聖女は失われた



・新作待ってました!

・正統派黒髪ロング! キタコレ!

・銀髪美少女もいいけど、やはり王道の黒髪美少女も最高だね!

・お清楚な顔立ちのくせに胸も尻も太もももムチムチやんけ!

・気品ある雰囲気から香ってくる色気がたまりません

・ていうか塗りえっぐ! すご……肌艶ってここまで表現できるんだ……

・ヤバ、絵なのに柔らかい感触が伝わってきそうだ……

・この人、女の子描くたびにレベルアップしてるな

・バカな! ここからさらに進化するだと!? ずっとついていきます!

・これからどんな女の子を描いてくれるか非常に楽しみ

・今回も最高でした! 応援しています!


「またやってしまった……」


 俺は頭を抱えた。

 またしても、描き上げた絵を条件反射のように投稿してしまった。

 翌日には、すでに大量の絶賛するコメントが来ており、閲覧数も伸び続けている。

 モデルを変えたことで新鮮味があったためか、反響はこれまでで一番大きかった。


「マジか。ランキング入りしてるじゃないか」


 ランキングはイラストの閲覧数と評価数の総合、その高い順に掲載される。

 だいたいはすでにプロとして活動するイラストレーターの作品が常駐しており、アマチュアが入り込む余地などないはずだったが……そのランキングの下位に俺の新作があった。

 下位ではあったものの、それでも数多とある作品との競争を勝ち抜かなければランキング入りなどできない。

 これまでの戦績を考えれば、信じられないような結果だった。

 エロスをテーマにした絵は、プロ相手とも張り合えることが証明されてしまったのだ。


 ……もしも、このまま描き続けていれば、俺もプロの道に。


 イラストレーターになるには人気者となり、結果を出さなければならない。

 いままで通りのやり方では、その道は果てしなく遠い。

 だが、どうだ。璃里耶の言うようにエロスをテーマにした途端、俺の絵描きとしての運命は大きく動き始めている。

 この勢いを維持して、繰り返し新作を投稿していけば……いずれは挿絵の依頼や、企業案件が来るかもしれない。プロへの道が、瞬く間に開き……。


「……って、ダメだダメだ! 俺は、健全な絵でプロになるんだ!」


 首を振って冷静になる。

 たとえ仕事の依頼が来たとしても、結局求められるのはエッチな絵だ!

 俺はそんな形でデビューをしたいわけではないのだ。

 人気にかまけて、望まぬ方向に進むわけにはいかない!


「気晴らしになんか飲むか……」


 気持ちを落ち着かせるべくダイニングに降りた。


「空野さあああん!」


 一階に降りるなり、水無瀬さんが物凄い笑顔で駆けつけてきた。

 思わず「うわっ、出た」と叫びそうになった。

 また「おちんちん見せてください!」と要求してこようものなら即行で逃げるつもりだった。


「見てください! 私の新作、日間ランキングに載ったんです!」

「え?」


 しかし、どうやら水無瀬さんの目的は「おちんちん」ではないらしい。

 水無瀬さんが突きつけてきたスマホの画面には、ポルノ小説のサイトのランキングが映し出されている。

 見覚えのある「ブルーブロッサム」の名前が、確かに掲載されていた。

 しかも……。


「え!? 一位!?」

「そうなんです! いままでは良くて八位とか六位だったのに……初めて上位の五作品に並んだだけでなく、トップになってしまったんです!」


 水無瀬さんが小説を投稿しているサイトも、すでに書籍デビューをしているプロたちが活躍している場所だ。

 そこでアマチュアである水無瀬さんの作品が一位を取るというのは、とんでもない事態であった。

 ひょっとしたら、このまま書籍化のオファーが来るかもしれない。


「これもすべては空野さんの絵のおかげです!」

「はい? 俺の絵のおかげ?」

「私、気づいたんです。官能小説はリアリティーも大事ですが……やはりヒロインの魅力が命だと! 空野さんに描いてもらった絵を通して、私自身が絶好のヒロインのモデルだと自覚できたんです! すると、どうでしょう! もう筆が乗ること乗ること!」


 スランプを脱し、さらに初の一位となれたことで、水無瀬さんはすっかり興奮状態になっていた。


「まさに『灯台もと暗し』というやつです! 男性が求めてやまない大きなおっぱいもお尻もムチムチの太ももも、そして童貞さんが見たこともない『ア・レ』もすでに私自身が持っていたのですから! 媚肉の柔らかさも肌のなめらかさも『ア・レ』の具合もそりゃリアリティに再現できたというものです! なんせ自分の体を弄り回しながら書いたのですからねー!」

