第18話 闇の中の稲妻

 命からがら逃げて来たあの道をすぐにまた戻ろうとは……。

 自分ももちろんだが、オルもユニもどうかしている。

 竜車の操縦席で揺られながらアルヴィはそう思った。

 隣りには手綱を握るユニが、そのまた隣にはオルがうなだれていて、後ろの個室にはエウロと数名のエウロズも居る。


「ね、ねぇ、碧龍をやっつけた後あたし皆に怒られないかな? 今からでも本当は生きてるって言った方が良いんじゃない?」


 死んだ事にされてしまったオルは何よりも嘘を吐いた罪悪感に襲われている様だ。


「今のお前じゃ死んでるも同然だから嘘ではないし、お陰で皆がやる気になってんだ。だからその後の事はまぁ……」


 正直、アルヴィはオルの言う碧龍をやっつけた後、なんてものは考えていなかった。ユニだってそうだったに違いないのだろうが、まるで全部はシナリオ通りだと言わんばかりに声を張る。


「カッコ良く復活するのですよ!」


 だがアルヴィにはまたその場限りの適当な言葉にしか聞こえない。


「復活……? 生き返るって事?」

「そうです! ねっ! アルヴィ様!」


 その無茶苦茶な提案を俺に振るなと言いたくなったがアルヴィはグッと我慢する。


「そっ、そうだな! スーパーヒロイン! って事だ!」

「ええ! ええ! 普通人は生き返りませんが、生き返ってしまうのがスーパーヒロインってわけです!」


 苦し紛れなユニの言葉の中にアルヴィはふと思う。普通人は生き返らない……。

 その通りだ。だがまだ謎が多いオーガ族ならどうだろう? どうとでも言い訳出来るのでは? そう思ったアルヴィはその案に乗る事にした。


「スーパーパワーで生き返ったスーパーヒロインか~。人気者になっちゃうかもな!」

「……」


 オルが喜びそうな事を言ったつもりだったが響かなかったらしい。


「そうなったら大変だな! オルアンジュに大勢のスレイヤーが入れてくれって来るぞ。毎月誰かの誕生日ってな具合になるかも知れない」

「そうなったら……、毎月ケーキ食べなきゃね?」

「そりゃそうだろう、ケーキがなくてどう誕生日を祝うんだ」


 ここ数年誕生日にケーキなど食べた事はないが、ここだと思ったアルヴィは畳み掛ける。


「もちろんケーキだけじゃなくてご馳走も必要だ。大変だから止めておくか?」

「やっ、やるよ!」

「それでしたら今は我慢ですよオル様!」

「そうだ、最高にカッコ良い復活のタイミングを見極めろ!」


 まるで騙す様にオルを言いくるめて碧龍討伐部隊の士気に繋げる。実は生きていました。でもオーガの力は出ません、ではどうにも引き締まらない。


「分かったっ!!」


 オルが納得したタイミングで後ろの個室に繋がる小窓からエウロが顔を出した。まさか会話が聞かれていたのではと肝を冷やしたがそうではなかった。

 それどころか、オルの最後はどうだったなんて神妙な顔をして聞くので慌てて「勇敢だった」とだけ言うと、エウロはそうかと鼻をすすった。

 そんなエウロを横目で見てオルはやっぱり罪悪感を感じてしまう。


「感傷に浸ってる場合じゃないんだエウロ。一応作戦とかを今のうちに考えた方が良いんじゃないか?」


 オルがソワソワしたのに気付いてアルヴィはすぐにその話しを終わらせた。実際に作戦も必要だろう。


「そんなもん一斉に寝込みを襲うんだよ」

「……それだけか?」

「まぁ……オルがいりゃそれでごり押し出来ただろうけどよ、奴が躍起になって消しに来る……大嫌いな火をお見舞いしてやるのが一番だろうな」


 火……。

 超常的な力を持つ碧龍に唯一有効な魔術だ。碧龍と対峙した事のあるアルヴィを育てた男が、アルヴィの炎があればあるいはと言った。狙った通りに放てるのであれば迷わず使おう。だが相変わらずコントロールは出来ないまま……。

 万が一アルヴィの火が仲間を襲う様な結果になったらそっちの方が大変だ。もどかしいが使わない事にしようと決めた。


「火の魔術が使える連中でまず囲む。火事が起きたらこっちが不利だ。森ん中だって話だから結界術師に結界を張らせてからだな。あと遠距離で攻撃出来るやつはして……近戦しか出来ないお前みたいな脳筋野郎は見学だ。……何だお前、作戦考えてみたら役立たずじゃねぇか!」


