第17話 碧龍討伐隊

「ああ、頑張ればどうにか出来るもんじゃないんだよ。それにな、俺には気掛かりな事がもう一つある」


 説明するのも面倒になってそれだけ言うと、アルヴィは突っ込まれる前に次の話題に移った。


「一つとは思えませんが……何ですか?」

「これから集まるスレイヤーはエウロももちろん、実際に碧龍を見てない。みんな碧龍の噂話くらい聞いた事はあるだろうが、それがちゃんと想像出来ないと思うんだ。当たり前だがな」

「確かにです。知識として持っていた碧龍の情報では、咆哮だけで立てなくなるなんて思いもしませんでした」


 不思議そうな顔を見せるオルの感覚に合わせる事はない。ユニが同意してくれれば十分自分の感覚を信じられる。


「単純に伝説のドラゴンとやりあえる事を喜んでいる様にしか見えなかったし、エウロがあの調子じゃ集まるメンバーも同じノリで来る。そしてそのお気楽さは碧龍を直接見ていないって理由だけじゃなくて……」


 アルヴィはオルに視線を合わせてこう続けた。


「最悪は無敵のオーガがどうにかしてくれると思ってる」

「えっ?! 頑張るよ!!」

「だから、今のお前じゃ役立たずだって言ってるだろ。気合いや根性でどうにかなるもんじゃないんだよ」


 頼られるのが嬉しいオルはそう声を上げるが、またアルヴィに酷い言い方をされる。


「まぁエウロはオルが居なくても出来ると偉そうに言ってはいたがな。心のどっかで当てにしている筈だ」

「オル様の姿を見たら危険な役目を押し付けられるかも知れませんね」

「危険なのはどこでも同じだから、大丈夫だよ!」


 またあまり考えてなさそうなオルの言葉に鼻を鳴らし、アルヴィはおもむろに部屋に備え付けのクローゼットを漁った。そして深い緑色のフード付きマフラーを取り出すとそれを乱暴にオルに投げ付ける。


「わぷっ!」


 それによって急に視界を遮られたオルはビックリして間抜けな声を出した。


「カンザを拠点にしてた時に使ってたやつだ。取っておいて良かった。お前はそれで顔と角を隠してユニの爆弾を投げるのを手伝え」

「なるほど、オル様は最初から不参加と言うかたちを取るのですね」


 戸惑うオルの代わりにユニはそのマフラーをオルに巻き始める。大きめのフードはオルの控えめな角をすっぽり隠し、マフラーで鼻まで覆って後ろできつく縛ってしまえば……少なくともすぐには気付かれない。


「そうだ、不参加を公言してユニと一緒に居ればユニが雇った従者だと思うだろ。喋ったらばれるから喋るなよ?」

「もう汗が出て来たよー、暑いよー」


 それもその筈、そのフード付きマフラーは雪深いカンザ地方で御用達のハンター用防寒具だ。ここで装備するには暑い。


「喋るな」


 だがアルヴィはオルの訴えを一蹴した。


「お前が何も出来ずに死ぬような事があれば士気に関わる。分かってくれ」


 石の家での扱いのせいで、オルの自己肯定感は低い。まさかみんなが自分を当てにしているなんて思ってもみない事だ。認められる為には精一杯頑張るしかないのに、姿を隠してこっそり参加するなんてありえない。


「んうう……」


 アルヴィの方もオルの気持ちを察すれば「分かってくれ」と祈るような言い方にもなると言うものだ。


「アルヴィが、そう言うなら……」


 オルの口からそんな言葉が聞けてアルヴィは胸を撫で下ろす。

 大勢に認められる事よりも、オルはアルヴィを信用したのだ。


「ではオル様! 私大量の爆弾を作りますのでサポートをお願致します!」


 こうしちゃいられないと立ち上がり、これを借りても良いかと部屋に置いてあったアルヴィの背嚢を背負い、早速買い出しに向かおうとするユニ。アルヴィもすぐ大剣の手入れを頼みに研ぎ屋に行きたい。


「良し、やる事は決まったな、行こう」


 そうして三人は、それぞれ碧龍に備える為に街へ出た。


 すでに街の様子は大きく変わっている。


 碧龍が目覚めたらしい、この街に来る可能性が高いらしい、スレイヤー共が討伐する気らしい……。

 そんな声が、もうそこここで聞こえているのだ。研ぎ屋や道具屋だって避難するかも知れない。行動は迅速にせねば。

 そして夕方頃、まだ日が高い時間帯には石の家へ集まる事が出来た。見た事もない数のスレイヤーが集まり、文字通り溢れかえって石の家周辺を物々しい雰囲気にしている。


 オルは言われた通りにフード付きマフラーを装着し、背嚢を背負ってユニの近くでキョロキョロしている。大概のスレイヤーはこの見慣れぬ従者に特に興味は示さないだろうと思ったのだが……。


