第19話 復活のタイミング

「ひ……」


 その眼に射抜かれて、スレイヤーが一人完全に戦意を喪失した。

 持っていた弓をポトリと落とし、膝を付く。

 射手を任された身としてアルヴィはどうにか檄を飛ばしたいと思ったが……、何も言葉が出て来なかった。この状況に置かれたスレイヤーに一体何と言って奮い立たせればいいのか。


「おい、火が弱点なんじゃなかったのかよ……」


 炎部隊の方では、すでに何人かが単純な魔力不足で膝を付く者が出て来た。最初からフルパワーで放ち続けているのだから当然だ。


「何で燃えながら立っていやがんだよぉぉ!」


 キュアアアアアァァッ!!!


 碧龍はまた咆哮し、起こしていた身体をズンと地面に付けた。倒れたワケではない。四足で素早く、こちらへ近付く為に……!


「避けろっ……!」


 器用に後ろ足で立てる碧龍だが、四足で這うスピードもかなりのものだった。前足は補助の様な役割なのだろうが、強靭な後ろ足でぐいと前方へ身体を押し出すと一気にその片眼がこちらへ迫る。


「うわぁぁっ……!」


 かわし切れなかったスレイヤーが前足に弾かれて宙へ舞った。


「マズいぞ!」


 その身体は地面に叩き付けられる前に一瞬浮いて、どさりと落ちた。誰かが風の魔術でサポートした様だ。


「ああ……!」


 その光景にアルヴィは勇気が沸く。

 状況は思わしくない。最初の炎で仕留め切る事は出来なかった。だけどこちらには人数が居る。いがみ合っていたスレイヤーも居ただろうが、今は全員が仲間だ。ならば信じて戦ってみようと。


「サポート頼む!」


 アルヴィは弓を捨てた。そして弓を構えながらもずっと傍らに置いていた愛剣を握り燃え続ける碧龍に向かい走る。

 碧龍からの熱風がまた和らぐ。また誰かの術だ。悪くない。


 這いつくばったままの碧龍の前足に迫り、大剣を振り上げながら飛ぶ。そして自分の身体を回転させながらそれを下ろす。

 切ると言うよりは叩き付ける様に思い切り。

 剣の重みで身体は完全に浮き上がり、ここを狙われたらあまりにも無防備な瞬間だったが、碧龍は怯んで攻撃を受けた前足を引っ込めた。

 誰かがアルヴィの大剣に炎を纏わせていたのだ。


「休むんじゃねぇ!」


 アルヴィの行動に、怯えていたスレイヤー達も光を取り戻した。遠慮なしに後方から火矢や爆弾が飛んで来るが、守りの術が効いている。


「おらあああぁっ!」


 やはりエウロも近戦の方が好みなのだろう。炎部隊をまとめる筈だったのに、お気に入りの鉄槌を振り回して突進して来る。そしてそれは碧龍の前足を捉え、その立派な爪を粉砕した。


「アルヴィ! てめぇもう片方の眼ぇも潰して来い!」


 怒涛の勢いで爪をもう一つ破壊して、エウロは巨大な鉄槌をアルヴィに向けて下から上へえぐる様に掬い上げた。


「!」


 その言葉の真意も分からぬまま、アルヴィは反射的にその鉄槌を飛び上がってかわすと、それで正解だとエウロはアルヴィの足下へ鉄槌を滑り込ませる。


「マジかよ……」


 エウロの鉄槌上へ乗った形になったアルヴィは、それで初めてエウロが自分に何をさせたいか理解した。


「おらよおおおっー!!!」


 こちらの意志もタイミングも伺わず、アルヴィを乗せた鉄槌を力任せに振り上げるエウロ。まるで人間投石器だ。


 合わせるしかないと、アルヴィは不安定な足場でグッとバランスを取った。鉄槌が上がり切るタイミングでこちらも畳んだ膝を伸ばし、しなやかに飛ぶ。

 空中で振り上げたアルヴィの大剣にはまた炎が宿った。

 誰がやってくれたのかはもういちいち分からないが、後方からの支援がとても優秀だ。守りの術も切らさない様に気を付けてくれている。


 ぐんぐん身体が上昇して碧龍の鼻先を通過するアルヴィ。目の前を何か鬱陶しいものが通ったと感じたのか、碧龍は顔を突き出してアルヴィを仕留めようとした。そこへ、振りかぶっていた大剣を合わせる。


「くっそ……!」


 キュアアアアアァァッ! キュアアアアアァァオンッ!