 一番脳筋そうな見た目のエウロに役立たず扱いされてしまったアルヴィは分かりやすくムッとして言った。


「一応弓も扱える」

「そうだったか?」


 興味のなさそうな顔をするエウロ。火以外の魔術も使えるし案外色々考えているし、悔しいがこの作戦においては確かにエウロの方が頼りになりそうである。


「ユニも少しなら火が扱えるって言ったな? 火矢に出来るか? 他の射手の分も全部そうしてもらえれば普通に放つより有効だろう」

「お任せください! それに爆弾もあります。私の力では遠くに投げられませんので投擲は力持ちの方にお願い出来れば」

「ほう、それなら役立たずも参加出来るな」


 エウロが意地悪そうな顔して顎を撫でながらアルヴィを見る。


「まぁ俺は弓も扱えるから爆弾は脳筋に任せるが」

「スレイヤーも五十人以上集まった。普通の大型ドラゴンをやる時の五倍ってとこだ。俺は強いし、碧龍は寝てる。心配いらねぇさ。俺も到着まで休ませてもらうぜ」


 そうして個室へ引っ込んだエウロの言葉に、アルヴィはやれるような気がして来た。

 もちろんやる気で来たが、恐ろしさよりも碧龍討伐の瞬間に立ち会えるかも知れないと言う期待の方が大きくなったのだ。


 碧龍を自分の炎で仕留める事が出来たら爽快だろうが、こんなあてにならない力を使わずに勝てるのならそれに越した事はない……なんて、本当はいついかなる時も、一番最悪なケースを考えておくべきなのに。今までずっとそうして生きて来たのに。

 そう、そして今回もやはりそれを思い知るのだ。すぐに。


 しばらく走るとオルが突然、操縦席で立ち上がった。前方を見詰めて。危ないぞと声を掛けようとしたところで、今度は竜車が足を止めた。


「あらっ?! どうしたの?! はいやっ! はいやっ!」


 ユニが竜車を走らせようとするが、オルは竜車から飛び降りてこう言った。


「その子も馬も、もう走れないよ! 自分達の足で行くしかない!」

「……えっ?」


 オルが言う様に、ユニがいくら声を出して走れと命じても竜は嫌がってその場で足踏みするばかりだ。


「怖がってるんだよ。だってあれ!」


 オルが指した方、前方上空を確かめると……微かに空が光った気がした。


「……何だ?」

「雷だよ!」


 アルヴィにはぼんやりとした変化しか分からなかったが、オルは雷雲の下に何が居るのかも見えている様だ。チョーカーで筋力は押さえ込まれているがそのオーガの瞳は健在らしい。


「このまま行ったら石の家だよ! ものすごいスピードなの!」


 念の為火は使うなと、住人達には言える範囲では伝えてあった筈だが徹底されなかったのだろう。あるいはもう、早い段階でとっくに火に気付いていて狙いを付けていたか。とにかく早々に迎え撃たないと街まで行かれてしまう。


「おい! どうしたってんだ! 馬車が詰まって来てるぞ!」


 小窓から様子を伺ってエウロが言う。


「どうやら碧龍はもうこっちへ向かってるみたいだ。石の家へな」

「はぁ?! ふざけんな! どこに見えるってんだ! ドラゴンの消化はやたら時間が掛かる! だから食後はぐっすりお寝んねってのが大型ドラゴンの常識だろうが?!」


 喚くエウロに前方の空を指し示す。オルがそうした様に。


「雷を従える伝説のドラゴンに常識が通用するとは思わない方が良いだろう」


 エウロが目を凝らした先で、また微かに空が光った。さっきよりも明るくなった様だ。


「みるみる近付いてる」

「良く気が付いたもんだ……」


 感心した様に唸るエウロ。オルのお陰だと言ってやりたいがそれは出来ない。


「へへ……、どうやら俺らの目論見はかなり甘かったみてぇだなぁ。まぁ良い! さっきの作戦で迎え撃つぞ! 街まではいかせねぇ! 後続もここらで馬車をおいて俺に続かせろ!」


 言うなり竜車から躍り出て駆け出すエウロ。アルヴィもオルもすぐに後を追った。その後ろから数名のエウロズも続く。


「ユニ! 後続への指示頼む!」

「はい!」


 もう誰が見ても、前方の空に雷雲が浮かんでいるのは分かるくらい近付いている。


「オル、お前夜目がきくなら開けた場所を探してくれ!」


 度々木の根に足を取られそうになる自分とは違い、軽快に森を走るオルの背中にアルヴィはそう声を掛けた。オルが力強く頷く。


「こっち!」


 しばらく走ったところでオルが控えめな声を出すと、アルヴィはオルの代わりに大声を出してエウロ達を誘導した。


「こっちだエウロ! 開けた場所でやる!」


 碧龍との戦闘に森林が敵になるか味方になるか分からないが密集している場所は戦いにくい。こちらは大所帯なのだ。


「ここか、良いだろう」


 大人しく誘導されたエウロはそう言って空へ炎を放った。


 ボゥッ……!