「あんた金持ちのお嬢さんだったじゃないか、一緒に戦おうってのかい?」


 単純にユニが目立つと言う事を失念していた。


「ええ、宜しくお願いします」

「ははは! こりゃ良いや! そっちのチビもかよ?」

「うっ……!」


 不躾に顔を近付けるスレイヤーにオルがフードを深く被りなおすと、そこへユニが鋭く入る。


「この子は原因不明の病で声が出ないのです。もう長くはなさそうなので、最後に何か役立ってもらうと屋敷から連れて来たのですが、感染らないとも限りませんのであまりお近付きにならない方がよろしいかと」

「そっ……そうかよ」


 金持ちのやる事は良く分からんと立ち去るスレイヤー。やはりユニは肝が据わっている様だ。道が開きましたとばかりにアルヴィとオルをニッコリ振り返り、石の家へ入って行く。二人は一度顔を見合わせてからユニの後へと続いた。

 中の熱気はまた一段と凄かった。エウロと同様、碧龍と対峙出来る事を喜んでいるスレイヤーが山ほど居ると言う事だ。本当は逃げ出したいけど、街の為に命を掛ける……、そんな悲壮感の漂う者は一人も居ない。


「俺が仕留めてやるよ! 何度も仕留め切れず逃がしちまってんだろぅ?!」

「そう大きくはないらしいな」

「俺の爺さんが見た事あるんだ。雷雲が生まれるのはマジらしい」

「結局雷は落ちるのかぁ? ただの演出だったりして? ぎゃはは!」


 案の定だ。

 オルは会話に混ざりたそうにキョロキョロしているが、アルヴィに言わせてみれば皆あまりにも碧龍を想像出来ていない。これでは、スレイヤーが無駄死にするのは自己責任だが、スレイヤーを信じて街に残った住人まで死んでしまう。


 すでにエウロも居るが特に仕切ろうとする素振りは見せない。これだけの人数を集めたのはエウロの人望ではなく、スレイヤーとして当然の、碧龍への興味だ。いざとなれば「行くぜ」くらいの声は出すだろうがあまりエウロに期待は出来ない。

 同じ事を感じているであろうユニがアルヴィの顔を覗き見る。


「そんな顔で見るな……」


 自分にもっと伝える力があればと、そんな事、生まれて初めて思った。


「でもアルヴィ様、これでは……」

「分かってるけど、碧龍は怖いぞと言ったところで本当の意味で伝わらなきゃ無意味だ。どうにか一発で碧龍の怖さを思い知らせてやれりゃ良いが、生憎、俺は気持ちの表現が下手な方だ」

「はっ! 良い事を思い付きました! 一発で碧龍の恐ろしさを伝える事が出来るかも知れません!」


 そう言うとユニはオルの正面に向き直り、フードの両端を抓んでは改めて顔を隠す様にそれを深く深く引き下げた。


「な……何?」

「声は出さぬ様……」


 前が見えなくなる程フードを下げられ戸惑うオルを置き去りにして、ユニは石の家の奥、受付前まで歩いて振り返り細い声を張り上げた。


「勇敢なる、石の家のスレイヤーの皆様! 私はユニ・エインズワースと申します!」


 ここのところの派手な行いのせいで、もうユニは知った顔だ。


「おう、お金持ちのお嬢ちゃんじゃないか、まさかあんたの依頼かい? こりゃ張り切らなきゃなぁ!」

「エフィリアを見つけただけで大金を寄越したそうだな、碧龍討伐の報酬はなんだ?!」


 早速茶々を入れるスレイヤーを一瞥し、ユニは厳しい表情で続けた。


「お金など……生きていればこその物です。私は……どんな形でも良いから……私の命の恩人であるオル様に、生きていて欲しかった……ううっ!」

「えっ?!」


 そう言って顔を覆うユニに、オルは思わず声を漏らす。

 石の家の空気が一変した。

 あのオルが……、オーガ族が……、死んだ?


