目を輝かせた。
「綺麗……嬉しい。カケルン、あーしをモデルに、こんな素敵に描いてくれたんだ」
「恵流? うおっ!?」
恵流はきゅっと俺の手を握ると、自分の胸元に引き寄せた。
「え、恵流!? 何を……」
手の甲から、恵流の胸の脈動が感じられた。
とても早鐘を打っている。
「……好き」
「え?」
「大好き」
もう抑えきれないとばかりに、恵流は言った。
陶然と濡れた顔で、俺のことしか視界に入っていないかのように。
「あなたが、好き」
* * *
「空野くーん? おーい、どうしたのー? 今日ずっとボーッとしてるよー?」
教室で木ノ下に声をかけられても、俺はずっと上の空だった。
今朝の出来事で頭がいっぱいだった。
……あなたが、好きです?
告白? 俺、告白されたの?
誰に? 恵流にだ。
あんなかわいくて、家事もできて、器量良しのギャルに。
なぜ? 俺のどこがいいの? というか俺はどう答えればいいの?
生まれて初めての女子からの告白に俺はすっかり混乱していた。
「こんちわ~。カケルン、いますか~?」
「え、恵流!?」
頭の整理が追いつかないところで、恵流が教室にやってきた。
噂のギャルがやってきたことで、教室が騒然とする。
「か、風見さん!? また空野くんのことを名前呼びしてる美人さんが……何で!?」
木ノ下はなにやら顔を真っ青にしながら頭を抱えた。
「ど、どうしたんだ、恵流?」
「えっと……カケルンに、会いたくなっちゃって……ダメ?」
恵流は首をコテンと傾げて、おねだりするように聞いてきた。
「ダメじゃないよ」
とてもかわいらしかったので秒速で答えた。
たちまち、教室からひそひそと女子たちの囁き声が聞こえてきた。
「なに? 風見さん、今度は空野くんターゲットなわけ?」
「男なら誰でもいいって噂、本当なんだ」
「不潔……」
女子に続いて、男子たちも落ち着かない様子を見せだす。
「ちくしょう、何で空野なんだよ」
「男なら俺だっていいじゃねえかよぉ」
好き勝手に恵流のことを話す生徒たちの野次。
ああ、ったく。
なんでどいつもこいつも恵流のことを悪く言うんだ!
怒りが頂点に達す。
「お前ら! だから、恵流はそんなヤツじゃ……」
俺が椅子から立ち上がった瞬間、恵流がギュッと腕に抱きついてきた。
戸惑う周囲を見回して、恵流はすぅっと息を吸い込んだかと思うと……
「……あーし、処女ですから!!」
と、顔を真っ赤にしながら、大声で言った。
教室が沈黙に包まれた。
恵流は構わず言葉を続けた。
「一度も男と付き合ったことないから! 遊ぶ時間もないから! ていうか、初恋だっていましたから! あーしが人生でガチ恋したのは、ここにいるカケルンだけ! 他の男とか眼中にないから! だからもう告白はNG! だ~れも受け付けません! あーしには、もう心に決めた人がいるんだから!」
「え、恵流……」
これまでの鬱憤を晴らすような恵流の宣言に、誰もが口をポッカリと開けた。
「よく言った風見さん! あたしらは応援するよ!」
「根も葉もないこと言うヤツいたら、私たちが怒ってあげるから!」
「がんばれ風見さん!」
廊下から恵流を励ます声があった。
見ると、この間の女生徒たちだった。
「あの後さ、仲良くなったんだよね。で、カケルンに恋したことを話したら、皆アドバイスに乗ってくれてさ」
「そ、そうなんだ」
「あーし、本気でこんな気持ち初めてだから、どうしたらいいのか全然わかんないけど……で、でも、覚悟しててね! あーしなりにいっぱいアタックして、カケルンのこと振り向かせちゃうんだから!」
顔を紅潮させながらも、恵流は精一杯の気持ちをぶつけてきた。
「だから返事は……そ、そのときでいいよ?」
しおらしく、モジモジとしながら、恵流は上目遣いを向けた。
……やべえ、かわいい。
恵流みたいな明るく気さくなギャルが、こんな乙女の顔をするだなんて!
とんでもない破壊力だ!