 眼球は外したのでエウロの注文通りとは行かなかったが、碧龍は声を上げながら大きく後ろへ仰け反った。顔面に炎の大剣の一撃を喰らわせる事が出来たのだ。


「行けるぞ野郎どもー! 火を絶やすんじゃねぇー!」


 それを下で見届けたエウロは続けと皆を鼓舞する。


「野郎だなんて、レディも居ますのに!」


 エウロの声掛けにユニは不満気に言ったが、その視線は空を飛び交う矢じりや爆弾に向けられている。


「おおーーーっ!!」


 オルもレディだがレディらしからぬ声でエウロに応える。この戦いに挑むスレイヤー達の熱気にあてられ心身共に高揚しているのだ。だがその気合いや虚しく、実は先程からオルの投げる爆弾はいつぞやのユニの様に標的にまったく届いていないのだった。

 仕事を終え地上へ落ちて来たアルヴィはと言うと、また誰かのサポートによって落ち切る前に一瞬浮いた。ありがたいと足で着地し、すぐにまた大剣を振りかぶって碧龍に迫る。


 キュアアアアアァァオンッ!


 苦し気な咆哮に耳を塞ぎたくなるが、そんな事をして碧龍を休ませたくはない。


 ここを諦めなければ……! ここを乗り切れば……! 


 一緒に戦っているスレイヤー全員がそう思って力を振り絞った。

 矢も爆弾も無限じゃない。魔力だって底を尽きそうだ。でもここで止めてはすべてが無駄になる。どうにかしてここで仕留め切るのだ……!

 ……と、何人ものスレイヤーが戦闘により軽いトランス状態に突入した時、碧龍がまた違う音で咆哮した。


 キュールルルルル……!


 ドラゴンの咆哮と言うよりは、まるで小鳥の囀りの様な音だった。もちろん音量は比べ物にならないが。


「様子が変わったぞ、気を付けろ!」

「奴め、弱ってやがんだろ、一気に始末してやらぁ!」


 何か奥の手でも隠し持っているのかと警戒したアルヴィだったが、エウロは真逆の事を言って突っ込んだ。本当に弱っているだけなのか……、どうにも悪寒がする。


「雨……!」


 その悪寒の正体にいち早くオルが気付いた。


 雨……。


 それはポツポツとアルヴィの顔を濡らし、次第に強く降り出した。

 碧龍の従えていた雷雲が雨を降らせたのだ。


「おい……マジかよ……」


 勢い良く突っ込んだエウロもさすがに顔に絶望を滲ませた。

 その雨は当然、ジュッと音を立てながら、碧龍を絶えず燃やしていた炎を少しずつ消してしまう。

 明るい炎の元、スレイヤー達の勇ましい声が飛び交っていた夜の森林は、徐々に闇と静寂を取り戻す。

 雨と、絶望をもって。


「……何で最初からやらねぇんだ、バカにしやがって」


 エウロが投げやりに言って奥歯を噛む。


「きっと奴なりにリスクのある行動なんじゃないか? それだけ追い詰めたって事だ。現に俺にはなんだか一回り小さく見える」


 スレイヤー達の溜息で溢れる中、アルヴィだけはじっと碧龍を観察していた。


「へっ! 案外能天気な事を言う野郎だ」

「バカ言え、俺はいつも最悪なパターンばかりを考えている。本当にそう見えるんだ」


 良く見てみろとエウロを促す。

 ジュージューと水蒸気に包まれて見えにくいが、その向こうの身体は確実に少し痩せているではないか。あの美しかった青も、闇に紛れる程に黒い。


「確かに少し小せぇか……? じゃあよ、おい……」

「ああ、諦めずに攻撃を続……」


 エウロの言葉を先回りして、希望的な言葉を繋げようとしたその時……。


 キュールルルルル……!


 またあの声で咆哮して、碧龍が後ろ足で立ち上がると、アルヴィの予想を遥かに超えた最悪が襲って来た。

 闇を取り戻しつつあった森林が、炎とは違うもので突然明るく照らされたのだ。


「?!」


 それは、とんでもないエネルギーを伴う無数の落雷だった。


 カッ……! ドッ……! ドドドドカッ……!


