最終章 我が最愛の……
俺の絵は、ただ、やらしいだけじゃない
蘭胤荘に住めば、創作者として大成する。
もしかしたら遠い未来、そんな風評がつくかもしれないと思うほどに、少女たちは順調に成功体験は重ねていた。
「火村璃里耶殿。あなたは学生対象印象派コンクールにて優秀な成績を収めましたのでこれを賞します」
朝礼中の体育館にわれんばかりの拍手が起こる。
璃里耶は相も変わらず絵描きとして理想的な結果を残し、賞状を受け取っていた。
「カケルさん、やりました! とうとう私の小説が日間だけでなく週間、月間で一位になったんです! ああ~、いつか書籍化打診が来るのではないかとソワソワしてしまいます!」
青花の官能小説もネットで高い評価を受け、徐々に読者数を増やしていた。
編集のお眼鏡にかなうかはまだ未知数だが、青花の小説家としての腕が上がっているのは確かだった。
「カケルン聞いて! この間作った服がね、雑誌で紹介されることになったの! 先生も凄い褒めてくれてた服だから自信あったけど、超嬉しい~♪」
恵流もすっかりスランプを乗り越え、教師だけでなく、業界の目にもとまるほどの衣服を作れるようになっていた。
少女たちは皆、順調だった。
俺も負けてはいられない。蘭胤荘の一員として、俺も輝かしい結果を……。
「さあ、カケル。偉大な絵描きとなるため今日も描くのよ。至高のエロスを!」
「だから俺はエッチな描かないって言ってるだろうがあああ!!」
今日も今日とて、璃里耶に下着姿で迫られ、エッチな絵を描くことを強制される。
違う! 俺は健全な絵で成功したいんだ!
「いい加減に観念なさい。エロスこそがあなたが大成するただひとつのテーマなのよ!」
「そうですそうです! 私たちの輝かしい未来のためにも、カケルさんはエロスを究めるべきなのです!」
璃里耶だけでなく、青花もまた純白の下着姿で俺にエッチな絵を描けと要求してくる。
俺の絵で刺激を受け、執筆している官能小説のクオリティーをより高めるため。
そして将来、俺とコンビを組むことを画策している彼女は、息を荒げながら密着しようとしてくる。
「あ、あーしもカケルンには絵描きとして成功してほしいから、恥ずかしいけど協力するよ!」
恵流も恥じらいで頬を赤く染めながらも、世間には決して出せないようなハレンチな自作衣装を着込む。
今回はミニスカメイドのような衣装。スタイル抜群の恵流が身につけると大変エッチだった。
「では始めるわよ。今日も絵のレッスンを」
薄暗い一室。
美しい容貌と抜群のスタイルを誇る少女たちが、あられもない格好で俺に近づいてくる。
「や、やめろ……やめてくれ」
抵抗の言葉は虚しく、少女たちは豊かな胸を当てつけ俺の顔を覆う。
「むぐっ」
この世で最も柔らかな感触に覆い尽くされ、抵抗する力が失われていく。
「私をモデルに描きなさい、カケル」
「いいえ、今日は私を描いてくださいカケルさん♪」
「え、えっと……今回はあーしをモデルにしてくれると嬉しいな~」
三人の少女をモデルにした絵を描いてから、彼女たちはずっとこんな調子だ。
まるで張り合うように俺のモデルになろうと、どんどん過激に迫ってくる。
「い、いやだ……」
三方向から美少女の爆乳に圧迫されながら、俺は叫んだ。
自分は健全な絵でプロになりたいのだ。
淫らなイラストで人気を得ても、それは俺の思い描く未来ではない。
だから……。
「俺は、絶対に……エッチな絵を描かない!!」
どれだけ彼女に求められようと、俺は決して己の信念を曲げない。
……そのはずだったが。
「やっぱり描いてしまうんだよなぁ~……」
またしても衝動に負けてエッチなイラストを無我夢中で描き、反射的に投稿してしまったことを俺は悔いた。
ネットでの評価は相変わらず高く、絶賛するコメントで溢れていた。
……しかし、注目を浴びた弊害か、あまり好ましくない輩も増えてきた。
・エロいけどさぁ、なんか上品すぎんだよね~
・もっと俗っぽいのが見たいっていうか、下品に乱れたやつが欲しいっていうか
・アヘ顔とか描いてくださいよ~
・つぅか、そろそろ乳首とか描いてくんない? 半裸とか飽きたわ
・せっかくエロいの描けるんだからもっとオカズになりそうなの投稿しろよ~
「……」
近頃は衣装やシチュエーションの指示や露骨な要求が多い。
あからさまに、俺の絵を性欲発散のツールとしか見ていない人間が頻出してきている。
そういった感情を煽るイラストを投稿しているのだから、致し方ないとは言える。
避けられない、防ぎきれないことだとは思う。