「……え? あれが風見さん? 噂と全然違うじゃん」
「めっちゃ初心じゃん」
「ていうか、女子の目から見てもかわいいんですけど……」
「やば。ギャップすごっ」
恋する乙女の姿に、教室中の生徒たちも恵流への印象が激変したようだった。
「あ、ああ、風見さんみたいなお洒落な美人さんが、あんな初心な一面を持ってたなんて……反則だよ。勝てる気がしない……」
一方、木ノ下だけは口から魂が抜けたように脱力していた。
* * *
それからというもの、恵流は新しい服を作るたび俺に披露してくるようになった。
「ど、どう? 似合うかなカケルン?」
「あ、ああ、もちろん。とってもかわいいよ」
「えへへ、やった~」
最初のうちは、お洒落な服屋に行けば見かけるようなデザインばかりだった。
……しかし、だんだんと様子が変わってきた。
なんというか……際どいというか、マニアックになってきたというか……。
どちからと言うと……コスプレっぽいものになってきた。
「え、恵流。さすがにそのスカートは短すぎるんじゃないか?」
「う、うぅ、やっぱりぃ? やん、恥ずいよ~」
「恥ずかしいならなぜそんな衣装を!?」
ていうか衣装っていうか、ナース服っぽいんですけど!?
「だってリリヤンがこういう服を作ればカケルンが喜ぶって言ったから……」
「お~い!! 出てこいや変態女!! 恵流になんてこと吹き込んでやがるんだ~!?」
俺が絶叫を上げるとバンっと扉が開かれた。
待ってましたとばかりに璃里耶が仁王立ちしていた。
「カケル! 私は失念していたわ! 衣装が引き出すエロスを! そして乙女の恥じらい特有の色っぽさを! そういう意味で恵流は理想的なモデルよ! さあ、存分に目に焼き付けなさい恵流のコスプレ姿を! そして新たなエロスを描くのよ!」
堂々とコスプレと言いやがったぞこの女!
「うぅ、なんか変だな~とは思ってたけど……もしかしてあーし、リリヤンに騙されてる?」
「そうだよ! 唆されて良いように使われているんだよ! 目を覚ませ恵流!」
「で、でも、カケルンの絵ってエッチなことすると上達するんでしょ? だ、だったら、あーしも協力してあげたいな。すっごく恥ずいけど、あ、あーしもカケルンの役に立ちたいもん!」
恵流よ。無垢な瞳で、なんてことを言うんだ。
「ほら、カケル。恵流のこの一途な思いを無下にするというの? 据え膳食わぬは男の恥。男なら腹をくくりなさい!」
「煽動したヤツが偉そうに言ってんじゃねえよ!!」
「エッチな気配を感じて青花参上しました! あら、恵流さん! たいへんスケベなコスプレですね! いまからナースプレイですか!?」
「お前までやってくるな変態お嬢!」
目を爛々と輝かせた青花まで現れて、頭が痛くなってきた。
「さあ、恵流。カケルの創作意欲を刺激するポーズを取るのよ。それがカケルの栄光の手助けになるのよ」
「カケルンの手助け……よ、よ~し、えっと、こうかな?」
璃里耶に言われるがままに、恵流は際どいポーズを取り始める。
「うんうん! いいですね~恵流さん! とっても色っぽいですよ! 是非視線をこちらに!」
「えっと、い、いえーい」
なぜかスマホで動画を撮り始めた青花に向けて、恵流は顔を真っ赤にしながらピースをする。
「うぅ~やっぱり恥ずかしいよ~。で、でも、これがカケルンのためになるなら……あーし、頑張る!」
恋は盲目ということなのか。
俺に尽くすためとあれば、自らの恥じらいをも呑み込む恵流のまっすぐな思い。
こんなにも強く思われて、男冥利に尽きるというものだが……その純朴な気持ちを淫魔二人に弄ばれていることを彼女は気づいているのだろうか?
「恵流、上着のボタンをもう一個外しなさい。ええ、そうよ。胸の谷間が見えるほうがいいわ」
「うへへ、ついでにスリーサイズも言ってもらっていいですか恵流さん?」
「え、えっと……バスト107cm、ウエスト59cm、ヒップ90cmだよ。身長は165cmだからカップ数はLです。な、名前と同じエルで~す。なんつって」
「いい加減にしろ~! 完全にいかがわしい撮影会になってんじゃねえか~!!」
悲痛な叫びが夜空に溶けた。
かくして、恋するあまり無垢な痴女が誕生してしまい、俺の悩みの種はますます増えるのであった。
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