 雷雲から降り注ぐ雷。青白く輝く森林。大地とぶつかり合ったそれは激しく木々を揺らし大気をも震わせる。

 地面にはいくつもの穴が開き、大勢のスレイヤーがそれを浴びて失神した。声を、上げる事もなく。

 何が起きたのか理解した者は居なかった。

 そもそも理解したところで、誰がどう動けただろう。

 今立っているのは幸運にも当たらなかっただけのスレイヤーだ。いや、この後どんな惨劇が待っているか分からないのだから、幸運なのは失神したスレイヤーの方かも知れない。

 そしてアルヴィは、まだ立っていた。すぐ隣にはエウロが倒れている。


「はぁっ……はぁっ……」


 自分の息が、心臓の音が、頭の中でいっぱいに響いている。

 恐らくは、立っているスレイヤー全員がそんな調子だったろう。

 それを感じ取ったか、しばらく自分を襲う者はいないと、碧龍はゆっくり身体を倒すと傷付いた前足を舐め出した。


「うわぁぁぁーっ!!」


 呆然とこの惨劇に立ち尽くしていたアルヴィを引き戻したのは一人のスレイヤーの悲鳴だった。

 くるりと背を向け、馬車が置いてある方向へ駆け出す。

 ハッと爆弾部隊の方を見ると、ユニは膝を付いていたが雷には当たらなかった様だ。怯えた表情で肩を竦ませている。

 そしてオルはユニより少し近い位置で碧龍を見詰めて、それからゆっくり、ぐるりと辺りを見回していた。


 アルヴィはほんの少し安心して、足元のエウロを蹴飛ばす。「う」と小さく呻き声が聞こえたので死んではいない様だ。

 死んでいないならこれからやるべき事はどう考えても敗走以外ない。

 それで助かるかも分からないが碧龍が足を舐めている間に……本当に助かりたいなら石の家とは逆の方向へ逃げるべきだ。

 スレイヤーのやる事ではないだろう。だがこの極限状態でスレイヤーとしての誇りなど……!


「逃げ……」

「うおああああああああーーーーーっっ!!!」


 撤退を叫ぼうとしたのに被って、それとは真逆の意味合いを感じる声が響き渡った。


 それは少女の声であるのにとても逞しく、何かを呼び覚ます様な、沈んで行く何かを無理矢理引っ張り上げる様な、そんな叫びだ。


 そして声の主はぐるぐる巻きのフード付きマフラーを取り去りそれを放り投げると、一度片足を上げてからタン! と地面を力強く踏み付ける。自分は此処に居ると証明する様に。


 現れたのはオーガ。

 オレンジ色のツインテールの、小さな角の、小さなオーガだ。


「オル! お前何やって……!」


 その勇ましい横顔にアルヴィが声を掛けると、オルはアルヴィに視線を寄越し、少しぎこちない笑顔でこう言った。


「今かなって」

「……は?」


 今とは? 


 オルの行動が理解出来ないアルヴィだったがふと思い出した。オーガの力を出せないオルを大人しくさせる為に、あまつさえスレイヤーの士気を上げる為に、死んだ事にしたオルに言った言葉を。


 ――最高にカッコ良い復活のタイミングを見極めろ――


「お前……それ……」


 今じゃない! 力の限りそう言ってやりたかった。少なくともチョーカーが外れるまでは絶対にその時じゃないのだ。

 それなのに寄りにも寄って過半数が失神したタイミングで何を勇ましく吠えたのかと。そう思ってアルヴィは頭を抱えたくなったのだが……。


 ボゥッ……!


 碧龍の身体にまた炎が襲い掛かった。足元に転がっていたエウロがその身を起こして放ったのだ。油断し切っていたのか、碧龍は仰け反りながら小さく鳴いた。


「エウロ!」

「どーも耳障りな獣の声がするから目が覚めちまったぜ。生きてやがったのかよ! オル!」


 どうやら軽口を叩く元気もあるらしい。落雷を受けたスレイヤーはおしなべて気絶したままだと言うのに、頑丈な男だ。


「オル! やっぱりオルじゃないか!」

「オーガ……! あの角! オーガだ!」


 落雷を免れたスレイヤー達がざわめく。死んだ筈のオルが生きていると言うが、不気味ではなく希望になっている。


「突っ立ってねぇで撃て! 絶対に先へは行かせるな!」


 動けるスレイヤー達がおおと応え炎を放った。矢を射った。スレイヤーとしての誇りを持って、街を守ろうと。


「アルヴィ! てめぇもとっとと突っ込め! どう見てもチャンスだろうが! こいつぁ俺達にとどめを刺さねぇで前足を舐めてやがった。そうそう雷は落とせねぇって事よ!」


言いながらまた炎を放つ。碧龍はまた後ろ足で立ち上がってこちらを見下ろしていた。だが最初の迫力は感じない。慣れたわけではなく碧龍が見て分かる程に痩せたのだ。

 これをチャンスと見て良いかは分からないが、少なくともあの雷雲の攻撃は連続で出来る事ではないのかも知れない。


「雨も止んでいます!」


 ユニが背嚢の中から濡れずに済んだ爆弾を持って言う。


「オル! てめぇもやれんだろうな!」

「うん!」


 迷わず頷いたオルだったが何をやれると言うのか、落ちていた武器を拾って碧龍を見上げる。手にしたのはランスだ。使った事は一度もない。


「おらああぁぁー!」

「死に損ないめぇぇー!!」


 エウロの言葉を信じ、無事だったスレイヤーが次々と攻撃に参加し出した。

 このまま碧龍を仕留め切れれば、オルの復活のタイミングは今だったのだ。


「よし……!」


 だったらとアルヴィも大剣を振り、ユニも火矢を作り出す。キュアアアアアァァオンッ!

 今までの半分以下の火力、火矢も打撃も申し訳程度かも知れないがスレイヤー達は確実に碧龍を追い詰めていた。

 碧龍は苦し気に悶え、何度も仰け反っては闇雲に前足を振り回す。だが攻撃スピードも威力も明らかに落ちている様だ。

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