 炎が燃え上がる音がして、森の中が一瞬明るく照らされる。

 碧龍が気付くには十分な威力だ。アルヴィがやったら炎がどこに飛んでいくか分からないし、やって欲しかった事を迅速にやってくれるエウロが頼もしく感じる。


「暗くて良く分からねぇが……何か……青いもんが浮いてるなぁ」

「ああ、碧龍だ……」


 また一段と、雷雲が近くなって来た。

 エウロの火を頼りに後ろから大勢の足音も聞こえて来る。後続のスレイヤー達だ。ユニも居る。


「お前はユニと一緒に居てやれる事をやれ、無茶はするな」


 その姿を確認したアルヴィはそう言ってオルをユニの元へと促す。オルは何か言いたそうな顔を見せたが口を結んだまま、どうにか首を縦に振ってユニと合流した。


「火を使える奴は俺のとこに集まれ! アルヴィ、お前射手の方まとめろ」

「……分かった」


 柄じゃないがやるしかないだろう。


「それ以外はこっちだ! まず結界術が出来る奴は森が燃えない様に術を! 弓が使える奴はこっち! 火矢にしてから放つ! ユニ!」

「はい! 残りの方は私の爆弾を投げて下さい! 着火もしますので届く様に投げていただければ結構です!」


 ボボボ……!


 暗闇の森林がにわかに騒がしくなり、エウロ達の構えた炎が明るく輝いた。

 何だここは。非日常過ぎる空間に、アルヴィは気が遠くなりそうだった。

 近付く雷鳴、輝く雷光、もう、すぐそこに……。


「へぇ……、こいつがそうなのかい……」


 どうにか体制を整えたところに、碧龍の羽音が近付く。もうその青はエウロ達の炎に照らされて全身を闇に浮かび上がらせ、金色の片眼が、こちらを見下ろしている……。


「着地させる事ぁねぇ、ギリギリまで引き付けたら降りる前に撃つぞぉ!」


 おおと応える火の術者達。皆空へ構えている。


「急に猛スピードで滑空するから気を付けろ!」


 アルヴィの助言を素直に受け、エウロはもう撃つと決めた。


「よし、撃て!!」


 ゴオオオッ……!!


 数十名の使い手の腕から炎が生まれて合流し、巨大な波を作り出す。眼前が真っ赤に染まり、熱風に皮膚が焼かれる様だった。

 その熱に顔をしかめながら見ると、碧龍は上空で浮かんだままその炎に身体をくねらせていた。効いている。やはり炎は有効だ。

 まずまずの結果に少しだけ希望を覚えると、息をするにも苦しかった熱風が和らいだ。火炎部隊の炎は弱まっていない。あまりの熱風にこれはマズいと思ったスレイヤーが、守りの術を唱えて回っていたのだ。これで射手達も戦いやすくなる。


「狙え!」


 アルヴィは碧龍に弓を構える。すぐに矢じりに火が付いた。ユニの素早い行動に良いぞと口の端を吊り上げ、その火矢を放つ。

 火矢はそのまま火に包まれた碧龍の身体に吸い込まれた。一本くらいじゃ意味がないかも知れないが一斉に撃てばダメージになる筈だ。

 それに続く様にアルヴィの後方から一斉に矢が放たれ、空中でそれらの矢じりにポポポポと次々火が付いて行く。どうやらユニだけではなく、少し使える程度のスレイヤーも加勢している様だ。

 そして火炎部隊とも火矢部隊とも違う一角からはポンと爆弾が放り投げられた。オルとユニが背負っていた背嚢からすでに出来上がっていた爆弾が次々スレイヤーの手に渡り、次々空中で着火される。


「だーーーーっ!!!」


 病で声が出ない筈のオルも、思わず気合いの入った声を上げて力の限りそれを投げた。

 三方向からの炎ダメージと物理ダメージが碧龍に喰い込む!


 キュアアアアアァァオンッ!


 碧龍の咆哮だ。勘違いでなければ、前に聞いたものよりもどこか苦しげに聞こえる。

 その咆哮にユニは耐性が付いたのか、かなり苦しそうな顔をしたものの倒れはしなかった。しかし、スレイヤーの何人かは蹲ってしまう。そして、碧龍の方も倒れた。

 空中でもがくのをパタリと止め、そのまま落ちる碧龍。


 ズゥ……ウン!


 ザンッ! と森の木が一斉に鳴って、碧龍は落ちた。尻尾は最後までうねって動いていた様に思う。


「やった……!」

「まだだ! 休むんじゃねぇ続けろ!」


 何人かは歓喜の声を上げたが、すぐにエウロが厳しく言った。

 正しい判断だ。まだ頭上の雷雲はゴロゴロと不気味な音を響かせているのだから。

 予想通り、碧龍は力尽きてなどいない。落ちた先で大暴れしては木々をなぎ倒して行く。

 結界術のお陰で火が森に燃え移る事はないが、それでも森は傷付き、碧龍を遮るものがどんどんなくなり視界が開けて行った。


「化け物がぁ!」


 炎を放ちながら、火矢を射ながら、爆弾を投げながら、呆然とその様子を見詰めるスレイヤー達。 

 もう動くな。暴れるな。そのまま死んでくれ。

 だが碧龍は倒れない。その巨体を燃やしたまま後ろ足で立ち上がり、金色の眼を片方だけギラつかせてこちらを捉えた……。

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