「どっ……どう言う事だ!」

「オル様は……碧龍に……うわぁぁん!」


 わざとらしく声を上げて泣くユニに仰天して、オルが思わず飛び出そうとするのをアルヴィはマフラーを引っ掴んで止めた。


「ぐえっ……! あっ……アルヴィ! あたし死んでないよ!」

「シッ……! お前は病で声が出ないんだ」

「でもっ……!!」

「大丈夫だ!」


 何が大丈夫なのか、アルヴィも何も考えていないがとりあえずマフラーの上からオルの口を塞いだ。


「むーっ!」


 そして石の家は大いにざわつく事になったのである。


「そう言えばあいつが来てないのは不自然じゃねぇか……まさか本当に……」

「あいつは参加しないのか?! 嘘だろ?! 死ぬワケないじゃないか!」

「冗談だろ?! オーガはそうそう死ぬもんじゃねぇって!」


 自分の事でざわめく石の家に困惑するオル。


「喚くな!!!」


 ダン! とテーブルに分厚い手のひらを叩き付け、エウロがここを黙らせた。

 アルヴィはオルの事は期待するなと言っていた……。あれはそう言う意味だったのかと解釈して、エウロはなるほどなと小さく呟く。

 皆が聞く態勢に入ったとみたユニは大袈裟な仕草で涙を拭い、声を大にして続けた。


「それほど! 碧龍は強大なのです! 無敵のオーガ族が敵わないほどにっ! ですがここにお集まりの皆様はきっとオル様の無念を晴らして下さると信じています……!」


 大仰にそう歌い上げられ、オルはもう暴れるのをやめた。ただ立ち尽くし、緊張感の生まれた石の家を見渡す。

 先程までのお祭りの様な空気では確かになくなった。なくなったがしかし、気を引き締めて頑張ろうと言う空気でも……なかった。

 石の家のスレイヤーがオルを毛嫌いしていたのは、強さへの嫉妬がある。逆に言えばそれだけ強さに関しては認めていたし諦めざるを得なかった。そのオーガがやられたとなれば……。


「俺達だけで……勝てるのか……?」


 案の定、そんな声が聞こえる。これなら最初の方がまだマシだったかも知れない。もしかしたらこの時点で逃げ出す者も……。


「聞いたな?!」  


 変わらぬ調子で声を上げたのはエウロだった。


「俺ぁ最初っからあてにゃしてなかったぜ! オーガなんか居なくても俺達は勝てる! オーガの手なんか借りてたまるかと思ってたくれぇだ! だがまぁ……死んじまったとなるとオルも気の毒なもんさ、俺のカルムを辞めたあいつにそんな義理もねぇが、敵を打つ!」

「当たり前だ!」


 エウロズの一人が続く。


「それもそうだ、碧龍が強いなんて事、はなっから分かってて俺達は戦うんだ!」

「そうだ!」


 他のスレイヤーも乗せられる。ユニの思った方向ではないが、結果石の家は引き締まった。


「いよっしゃ行くぞお前らーっ!!」

「おおおお!」


 このまま勢いで石の家を飛び出すスレイヤー達。


「おらアルヴィ! 案内しやがれ!!」


 入り口付近に居たアルヴィはエウロに乱暴に肩に手を回され、外へ連れ出された。


「わっ……!」


 すぐ隣りに立っていたオルはその強引な仕草に突き飛ばされ、他のスレイヤー達にもみくちゃにされる。


「え? え? おっ……おい落ち着けエウロ、このまま行くのか? 今から行ったら日が暮れる。夜は止めようってあんたが……」

「言ってらんねぇだろ」


 エウロは小声で耳元に囁く。


「正直に言う。オルを期待してた。何だかんだあいつは来てくれるって思ってたんだよ、だから夜は止めとくなんて悠長な事を言っちまったんだ。無意識だったがな。だが相手はオルを殺ったバケモンだ、なら寝てるかも知れない今を叩く以外ねぇ」


 エウロは勢いで行動しているワケではなかったようだ。


「……今更よぅ、なぁ今更だ、こんな事になってから思うんだからしょうもねぇし、信じてももらえねぇだろうけど、オルにゃ、悪りぃ事したぜ……」


 少しだけしんみりとした顔を見せるエウロ。

 本人も言う様に、実に今更で実にしょうもない話しだ。だが本当に悲しんでいる様である。オルの死でエウロがこんなにやる気を見せるとは思わなかった。だが、実際オルは生きていてついさっきも乱暴に突き飛ばしたのだが。


「さぁ! 案内しろってんだ! みんな待ってんだよ!」

「……わ、分かった」

「私が竜車で先導します! 速度は馬車に合せますので!」


 やり切った顔のユニがやって来て石の家のスレイヤー達に向けて言う。


「よーし、全員今すぐ馬車を調達しろぉ! 足りなきゃ適当に奪って来い! 後で返しゃ良い!」


 随分と乱暴な話しだが、止めようと言い出すスレイヤーは居なかった。

 奪う事なく交渉でどうにかしたと思いたいが、とにかく瞬く間にスレイヤー達は全員が乗れる分だけの馬車を掻き集めた。


 ちょうど、山の向こうに太陽が沈み切った時間だ。

 いよいよ、急ごしらえの碧龍討伐隊が出発する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る