しかし……俺は眉をひそめた。
──俺の絵は、ただ、やらしいだけじゃない。
拳を握りしめる。
俺にとって、淫らなイラストは忌むべきもの。
愛着など湧くはずがない。
それなのに……心に満ちるのは悔しさだった。
* * *
蘭胤荘の庭で、俺は植物のスケッチをしていた。
とにかく何でもいいから描いて、新しい武器を身につけたかった。
どうあれ、成長の兆しは見えている。
あとは身につけた技術を活かすための主題探しだ。
そのためのヒントを見つけるべく、試しに植物をモチーフにしてみたが……しかし思うように描けなかった。
「はぁ……なんか調子出ないな」
「悩んでるね~、少年」
背後から大家の未遥さんに声をかけられ、思わず肩がビクッと跳ねた。
咄嗟にスケッチブックを隠してしまう。
現役のプロイラストレーターである未遥さんに、お粗末な絵を見られたくなかった。
「そんなに露骨に怯えることないじゃん。べつに絵に対してチクチク言ったりしないって」
未遥さんは俺の横まで来て、腰を屈めた。
「花を描いてたの?」
「ええ、まあ……新しい主題を見つけるヒントになるかなあって思って」
以前、未遥さんに「君の絵には主題が感じられない」と指摘されて以来、がむしゃらに絵の主軸となるものを模索していた。
「主題……もうエロスをテーマに描かないってこと?」
「それは璃里耶が勝手に言ってることです。俺はもともと、そんなつもりないんですから」
「ふぅん……でも私は、そっちの方向でしか君はプロの世界に来れないと思うけどね」
「……え?」
いとも簡単に残酷なことを言う未遥さんに、俺は血の気が引いた。
「……俺に、ずっと女性のやらしい絵を描いていけって言うんですか?」
「考えが浅い。だからアマチュア止まりなんだよ君は。本当に芸術科なの?」
「え?」
「エロス=女性の裸体、とは限らないでしょ? テーマはね、解釈して、拡大させるんだよ。自分の中でね。それが唯一無二の絵を作りだす」
未遥はひょいっとスケッチブックを奪い取り、サラサラと筆を走らせる。
「エロスってのは女性だけに宿るものじゃないよ。万物すべてが対象だ。食べ物だって、金属だって、もちろん植物だって、描き方によっていくらでも扇情的に表現できるんだよ。こんな風にね?」
未遥さんはスケッチブックを俺に見せる。
数秒で描き上げた絵とは思えないクオリティーの花のスケッチだった。
息を呑んだ。ただ、うまいだけではない。
その花には『色香』が滲んでいた。思わず、胸がドキドキするほどの。
「絵は自由の世界だよ。どんな表現をしたっていいんだから。固定観念に縛られているうちは、どう逆立ちしたって、プロの物真似にしかならないよ?」
何も言い返せなかった。
自分がどれだけ凡庸な思考回路をしているか、この一瞬だけで思い知らされてしまった。
これが、プロ……本当に、俺もなれるのか? こんな凄い描き手に。
「絵師に求められる素質は、ただひとつ──この世界をどう見ているかだよ」
君は、ちゃんとこの世界をまっすぐ見てる? そう言われたような気がした。
呆然とする俺の背中を、未遥さんがバンッと叩いた。
「イテッ!」
「とりあえず……いまの坊やに必要なのは気分転換だね。一度、絵から離れるってのも大事だよ? というわけで、いまから出かけていらっしゃい♪」
「い、いきなりそんなこと言われても……」
行くあてなんて、どこにもない。ただフラフラしろとでも言うのか?
「ふーん、そういうことならさ……あ、あーしとデートしないカケルン?」
「恵流!? いつのまに……」
花の水やりに来たのか、ジョウロを持った恵流がモジモジとしながら提案してきた。
「駅チカに新しく大きな商業施設がオープンしたんだって。だからさ、一緒に行かない?」
「あっ、ずるいですよ恵流さん! 私だってカケルさんとお出かけしたいです!」
話を聞きつけて、青花までやってきた。
「パートナーとして親睦を深めるためにも是非一緒に行きましょうカケルさん!」
「むう~、できれば二人っきりが良かったけど……しょうがないな~。じゃあせっかくだし皆で行こっか。リリヤンもおいで~! カケルンとデートに行くよ~!」
何やら蘭胤荘の少女全員とデートに行く流れになっていた。
「おい、俺はまだ行くとは言って……」
「何をしているのカケル? 早く準備なさい」
「着替えるの早いなお前!?」
璃里耶は颯爽と外出用の服に着替えて降りてきた。
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