「朝っぱらからそんな爆弾宣言するな! 反応に困るわ!」


 堂々と「私、ひとりエッチしながら官能小説書きました♡」と告げる水無瀬さんに顔を火照らせながら注意した。


「空野さんもおめでとうございます! 新作のイラストが凄い伸びているみたいじゃないですか!」

「え? 何でそれを……」

「私、刺激を得るために普段SNSでエッチな絵をチェックするようにしているんです! そして今朝のオススメTLに載ってた『そらかけ』さんって絶対に空野さんですよね!? 絵のモデルも完全に私ですし!」

「うわああ! またしても知り合いに特定されてしまったあああ!」

「この絵のおかげで今朝、また新作が書けちゃいました! 楽しみにしててくださいね!」

「それは普通に気になるううう!」

「ああ。やはり創作者同士で刺激し合うことは大事だったんですね。この出会いに、私は感謝します」


 水無瀬さんは、あたかも神に祈祷するシスターのように手を組んだ。


「やはり私の直感は間違っていませんでした。私と空野さんは、同じ志を持つ仲間だと」

「いや、勝手に同種扱いしないでくれる!?」

「きっと私たちは出会うべくして出会ったのです」

「ひとりで盛り上がらないでくれる!?」

「ですが、実際こうしてお互い結果を出せたではないですか! 私が脱いでエッチなモデルになることで、空野さんはエッチな絵で成功し、私が空野さんのエッチな絵を見て、エッチな小説が書ける……なんという素晴らしい循環! これはもう、運命の出会いと言ってもいいのではないですか!?」


 水無瀬さんの目は完全に正気を欠いていた。

 夢見る乙女のようにキラキラとした眼差しを向けてくる。


「どうしましょう、こんな気持ち、生まれて初めて……ああ、空野さん……いいえ! カケルさんと呼ばせてください! 私たちはこれから、エロスの糸で結ばれた運命共同体です!」

「エロスの糸って何!?」

「お互いに手を取り合って、プロの世界を目指そうではありませんか! 私が話を書き、カケルさんが絵を描く……そうです! もしも私がデビューできたら挿絵はカケルさんに担当していただきたいです! あっ、一緒に漫画を作るのもいいですね! ああ、私には見えます! カケルさんと紡ぐ美しい未来が!」

「俺には見えないんで、お断りさせていただきます」

「ああん、逃げないでカケルさん! 共にさらなるエロスの追究をしましょうよ!」

「俺にそんな気はない!」

「んもぅ、照れちゃって。私たちはもうパートナーなのですから遠慮なんていりませんよ?」

「アンタはちょっと遠慮しろ!」

「無理です! この気持ちはもう止められません! 早速スキルアップのためにレッスンを始めましょう! 究極のエロスを生み出すため、私たちがこれからすべきことはひとつです!」

「……ちなみに、何をする気だ?」

「ふふ……セッ」

「やめないか!」


 かくして、恥も外聞もかなぐり捨てた淫乱お嬢様に迫られる日々が始まった。


「カケルさーん! おちんちん見せてくださーい!」

「見せないっつの! 璃里耶! あの変態お嬢様を止めてくれ!」

「あら、青花。カケルの前でも地を出すようになったのね」

「はい! もう隠す必要ないですから!」

「待って!? コレがデフォ!? これが平常状態なのこのお嬢様!?」


 水無瀬さんの変態染みた本性を知らなかったのは、どうやら俺だけだったらしい。

 璃里耶と恵流も「いつもどおりね~」とばかりに水無瀬さんの暴走を静観するだけだった。


「わー、久しぶりだなー。素のせっちん見るのー。良かったねーカケルン。せっちんが心を許してくれた証拠だよ~?」

「良くねえよ! なんで皆して止めてくれないんだよ!?」

「……だってねー?」

「……物理的に青花を止められる住人なんてここにいないものね?」


 恵流と璃里耶は顔を見合わせて「うんうん」と頷いた。

 まるで猛獣を恐れるかのようだった。

 ……いや、実際、水無瀬青花は猛獣だった。

 俺は部屋の鍵をしっかり閉めるようになった。

 夜な夜な、変態お嬢様が襲いに来るからだ。


「カケルさーん! 開けてくださーい! あなたのパートナーの青花ですよー! 一緒に夜のレッスンしましょうよー! あれー? 寝っちゃったんですかー? 放置プレイってやつですかー? んもぅ! 毎夜こんなに私のことを焦らしちゃってー! カケルさんったらテクニシャンなんですからー!」


 ドンドンと叩かれるノック音。

 水無瀬青花の発情した声。

 俺は耳を塞ぎ、布団の中で震えながら、こう思った。


 聖女は失われた、と。


    * * *


「空野くん、この頃、ますますやつれてない?」


 度重なる水無瀬青花のアピールに疲弊したまま学園に行くと、教室でまたもや木ノ下に心配される。


「ある変態のせいで、ここのところ寝不足でな……」

「へ、変態? えーと、近隣騒音ってことかな? 大変だねー。良かったら安眠グッズとかアロマとか紹介してあげるよ?」


 純粋に心配しながら笑顔を浮かべる木ノ下。

 淀みない優しさを前に、疲弊した心が癒やされていく。

 真の清楚は、ここにいた。木ノ下こそが、本当の聖女だったのだ。


「ありがとう木ノ下……頼む。お前はどうか、そのままでいてくれ……」


 感動のあまり木ノ下の手を握り、その清純さが失われないことを切に祈った。


「ふえ!? そ、空野くん? な、なぁに急に? もう、恥ずかしいな~」


 いきなり手を握られて戸惑いながらも、木ノ下は満更でもなさそうな顔を浮かべた。


「お、おい! 水無瀬さんがウチのクラスに来たぞ!?」

「なに!? 聖女様がなぜここに!」

「……え?」


 いまもっとも耳にしたくない名前が聞こえた気がした。

 恐る恐る教室の出入り口を見ると、そこには水無瀬青花がいた。


「あのー、空野カケルさんはこのクラスにいらっしゃると聞いたのですがー?」

「はひっ!? そ、そうです!」


 青花に話しかけられた男子は緊張と歓喜のあまり上ずった声で答え、すぐに「え?」と驚愕の顔を浮かべる。


「空野に用事……水無瀬さんが!?」

「ど、どういうことだ! なんで学園の聖女様が空野相手に!」

「火村さんといい木ノ下さんといい、こいつ何なんだ!?」


 瞬く間に教室が騒然となる。特に男子たちは悲鳴染みた声を上げてパニックになっている。

 そんな男子たちの様子を気にもとめず、青花は俺を見つけるなりパァッと明るい笑顔を浮かべる。


「あっ。カケルさーん♪ 遊びに来ちゃいましたー♪」


 甘ったるい声で俺を呼び、無邪気に手を振る青花。

 またしても教室が騒がしくなった。


「な、名前呼び!? 火村さんだけじゃなくて、水無瀬さんまで!? しかもあんなに親しげに! ど、どういうことなの空野くん!?」


 木ノ下もさすがにスルーできない事態を前に混乱しだす。

 しかし、木ノ下の疑問に答えてあげられる暇はない。

 俺はダッシュで教室を抜け出した。


「あれ!? 空野くん!? ちょっと! 説明してよ!」


 木ノ下に続き男子たちも「そうだー! 説明しろテメー!」と血涙を流さん勢いで俺を呼び止めたが、いまは逃げることが最優先だった。


「……カケルも大変ね。青花に目をつけられてしまうだなんて」


 ひとりだけ事情を知っている璃里耶は、気の毒そうに俺を見送った。「お前が言うな」と全力でツッコミたいところだった。


「あっ、待ってくださいカケルさーん! どうして逃げるんですかー?」


 すぐさま青花が追いかけてきた。

 超人染みた身体能力を持つ青花の走りは、あっという間に俺との距離を詰めてきた。

 ええい! 相変わらず化け物じみたフィジカルだ!


「来るなー! 蘭胤荘の生活圏だけでなく学園での平穏まで貴様は奪う気かー!?」

「そんな寂しいことおっしゃらないでくださーい。私たちは運命のパートナーなのですから、いつでもどこでも一緒にいるべきでーす♪」

「だからその『パートナー』って言うのやめろー! 変な噂が広まるだろうが!」


 だが時すでに遅く、学園の聖女に追いかけ回される男子生徒の噂は瞬く間に広がり、またしても俺は注目の的となった。

 特に男子たちの嫉妬の嵐は凄まじく、俺の学園生活はますます平穏から遠ざかっていくのだった。


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